第五話「血戦」(その2)

「みんな、尾行はされなかったね?」
「レニさん、大丈夫ですよ。ここなら盲点ですよ!」

 エリカがころころと笑う。

「すっごいよね。よく考えたなーって」
「まったくでーす。東大もとクラッシクですねー!」

 アイリスと織姫もつられて笑った。

「全くだ。でも、犯罪者扱いってのは気にくわねーがな」

 一般市民を装って潜伏していたジャン・レオだ。
 既に60になるといういうのに、相変わらずのガタイで年齢を感じさせない。

「しょーがないだろう。うまくいかすのは大変だったんだぞ」

 勘弁してくれ、と言わんばかりなのはジム・エビヤン。巴里市警の警視として定年・引退を迎えるばかりだったというのに、ドイツによる巴里占領という非常事態で未だ現役にとどまっている。現場から叩き上げで政治的には中立であったことと、自分のような老人が若い連中のための“盾”にならなくてはという決意からだ。
 今回は、その彼の立場を利用した。旧巴里華撃團のメンバーを、別人扱いで犯罪者として逮捕。警察署の取り調べ室で作戦会議しているというわけである。

「私達、ナチにマークされてますからね。集まるだけでも大変です」
「でもでも、久しぶりで楽しいっ!」

 メル・レゾンとシー・カプリスもこの場にいる。グラン・マの秘書としてシャノワールの表も裏も知り尽くした彼女達は今回の作戦に必要不可欠だ。

「遊びじゃないのだぞ!」

 グリシーヌ・ブルーメールが嗜めるが、表情からすると本気で怒っているわけではないらしい。むしろ、彼女も楽しんでいる様子だ。

(ナチの連中に一泡ふかすいいチャンスだ!)

 フランスの有力貴族かつ旧巴里花組メンバーとしてナチの監視下にあった彼女にはフラストレーションがたまっていたらしい。屋敷を飛び出してナチに一撃を加えてやると叫んで、ローラ達が必死に止めたのも一度や二度ではない。

「さて、巴里に今いるメンバーはこんなところだね」

 レニが場をしきる。

「我々の目的は、シャノワール地下から霊子甲冑を奪取し、ドイツの霊子甲冑に備えることです」
「ドイツの霊子甲冑か。噂にゃ聞いてるが、どんなヤツなんだ?」

 ジャンは大戦勃発以前に巴里撃からはなれていたこともあって、少し情報に疎い。

「そうですね。ここで情報を共有化しておいたほがいいですね」

 他にもメルやシーなども情報が伝わりきっていない筈だ。
 レニは冷静な分析でアイゼンクライトV『ケーニッヒ・クロイツ』について説明する。おそらく過去の機体そのままでなく改良されているだろうこと、そして、アイリス達の霊力を無効化するような優秀な装備が実用化されているだろうこと。

「おそらく、SS長官ヒムラーが責任者となっているものと思われます」
「なるほど、SSか。しかし、それだけの霊子甲冑を動かせる人材はそうはいないだろう。それに、実戦で役立つには経験だって必要だ。そんな人材がナチにいるのか?
「ハインリヒ・フォン・マイヤーがいます」
「……雪組隊長か!」

 ジャンも顔を曇らせる。

「大神さんも一目置いていたひとじゃないですか! そんなひとを相手にしなくちゃいけなんですか!」

 シーも驚きの声をあげた。が、周囲はその台詞の意味よりも、中にある名前に反応する。

「……大神さんか」

 メルが懐かしそうに呟く。

「大神さんかぁ。いてくれればいいのになぁ」
「へっへーん。エリカ、お兄ちゃんは太平洋ですっごく活躍してるのよ!」

 アイリスは帝撃経由で入手した大神の“活躍”を披瀝した。

「さすが、私が見込んだ男だな。ドイツの同盟国であるアメリカを脱落させられれば、こちらも動きやすくなる」
「グリシーヌの言うとおりだね。今のドイツは生産力の不足をアメリカからのレンドリースでまかなっている。これが途切れれば、東部戦線のドイツ軍の後方支援態勢は大きく弱体化する筈だ」

 レニが冷静に分析する。

「けれども、霊子兵器は質で量を補える兵器だ。条約で霊子兵器の通常戦への投入は禁止されているけど、それをナチが守るかどうかはわからない」
「なーるほど。その時のためにも、俺達が霊子兵器を奪取することが重要ってことだな」
「そうです。ジャン班長。ですから、奪取した霊子兵器を出撃できる状態で維持するのが今回の作戦の最大のポイントです」
「うーん。整備ってことだな……」

 ジャンが難しい顔をする。
 霊子兵器の整備には手間もともかく、設備が必要だ。奪取したとしてどこで整備できるか……

「グラン・パレはどうでしょうか?」

 シーの言葉に、全員が彼女に注目した。
 グラン・パレは1900年の巴里万博会場として、シャンゼリゼ通りとセーヌ川に挟まれた一角に建築された建造物で、万博後は催物会場や常設展示に使用されている

「グラン・パレの地下にはシャノワールに万が一のことがあった場合に備えて、予備の設備をつくることが予定されてたんです。でも、完成しないうちに、パリシィ騒動になって、巴里全体の再建が必要になってしまったんで、そのまま放棄されたんです」
「そうか。完成せずに放棄されたから、ほとんどの書類にも残っていない。ナチがノーマークという可能性があるな!」

 グリシーヌが机を軽く叩きながら叫ぶ。

「そうだね。ジャン班長。どう思われますか?」

 レニに話をふられて腕組みをしたままだったジャンも口を開いた。

「グラン・パレの未完成設備は俺も聞いたことがあるな。ただ、完全な設備じゃないだろう。シャノワール再建の時にも一部の設備をそっちから剥いでもってきた筈だしな。そうだな……一回か二回の出撃くらいなら整備できるかもしれない」
「へー。巴里にはいろんなところに秘密基地があるんですねぇ~」

 エリカが変な感心の仕方をする。

「なんにしても、そこしかないだろうな。すぐに偵察を出して、本当に占領されていないか調べよう」
「まってください、グリシーヌさん。全員が集まっての会議は今しかできないですよ!」

 すぐにも行動を起こそうとしたグリシーヌをメルが止めた。

「しかし、そこが無事かどうか確かめなくてはならんだろう。駄目なら、次を考えなくてはいけない」
「……次善はないと思う」

 レニがあくまで冷静に言う。

「状況から考えて、これしか策はない。後で偵察は必要だけど、今はこれを前提にするしかない」
「……わかった」

 グリシーヌは再び椅子に深く腰掛けた。

「よし。作戦会議を続けよう」
「急いでくれよ。ここだっていつまでもナチの目をごまかせないからな」

 エビヤンの言葉に頷くと、メンバーは時に掴み合いせんばかりに意見をぶつけあい、作戦案をまとめていった。

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