第五話「血戦」(その3)

(この柱か)

 レジスタンスとして手配されているが、巡回の隙を狙うことくらいレニには容易だ。既にモンマルトルの目的地までたどり着いていた。

(時間だ)

 レニはあたりを素早く見まわすと広告の貼られた円柱に寄りかかり、スイッチをいれた。一瞬で彼女の身体はその中に飲み込まれてしまう。かつて巴里花組が緊急集合用に使っていた街中からのシューターだ。
 無数に張り巡らされている上、ダメージコントロールの観点から幾つかの系統に分かれて互いに影響をうけないようになっている。機密として(なにせシャノワールの地下に直接、入れてしまうのだ)極端に資料が少なかった上、パリシィ戦による被害でそれが散逸してしまった。メルとシーの記憶で、現在の記録には把握されていないコンポストで一斉に侵入をこころみる。それが作戦の第一段階なのだ。
 もっとも、動力がきていないシューターだから、滑り落ちはするものの、アシストはない。

「くっ!」

 滑り落ちたレニは、シュターの終点でそのまま床に叩きつけられた。

(意識ははっきりしている……右腕…左腕…右脚…左脚…背中……)

 予想はしていたから受身がとれたことが幸いしたのだろう。身体に深刻なダメージがないことがチェックできた。

(よし、いこう!)

 レニがおちたの場所は、シューターから水平移動にうつる接合点だ。素直にたどっていけば、シャノワールに出れるはず。

(他のみんなは大丈夫だろうか)

 アイリス、織姫、エリカ、グリシーヌも同じように侵入を試みている筈だ。
 どれも現在は整備されていないだろうところを選びはしたが、状況は入ってみるまでわからない。

(先を急ごう)

 レニは懐中電灯で足元を照らしながら進む。かなり破損はしていたものの、通じてはいる。時に這うようにしながらも、“壁”までたどり着いた。この向こうはシャノワールの地下だ。

「………」

 聴診器をあてて見るが、物音はしない。
 幸いシューターの扉は塞がれてはいないようだ。非常コックをまわし、慎重に扉を押していく。そして、静かに身を滑らせ、遂にシャノワール地下への侵入を果たす。
 久しぶりのシャノワール内部では非常灯だけがともされており、ほとんど人の気配がしない。だが、必ず警備はいる筈だ。レニは事前に頭に叩き込んでおいた地図を思い出しながら歩みを進める。

(この角を曲がれば格納庫だけど……)

 レニは角から柄付のミラー――蒸気自動車のサイドミラーを取り外したものを使って、身体を出さずに様子をさぐる。

(やっぱりか)

 二人の歩哨が立っている。
 MP-40サブマシンガンを首から下げたSSだ。

(さて、どうするか)

 レニが装備を用意しようとした、その時。
 彼の後ろの方から派手な爆発音と銃声が響いた。そして……

「ふぇ~ん。なんで追ってくるのぉ~」

 エリカだ。
 レニとは別ルートで侵入したものの、あっさり敵にみつかったらしい。
 シャノワールには詳しいからと突入部隊に加えたのだが。
 このまま前後を敵を挟まれては苦しい。

「レニ。こっちは任せておけ!」
「私もいるでーす!」

 これも侵入していたグリシーヌと織姫がこの騒動に気づいてエリカを助けに入った。

「グロース・ヴァーグ!」
「クワットロ・スタジオーニ!!」

 これなら暫くは持つだろう。むしろ問題はこっちの歩哨の方だ。異変を感じて、銃を構えて向ってきている。
 やもえずレニも拳銃を抜く。人数的にも武装的にも不利だ。角を曲がった瞬間に勝負するしかない。

「………」

 近づく足音に銃を構える。
 緊張感が高まりきった、その時。

「レニ、アイリスにおまかせ!」

 駆け寄ってきたアイリスが、しかし、次の瞬間には消えた。
 歩哨の背後にテレポーテーションしたのだ。

「なんだ!?」

 驚く歩哨を尻目に、その霊力で二人を空中に浮かす。
 そして、そのまま自由落下させれば、歩哨達を気絶させるには十分だった。

「助かったよ、アイリス」
「へっへー。遅くなっちゃってごめんね!」

 これで全員が潜入に成功していたことになる。
 聞けばアイリスは侵入したとたんに見張に発見されてしまい、同じような手で切りぬけてきたらしい。

「レニのいう通り、みんなでバラバラに入って成功だったね!」
「そうだね。賭だったんだけど……」

 結果的にうまく敵戦力を分散させることになったようだ。

「よし、先にすすもう!」

 格納庫の扉は対霊力封印がほどこされていたが、見張を倒してしまったから、物理的に破壊してしまう。
 そして、そこにあったのは光武ⅢF
 光武Fシリーズの後継機として三式光武をベースに開発された機体だ。
 この時点では、旧式化していたが、それゆえに予備機としてここに保管されたままになっていたのである。

「アイリス! グリシーヌと交替してきて!」
「わかった!」

 すぐにグリシーヌが格納庫に入ってきた。

「機体へ!」
「任せておけ!」

 グリシーヌは久しぶりに霊子兵器に乗りこむ。

「霊子水晶起動……動力起動……計器確認……」

 日常的な整備がされていたわけではないが、一種のモスボール(動態保存)状態だったから、最低限のコンディションには保たれている。

「燃料がないから、霊気だけだけど、いける?」
「短時間だし、相手が弱いからな。何とかなるだろう」

 さすがに供給すべき燃料まではなかった。
 蒸気併用霊子機関だから、足りない部分は霊力で補うしかない。

「機体ロック解除。武装ロック解除。武装、機体前へ移動」

 レニは緊急制御用に用意されていた格納庫設置のサブコンソールで次々と操作をこなしていく。

「よし、出るぞ!」

 戦斧を手にしたグリシーヌ機が動き始める。
 そして、先ほど突破してきた格納庫の入口に仁王立ちした。

『みんな。下がって!』
「わかった!」
「やっときたですか~」
「グリシーヌさん、まってました!」

 アイリス、織姫、エリカが格納庫内に退避してくる。
 警備兵達もそれを追ってこようとするが、仁王立ちしたグリシーヌの光武ⅢFを見て怯む。彼らとて、ここの警備をするにあたっては、この兵器がいかな威力をもつものか説明を受けているだろう。それでなくとも、二〇年前に巴里を救った霊子甲冑の戦いは伝説と化している。目の前で自分に敵対されては、生きた心地がしまい。
 それでも、使命感か恐怖心からか、手にしているMP-40を乱射してくる。もちろん、その弾丸では光武ⅢFの装甲に傷をつけることすらかなわない。逆にグリシーヌは戦斧に軽く霊力をこめ左右に振ると、それだけで霊圧が警備兵達を後ずさりさせる。

『逃げ出さないのは立派だが、死にたくないなら動くな!』

 グリシーヌが啖呵を切る。
 そうして時間を稼いでいる間に、アイリス、織姫、エリカ達は残りの光武ⅢFをエクレールへと移動させ、搭載していく。

「こっちはオッケーだよ、レニ!」

 アイリスが合図を送ってきた。

「でも、レニさん。エクレールに石炭が積まれてませんよ?」

 エリカが叫ぶ。
 エクレールは霊子機関ではなく、蒸気機関だ。
 仮に石炭が積んであったとしても間に合わない。蒸気機関というものは、水を入れ、それを石炭で沸かして十分に圧力を高めてからでないと動かすことはできない。それには半日はかかるのだ。
 しかし、かつてのように常に釜に火を入れて出動待機しているわけではないことは、レニにとって計算済だ。

「グリシーヌ、お願いします」
「わかった!」

 グリシーヌは気合もろとも天井を攻撃した。
 シルシウス鋼とはいえ、内部からの攻撃をうけたその天井は簡単に崩壊し、轟音をたてながら通路に土砂を流入させる。
 これでドイツ側に増援がきたとしてもこちら側にくるのには時間がかかる筈だ。

「ふぅ」

 気が緩み、放出する霊力が散漫になってグリシーヌ機がバランスを崩しかけた。
 圧倒的に優位のように装ってきた彼女だったが、蒸気のサポートなしに一人の霊力だけで霊子機関を動かしつづけるということは、一瞬も気を抜けないだけに著しく消耗する。通路を塞ぐのをギリギリまでまったのも、先に通路を塞いでおいて後で突破された場合に対応できなくなくなってしまうからだ。

「早くのって!」
「わかってる!」

 グリシーヌは再び精神を集中させ、機体を自らの操縦でエクレールの客車に搭載する。

「各機体ロック完了。コンテナクローズ完了」

 レニが手早くコンソールを叩く。
 外部からの電源供給は断たれたようだが、自家発電装置がまだ生きている。それがエクレール自体にも供給されているうちにと手早く処理をすすめていく。

「よし。発進プロセス、オート処理!」

 エクレールに初期加速を与えるためのターンテーブルとロケットハンマーが動作しはじめる。

「アイリス!」
「おまかせ!」

 アイリスがレニをエクレール内にテレポートさせた。
 そして、その直後、ハンマーがエクレールの車体を叩き、車体が発進する。
 別々の車台から打ち出された機関車と車両がレール上で連結され、巴里の地下鉄を走る。この時間、警備以外の人間は地下鉄にはいない筈だ。グランパリの近くまで一気に車体を進めていく。

「よく勢いがもつものだな」

 グリシーヌが感心したように言う。

「地下鉄で起伏が少ないのが幸いだったんだ。それに慣性というのは自重があればあるだけ強い力になる。これだけ重いエクレールは、一度はずみがついてしまえばなかなか止まらない」

 計算通りということだ。

「レニ! Dポイント通過で~す!」
「わかった、織姫。グリシーヌ、頼む」
「任せておけ!」

 グリシーヌはかつて何度もこれで出撃しただけに勝手がわかっている。
 赤文字で【DANGER】と書かれたレバーを引き、連結器を強制解放。そして、彼女はそのまま非常ブレーキのハンドルを回す。
 金属同士が激しく擦れ合う不協和音とともに車輪から火花を飛ばしながら貨車の速度が急速に落ちていく。

「時速、20kmまで低下。ブレーキ、一時解除」

 機関車はとうに先にいってしまった。 残った貨車がゆっくりと前進を続ける。
 数分たつと、暗闇の軌道内に丸くふられる光が見えた。
 それに誘導され、更に速度をおとすと、ガクンと横にふられ、本線から外れていく。
 そして、そこでも光に誘導され、そのまま速度を落とし、今度は完全に停止した。

「よーし。ドンピシャだ。てーしたもんだぞ!」

 ジャンが感心しながらも素早く作業を行う。
 車体を一度固定した上で、光武各機を下ろしていく。この引込み線で進入した場所こそグラン・パリ地下の巴里撃グラン・パリ支部のために建築されながら途中で放棄された施設だ。

「積荷はこれで全部だな?」

 光武ⅢFが6機と整備部品が少々。整備部品は足りないが、これは仕方あるまい。

「よーし。アイリスとエリカはもう一仕事頼むぞ!」
「はーい!」
「まかせてください!」

 アイリスとエリカも光武ⅢFに乗りこみ、貨車を本線に押し戻していく。
 そして、完全に本線に戻すと、霊気を集中させた。

「アイリス!」
「いいよ、エリカ!」

 二人は霊力を集中させ、貨車を一気に押し出した。
 ロケットハンマーには及ばないが、重量物である無限を全て降ろしたこともあり、貨車は十分な加速をうけ、線路を走っていく。

「エクレールは二度死ぬか……」

 強襲用エクレール・フォルトはカルマールの攻撃の前に爆発、失われた。そして、今、残ったエクレールも失われる。数キロ先で行き足を失って止まっているだろう機関車に、今、霊力で押し出した貨車が突っ込む。そして、その貨車には降ろした光武のかわりに爆薬が満載されているのだ。
 調査が終わり、光武の破片がないこことに築くまでは時間が稼げる。そのためのやむをえない処置とはいえ、かつて精魂こめて整備した車体を自らで爆破せねばならないことに、ジャンは一筋の涙を流す。
 だが、すぐにそれを拭いた。エクレールを犠牲にした甲斐をなくしてはいけない。

「よし、嬢ちゃん達はグラン・パリに戻ってくれ。整備班は線路換装!」

 動力が十分にきていないから、手動で動かしているが、徐々にポイントがあった部分が地面ごとスライドし、かわりに直線のレールがそこに移動してくる。
 ポイントがあれば容易にグラン・パリ支部の存在が発覚してしまう。それを防ぐために用意されていた設備なのだ。
 こうしてレールの痕跡を消し、外部隔壁を閉じてしまえば、もう外見からでは、ここに巴里華撃團の施設があることはわからない。

「ふぅ。なんとか成功したね」

 実質的な指揮官だったレニが肩の荷をおりたというように息を吐いた。

「見事な作戦でしたね!」
「でも、しらない機体はのっててつかれまーす」
「そんなにかわらかったよ?」
「そうだな。元は同じ光武だし――今はこれしかないのだからな」

 この6体は今の彼女達に残された、ドイツの霊子兵器に対抗するための貴重な兵力である。

「ジャン班長。整備はよろしく頼む」
「任せとけ」

 グリシーヌに胸をはってみせるが、現実を付け加えることも忘れなかった。

「ただ、連続出撃できるような整備は難しいぞ。それに、主要部品の中でも予備がねぇのが幾つかある。壊れたら修理できねぇ」
「つまり、出撃は本当に必要な時だけしかできないと考えるべきか」
「そうだな……。ただ、出撃する時には完璧なコンディションにしあげて見せるぜ」
「ああ。信頼している」

 そして、全員が一体の光武ⅢFを見つめた。
 キネマトロン用アンテナを装備した白銀の機体。
 使われることのなかった機体。

「我らが花組隊長がいてくれればな……」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんはいつもアイリス達を助けてくれたもん」
「そーですねー。大神さんは、疾風のようにあらわれるでーす!」
「僕らが全力を尽くしていれば、いつかめぐり合える」

 今、太平洋で大神が苦闘しているのは彼女達も知っている。
 だが、彼が最後にはきてくれるような、そんな気が誰もがしていた。

「絶対にきますよ。大神さんは、私達の救世主ですもん!」

 だから、エリカの言葉にみんな笑顔を見せたのである。

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