熱海の海  作・米田鷹雄

「わたくしは、アイリスとレニを連れて、昨晩申したとおり海にまいりますわ」

 熱海旅行の二日目の朝、迷った末に大神は、海にいくすみれについていくことにした。剣緑園から、歩いて二十分もすれば、熱海の海岸である。

「はぁ。暑かったですわ。早くおよぎましょう」
(暑かったのはこっちの方だよ……とほほ)

 暑かったといいたいのは、大神のほうである。すみれの荷物は、当然のように全て背負い込まされたのである。

「はぁ。冷たくて気持ちいいですわ!」
「ホント! アイリス、海ってだ〜い好き!」

 海岸で“陣地設営”をしている大神を尻目に、すみれとアイリスはさっさと海に入ってしまっている。レニが側に座っていてくれているだけ幸いだ。

「少尉、早くおいでなさいよ」
「そうだよ、お兄ちゃん、はやく〜!」

 すみれとアイリスは腰ぐらいまで水につかって、ふざけあっている。

「わかったわかった!」

 全部自分に押し付けといて、と思いながらも口には出さないモギリの悲哀。
 それでも、準備を終えた大神は、海にはいるべく、ジャケットとズボンを(一応、物陰)脱いだ。

「すみれくん。アイリス、おまたせ」

 言いながら、すみれたちの方に近づこうとした大神だったが……

「きゃぁぁぁぁ!」

 その姿をみたとたん、すみれは逃げはじめた。

「すみれくん!?」

 なにか異変があったのかと思い、すみれを追いかける大神。
 しかし、すみれは、ますます大神から離れようとする。

「少尉! そんな、ふ、ふん……イヤ、こないで!」

 そう、大神の“水着”は越中褌だったのだ。
 実は海軍では下着は越中褌と決まっている。当然、大神も軍服姿で帝劇に着任して以来、越中褌。ましてや、兵学校時代も越中褌で水泳訓練を受けている。泳ぐとなれば褌であることに、大神は何ら疑念を抱いていなかったのだ。
 だが、お嬢様で洋化した生活様式で育ったすみれには“生褌”など、初めて。それが、憧れの男性だとすれば、ますますのパニック状態である。

「どうした、すみれくん!?」

 だが、ニブチンの大神がそんなことに気付くわけもない。
 ますますすみれを追いかけていく。
 さすがに、大神とすみれでは、大神が速い。みるみる距離はつまってくる。
 もう、手を伸ばせばすみれに届く……その時だ!

「きゃぁぁ! 神崎風塵流・不死鳥の舞!!」

 すみれの必殺技は大神に直撃!!
 哀れ大神は水の中に沈んでいく。

「な、なんで……ひ、悲鳴をあげたいのはこっちの方だ……」

 合掌。




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