「なんか最近、隊長の様子がおかしくねーか?」
劇の練習を終えた楽屋で、そう切り出したのはカンナだった。
「京極も倒したことやし、大神はん、平和ボケしとるだけなんやないの」
「紅蘭。本当にそう思ってますの」
すみれに突っ込まれると、紅蘭も沈黙してしまう。
カンナがわかるくらいなのだから、他のメンバーが気づかないわけはない。
「少尉さん、じゃなかった中尉さんは、中尉になってからおかしーです」
大神が中尉に昇進したことは、米田からメンバーに発表されていた。
だが、ソレッタのいうように、その頃から大神の挙動がおかしい。
「確かに、隊長はこのところ考え事をしている風だわ」
「そうだね。何か悩み事があるんじゃないかな」
マリア&レニはさすがに冷静に観察している。
とはいっても、
「でも、何を悩んでいるんですか?」
とさくらに問われると、答えられない。
人の心の中など、他人にはわかるわけも――いや、花組には例外があった。
全員が一人に視線をそそぐ。
「な、なに、みんな?」
アイリスは思わず後ずさりする。
そう、彼女ならば、心を読む能力があるではないか。
「アイリ〜ス。いい子だから、こっちへいらっしゃぁ〜い」
普段聞いたこともないようなすみれの猫撫で声に、なおさらアイリスはひいてしまう。
だが、この際、構っていられない。
「アイリス。怒ったりせ〜へんからしょーじきにこたえてみい」
紅蘭もすみれの後に続く。
「大神はんの心、読んでみたんやろ? どうだったんか、聞かせてみてくれへんか?」
しかし、アイリスの答えはそっけなかった。
「アイリス、お兄ちゃんのこころなんて、覗いてないよ」
「そ、それじゃあ、今からでもかまわへん。ちょっといってきて大神はんの心をやな……」
「だ〜〜め!」
アイリスは頬を膨らまし、首を横に振る。
「お兄ちゃんと約束したもんだもん! もう勝手にひとのココロは読まないって!」
こうなるとアイリスの頑固さには定評がある。
ましてや、大神との約束ともなれば尚更だ。
「まま、そげんこといわんと、ちょっとだけでいいがな」
「いいかげんにしなさい。紅蘭」
マリアがたしなめる。
「そやけど、マリアはんも気になるやろ」
「そ、それは……」
マリアが一瞬、顔を赤らめる。
しかし、すぐにいつもの表情を取り戻す。
「でも、それとアイリスの件は別問題よ。無理強いはよくないわ」
「……そりゃそやけど」
ここにきて、完全に手詰まりになった。
重い空気が場を支配する。
「悩んででもしょーがねぇや。とりあえず、着替えちまおうぜ」
カンナの一言で、皆が動き始めたその時だ。
「いやぁ。みなさん、お困りのようだねぇ〜」
ギターの音とともに男が、天井からぶら下がるようにして現れた。
「きゃぁぁぁぁぁ。のぞきよ!」
さくらの悲鳴とともに手当たり次第にものが投げつけられる。
「ま、まて! おちつ……」
全て言い終わらないうちに顔面に化粧箱が直撃した。
“のぞき男”はそのまま床に落下すると、うつぶせにグロッキーだ。
「まったくふてぇ野郎だ。官警に突き出してやる!」
カンナが男を転がすように仰向けにすると……
「あれ? 加山隊長じゃねーか!」
それは紛れもなく白い背広を着込んだ風組隊長・加山雄一であったのだ。
「なんでぇ。帝撃幹部のくせに随分と破廉恥なまねをしてくれるじゃねぇか」
カンナがポキポキと指を鳴らす。
今にも殴り掛からんばかりだ。
「ま、まて、カンナくん! 俺は情報を伝えにきただけだ!」
「じょうほう?」
「そうだ」
息をつきながらも、ようやく加山は立ち上った。
「君達が心配している大神についてさ」
花組一同がざわめく。
「大神は中尉に昇進したのと同時に、帝撃を離れる命令を受けている」
「あら。少尉……じゃありませんでしたわ、中尉は、また海軍に復帰なさるんですの?」
叉丹との戦いを終えた時も、大神は帝撃を離れ、海軍に復帰している。帝撃から去ることが寂しくないといえば嘘になるが、会おうと思えば会えないわけでもない。
花組メンバーはそう思ったが、それはいささか早とちりだった。
「ちょ〜っとちがうんだなぁ、それが。大神の新しい赴任先は花の都、巴里さ」
「パリ!?」
異口同音に驚きの声があがる。
この当時、欧州とえいば、船でいくしかない。数ヶ月という大行程だ。
これでは、気軽に会いにいくというわけにはいかない。いや、下手をすると今生の別れにもなりかねない。
「そんな! 大神さん!」
さくらが楽屋を飛び出していこうとする。
しかし、加山はその前に立ちはだかった。
「おおっと。どこへいこうというんだい、さくらくん」
「決まってるじゃないですか。大神さんのところです」
「行ってどうするんだ?」
「どうするって……」
言葉を続けようとするさくらを加山はギターをつま弾いて制した。
「ああ。さくらくん。親の心子知らず。考えてもみたまえ、なぜ、大神が君達に巴里行を告げないかということを」
「………」
今まで加山を突き飛ばさんばかりの勢いだったさくらも、急に無言になる。
「そうね。隊長には隊長の考えがあるはずだわ」
「うん。隊長は僕達に意味もなく隠し事をしたりはしない」
「さすがに、マリアさんとレニくんはものわかりが早い.しかし、冷静な君達をしても、動揺は隠せないな。普段なら大神の意図に気づけるはずだ」
ここで、加山はまたもギターをつまびく。
「大神が君達に巴里行を告げたらどうなる?」
花組のメンバーは互いに顔を見合わせた。
「どうなる……って? どういう意味ですの?」
「んー。きっと大騒ぎするにきまってまーす!」
「そうだぜ、きっと、すみれなんて、お通夜みたいな辛気くせぇ雰囲気になっちまうぜ」
「なーんですって!」
「おう、前回の時だって、くらーい顔してたじぇねぇか」
「おーっととと。そこまでにしてもらいたいなぁ」
いつもの通り喧嘩をはじめそうな二人に、加山は本題はこっちだとばかりに無理やり割ってはいる。
「カンナくんのいうことは、正鵠を得ている。大神が巴里行きを君達に告げたなら、きっと君達は悲しむだろう。長い別れになるというのに、それまで、愛する君達の泣き顔ばかりを見てなくてはならなくなったら、大神だって辛い」
それに、大神も未練が残ってしまうだろう。
これを彼女達にいうつもりはないが。
「ならば、ぎりぎりまで、いつも通りの君達の笑顔を記憶にとどめて旅立ちたい。そう大神が思ったって、誰が大神をせめられようか!」
「………」
花組一同もうなだれるように加山の言葉を聞いている。
彼女達には返す言葉がない。
「知らぬが仏。この世の中には、そういうことだってあるんだ。じゃ、諸君。アディオス!」
そう言って加山は、来た時と同じように天井に消えようとして……途中で止まった。
「あ、そうそう。大神が旅立つのは、明日の午後3時、横浜港からだそうだよ。じゃ、今度こそ本当にアディォス!」
不自然な体勢のまま、そう言い終わると、今度は本当に姿を消した。
しかし、花組一同はまだ沈痛な面持ちなままだ。
それでも、数分の後、マリアは口を開いた。
「……加山隊長のおっしゃった事は、おそらく事実でしょうね」
「じゃあ、わたくし達は今の話を聞かなかったことにするしかありませんわね」
「ボクもその意見に賛成する」
大神の折角の気持ちを無にするわけにはいかない。
それは全員に理解できる。
「でも、私、納得できません」
さくらだ。
「このまま、大神さんと別れてしまうなんて……」
うつむいているからよくわからないが、さくらの目からは涙がこぼれているらしい。
ひと筋、ふた筋と、頬をつたうものがある。
「さくらの気持ちはわかるけどよぉ。ここは隊長の気持ちも汲んでやろうぜ! 楽しく送り出してやろうよ!」
「でも……」
と、いままで黙っていたアイリスが口を開いた。
「そうしたら、おにーちゃんにてがみ書いたら?」
「手紙?」
「うん! そうしたら、おにーちゃん、好きなときに読めるよ!」
この言葉に、ようやくさくらが顔をあげた。
手紙なら、別れる間際にでも渡すことが出来る。
それに、面と向かってでは言えないようなことも、伝えることができる。
「そうね。ありがとうアイリス。私、大神さんに手紙を書いてみるわ!」
決心するやいなや、さくらは、楽屋を飛び出ていった。
「あーあ。いってしまったでーす。まったく、うらやましいかぎりでーす」
そうなのだ。残ったのは、いわば大神にふられた同志ということになる。
「ま、ほしたらしゃーない。うちらも作業にとりかかりまっせ!」
「作業?」
「なにボケッとしとるんや、すみれはん。せっかく加山はんが教えてくれたんや。せーだいに大神はんを見送ってやらな。ばーんと横断幕でもつくるんや!」
こういうことになると、リーダーシップをとるのは紅蘭だ。
「マリアはん。由里はん達をよんできてや。皆でやったほうがよろしいやろ」
「そうね。紅蘭の言うとおりだわ」
マリアから事情を聞かされた帝撃3人娘は、すぐにやってきた。
「さあ、みんなでがんばりまっせ!!」
☆
翌日。横浜港
「みてくださーい。あの船でーす!」
「そうね。間違いないわ」
「おっしゃ。早いとこいくぜ!」
「お待ちなさいカンナさん! アンタみたいな筋肉バカの走りには、みんなついていけないんですからね!」
「おっ。隊長が見えるでぇ」
「どこどこ、アイリスにも見せてぇ!」
「アイリス。焦らなくてもいい。ぼくの計算では、アイリスにもすぐに見える」
「大神さん……!!」
………そして、別離の時。
しかし、それは、新たな絆のはじまり。
そして、新たな戦いへのはじまりだった。
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