さくら
妖怪伝
作・たいせい
この世に、神々の力及ばざる時・・・
破邪の血をもって、妖魔を征す。
そは、裏御三家に生まれし者の宿命なり・・・
破邪!剣征ーーーーー!!
宝永4年、仙台藩。
人里離れた山腹の岩肌ある小さなほこら。その奥にひっそりとたたずむ社中に、ひとりの男が静かに座している。
座してからどれ程過ぎた頃であろうか、白衣に緋色の袴という巫女装束に身をかためた少女が、社に入ってきた。
男は、少女が静かに彼の後ろに正座するのを見計らったように、口をひらいた。
「来たか、さくら。」
「はい。お父さま。」
さくら−と呼ばれた少女は、男のことを父と呼んだ。
「さくら。お前ももう16になったんだったな。」
男は娘−さくら を振り返ることなく語りかけてきた。
「はい、もう少しで17です。」
さくら はそんな父親の背中をじっと見据えたまま答える。
「16といえば、男子ならすでに元服をすませ、一人前として見なされる歳だ。
お前は女に生まれたとはいえ、真宮寺家の唯一の直系。私はそれに相応しい教えをしてきたつもりだ。」
「・・・はい。」
さくら は、父が何を言おうとしているのか判らず、戸惑いを禁じ得ないまま応える。
「数ヶ月前、霊峰・富士の霊力が大きく揺らいだのは感じただろう?」
さくら は黙って頷いた。
「原因は富士の噴火による地震だが、この影響で『不二の結界』に綻びが生じた。
その綻びより、妖のたぐいが現世に現れ居出た。」
「でも、妖は遙か古から・・・」
男は、さくら の言葉を片手を上げて制すと、話を続けた。
「お前の言うとうり、妖は古より常に我々の隣に居た。彼らのほとんどは、富士の霊力の揺らぎに乗じて現世にやってきた。その中には友と呼べる妖もいれば、人に害を及ぼす妖も居る。
ただ、共通して言えることは、揺らぎに乗じて出て来られる程度の妖力しか持っていないということだ。『不二の結界』はより大きな妖力を持つ妖を封じるためにある。
だが、時には何かの拍子に強力な妖が現れることもある。そんな妖魔の類から、この日の本を護るために・・・」
父が意識的に言葉を止めたのを感じ、さくら は大きく息を吸い込むと、燐とした口調で応える。
「それが、私たち『裏御三家』の役目。」
「うむ。」
男は頷くと、初めて娘と向かい合うように座り直した。
「さきに話した綻びから生じた妖には、恐るべき妖力を感じる。だが、本来中央を護るべき裏御三家が一、『藤堂家』はその直系が絶えて久しく、わずかな分家筋がいくつかの技を伝えるのみ。
本来、『真宮寺』の当主である私か、南方の『隼人』の当主が向かわねばならぬところであるが、富士の霊力の揺らぎが大きく、先達がこの地に封じた『降魔の封印』が解けかけている。今、私はこの場を離れることはできない。」
さくら は身を固くして、口元をキッ引き締めた。父が何を言おうとしているかを察したこともあるが、『降魔の封印』の重要性は、幼き頃から教え込まれていたからである。
「さくら・・・私になりかわり、富士へと赴いてくれるか?」
さくら は即答せずに、じっと父の瞳を見つめた。意識して表情を消してはいるが、その瞳の奥に宿る光は、いつもの優しい父のものであった。
やがて、意を決して口をひらく。
「わかりました。微力をつくします。」
娘の言葉に、男は黙って頭を下げた。
そして、再び面を上げたとき、男は父親の顔で語りかけた。
「すまない、さくら・・・」
そんな父に、さくら は黙って首を振って応えた。
男は、自らの傍らに置いてあった一振りの刀を手に取ると、さくらに差し出した。
「持っていくがいい。きっとお前の力となってくれよう。」
「『霊剣・荒鷹』・・・」
『霊剣・荒鷹』。それは、『真宮寺』家に代々伝わる破邪の剣であり、『真宮寺』家当主の証でもあった。
さくら が、手にした『荒鷹』を惚けたように見つめていると、男は静かに立ち繧ェった。
そこに立っているのは、すでに優しい父ではなく『真宮寺』家当主、『真宮寺 一馬』であった。
「ゆけ、さくら。まずは江戸に赴き、老中『米田一基』様を訪ねるがよい。」
「『真宮寺さくら』、参ります。」
数日を待たずして、さくら は生まれ故郷を後に、一路江戸への旅路についた。
母の手縫いの桜色の着物。そして手には『霊剣・荒鷹』がしっかりと握りしめられていた。あたかも父の手を握りしめるかのように・・・
つづく・・・
小説メニューに戻る