サクラ大戦 桜花絢爛 第二幕 アイリスだって…   作・97

 太正の町並みに一際目立つ洋風の建物。
 そう我らの帝国劇場、通称帝劇である。そのテラスの上に彼女はいた。
 目は透き通った水色でちょっとカールのかかった金髪がさらにその綺麗な目を目立たせている。
 肩までで揃えられた髪の上には、おっきな赤のリボンが結ばれている。
 年は11前後だろうか? 服は彼女にぴったりという言葉が相応しいたくさんフリルのついたかわいらしい服を着ている。
 しかし彼女を輝かせる原因はそんな事ではない。
 確かにこれだけでも十分かわいいのだが彼女は天真爛漫な満面の笑みを浮かべているのだ。
 これがとてもかわいい。
 かわいいなんてちゃちな言葉では言い表せないかわいらしさであろう。
 大神は心の底からそう思った。
 今新しく帝国華撃団花組に配属となるレニ=ミルヒシュトラーセを、いち早く歓迎しようと一番速く見える場所つまりこのテラスで待っているというわけだ。

「アイリス、こんな所で待っているのかい?」

 大神はアイリスに近づく。

「だってアイリスレニに速く会いたいんだもん」

 もう友達になったような口調でアイリスが言う。
 もちろん新隊員が来ると言うのはそれなりに嬉しいもので、みんなの気持ちに嫌悪の念はまったくない。
 特にアイリスは歓迎会をやろうと言ったり率先して会の準備をしたりと大はりきりだった。
 もちろん先月の織姫入隊の時もアイリスの提案で歓迎会をしたのだった。
 もっとも大神にとっては、理不尽な「日本のオトコだいっキライで〜す攻撃」を受けた事もあって嬉しい思い出ではない。
 その思いが思い出されてまたなんて考えが浮かぶ。
 そんな物思いにふけっていると

「はやくはやくお兄ちゃーん」

 と急かすアイリスの声でふと気がつくともうレニらしき少年はロビーで歓迎を受けている様だ。

「ああゴメン 一番にあいさつできなくなちゃったね」

 と大神が言えば

「もーお兄ちゃんはタイミング悪いんだからー」

 と怒って見せる。
 この子供っぽさがまた大神にはかわいく映る。
 そして急いで階段を降ようとすると足元がもつれ小さなアイリスの体が宙に舞う。

「きゃー」

 もうちょっとで大怪我しそうになるところだったかもしれない。
 しかしレニがそっとアイリスを抱きとめたのだった。

「大丈夫?」
「ありがと…」

 なんとも簡潔な会話であったが
 これが記念すべき花組としてのレニ初会話だった。
 アイリスはちょっとドキッとしてしまった。
 大神以外には感じた事のない気持ちだ。
 みんなに囲まれ楽屋に移るレニの後ろ姿を見てボーッとするアイリスだった。

 本題の歓迎会ではレ二は星組の隊員であったこと出身がドイツである事などいろいろな事がわかった。
 しかし一つ不思議なのは、あんまり嬉しそうではなくむしろ戸惑っているといった感じだった事だ。
 普通、歓迎されれば嬉しい。
 しかし、これはある程度普通の環境で育った人に当てはまるもので後々わかるのだが、普通の生活をさせてもらえず人間的な感情が欠落しているレニにとっては戸惑うのは無理もない事だ。
 もっともそんな事は今のアイリスにわかるはずはない。
 そんな“?”マークが浮かび掛けたその時帝撃の警告音が鳴り響く。
 黒鬼会が襲撃してきたのだ。
 一番先に部屋を飛び出して出撃するレニ。その素早さは目を疑うほどだった。
 しかし、実際の戦場についてみるとまんまとワナにはまった形になってしまう。
 そこには黒鬼会五行衆の内の二人、大日剣を操る金剛と智拳を操る木喰が待ち伏せしていたのだ。
 大神が自分の甘さに気付き悔やむ気持ちが湧き上がろうとしたその瞬間、一陣の青い風が木喰に襲い掛かり一撃のもとに切り伏せたのだった。

「レニぃ〜」

 アイリスが安堵の声を漏らす。
 この一撃が戦局を一気に花組有利に傾けた。
 怒涛の攻撃と目にもとまらぬスピードでばっさばっさと脇侍を倒していく花組隊員達。 それを目の辺りにしても

「なかなかやるじゃねぇ〜か」

 と焦るでもなく金剛と名乗る男は笑っている。
 狩りがいのある獲物を見つけたような笑みだ。
 しかし、その後の金剛との闘いは初陣とは思えないレニの超人的戦闘能力によって勝利を飾る事となる。
 もっとも明らかに手加減していた様に見える闘い方だったのが多少気がかりだが勝利には違いない。
 大神もこの幸先いい勝利、気分をよくしたのか

「帰ってレニの歓迎会の続きをしよ〜」

と上機嫌である。

「お〜!」

 といつも輪を乱す織姫でさえその時は声を揃えたほどだ。
 そのレニの歓迎会はどうなったかと言うとアイリスの「ねえねえレ〜ニ」で始まる質問攻撃の山だった。
 他に言う事と言えば自分の紹介かお友達のジャンポールの事かどっちかだ。
 少々レニも困惑気味である。

「アイリスねー最近ママとパパからお手紙来たんだよー いーでしょー」
 
とアイリスにしてみれば自己紹介の一端のようなものだったのだが日本人である父親をもっとも嫌悪している織姫は

「パパなんてどこがいいんでしょ〜ね?私には理解できないで〜す」

 とあの調子でバカにしたような発言をする。
 それがまずかった。
 繊細なアイリスの気持ちをかきむしり混乱させるのには十分だった。

「アイリスは、アイリスはパパもママも大好きなのにぃ〜〜〜」

 と気持ちを高ぶらせ稚拙な言葉で反論し暴走する霊力で周りがめちゃくちゃになる。
 もうレニの歓迎会もあったもんじゃない。
 そのままの泣き出しそうな顔のままでアイリスは部屋から出ていってしまった。
 大神は確かにいつも元気で涙なんかとは関係なさそうなアイリスの頬を伝う涙を見た気がした。
 大神は織姫に

「俺は織姫君と父親の間に何があったかは知らない。知らないけど何があろうと人を傷つける理由にはならないんだ!!!」

 珍しく感情的になって叫ぶ。
 さすがに織姫も悪い事をしたと思ったのかバツが悪そうな顔をしている。
 そのままの勢いで部屋を出てアイリスを探そうとする。
 後ろでは

「あたしたちも探しにいきましょう」

 なんていうようなさくらの声も聞こえてくる。
 織姫もしぶしぶではあるが一緒に探す事になったようだ。
 大神は一心不乱にアイリスを探す。
 探そうという強い気持ちが空回りしてなかなか冷静に探す事ができない。
 しかし今の精神状態を冷静にする事も不可能に近かった。

「アイリス! アイリーーース!!!」

 叫ぶ事しか出来ない自分がもどかしい。
 しかし、いつものかわいい声で答えてくれるアイリスの姿はどこにもない。
 どこを探してどこを探してないのかわからないほど大神は冷静さをなくしていた。
 無我夢中。今の大神にはぴったりの言葉だろう。
 探せば探すほど見つからない事に焦りは募る。
 大神もあらかた探し終わり花組のみんなもほとんど探し終えている。
 その時大神はやっと探してないところに気づいた。屋根裏部屋だ。
 大急ぎで行ってみると予想通りアイリスはそこにいた。
 しかし天真爛漫なアイリスの姿はどこにもなく正反対な悲しみにあふれるアイリスが座っている。部屋の片隅で座ってじっとしているし顔は涙でぐちゃぐちゃでお友達のジャンポールも涙でしっとり濡れている。

「アイリス………」

 何か続けて言おうと思うのだが何を言ってもこの悲しみには無力な様で口から何も出てこない。

「お兄ちゃん!」

 やっと気づいたような様子で涙で汚れた顔を必死で隠そうとする。

「アイリス織姫君だってわざと言ったわけじゃないと思う 

 今はみんなと一緒になってアイリスを探してくれている。
 俺からも頼む織姫君を許してやってくれないか?」
 もちろんアイリスはまだ小さい。
 一人異国の地で生活する悲しさや寂しさはいかにやさしく仲のいい花組隊員がいたとしてもとても埋められる溝ではないだろう。
 両親の手紙と来たら唯一両親の存在を感じさせ僅かでも
 家族の暖かさを伝えるものである。
 何度読み返したかわからない。
 いずれにしてもアイリスの心が酷く傷ついた事には変わりない。
 しかし

「うんアイリスもう大丈夫だよ織姫も許してあげる」

 とまたいつもの笑顔が戻ってくる。
 しかし大神はこの笑顔の裏にその寂しさを見たような気がしていつもように素直にかわいいと思えない大神だった。

 その後、どうなったかと言えば何事もなかったような日常が戻ってきていた。
 もっともあのプライドの高い織姫が頭を下げた事もあるのだが…。
 今日は大神にとってすごく長く感じる1日だった。
 普通の夜が何故か久しく心地いい。
 まだ花組に戻って2ヶ月だと言うのにも関わらず…。
 そしてそろそろ見回りだと重い腰を上げドアを出ると

「お兄ちゃ〜ん」

 といつものかわいい声が大神を呼びとめる。

「なんだいアイリス?」

 今日の疲れを微塵も見せず大神が答える。

「アイリスさっきのお手紙のお返事書くんだけど手伝ってくれないかなぁ〜?」

 断る気持ちなど不思議と沸いてこない。
 この微笑みを見て断れる人間などいるのだろうか?そこまで思わせるに十分な微笑みだった。
 もちろん大神はアイリスのお返事書きを手伝う事となる。
 しかし意外とスラスラとお返事書きは進み大神はただボケ−っとしているだけだった。
 もちろん士官学校でも英語は学習するのだが流暢に使いこなせるほどうまくはない。
 そんな大神にアイリスが

「お兄ちゃんも何か書いて欲しいな 言ってくれればアイリスが書くからー」

 半ば強引ではあるが大神は返事を書く事になった。
 この強引さを強引と思わせないのもアイリスの特権とでも言うべきなのだろうか?

「私は大神一郎です 私はアイリスの恋人ですとこんなもんでいいのかな?」

 大神はこの言葉でまたいつもの天真爛漫な笑みが見られると思っていたのだが反応は正反対だった。

「ホントにアイリスのことそう思ってるの?」

 アイリスは不安なのだ。
 他の隊員と年が離れてる事もあってそれがアイリスのコンプレックスになっている。
 年の差を魅力の差と勘違いしているふしがあるのだ。

「俺はありのままのアイリスが好きなんだ これでも信じられないかい?」

 やっと先ほど予想した笑みがアイリスの顔全体に広がる。

「嬉しい。お兄ちゃんだ〜い好き」

 自分で言ったことが恥ずかしいのか大神は顔が赤い。
 それで何を思ったのかアイリスはベッドに座っている大神に近づき座って低くなっている大神の腕に少し背伸び気味で抱きつく。

「アイリスだって腕組めるよ」

 その心遣いが大神にはとても嬉しい。
 彼女なりに必死に大神に見合う女になろうとしているのだ。

「背伸びしないでいいんだよ 俺は自然体のアイリスが好きなんだから」

 すると

「もーアイリス大人だよ」

 と怒って見せるのだが明らかに安心しているのが見て取れる。
 用事も終わって部屋を出てこうとする大神に「あっお兄ちゃん」と呼びとめる。
 アイリスの言葉は意外なものだった。

「ちょーっとお耳貸して」

 顔はいたずらっ子の様で頬は赤くなっている。
 しかし疑う理由もなく顔を近づける。
 するとほっぺにチュっとキスされてしまった。

「アイリスからのプレゼント」

 とはにかんで言う。大神は真っ赤な顔をしている。

「お兄ちゃん大好き」

 ちょっとドキッとするような表情で言う。
 3歳も4歳も年上にみえるような表情だ。

「それじゃ おっお休みアイリス…」

 ドギマギしてあせっている大神がやっとの事で言う。
 そして大神が出ていって一人になってからアイリスは初めて女としてレディーとして扱われたことを何度も何度も思い出していた。
 この夜はアイリスの心にいつまでも残る特別な思い出となった。

 このような特別な夜があるからこそうら若き乙女達が命をかけて闘えるのかもしれない。
 その後の日常は客観的にはなんにもかわらない。
 無論花組隊員達もそう思っている。
 しかし大神とアイリスの心は今までとは比べ物にならないほど固い絆で心と心が結ばれた事は言うまでもない。
 いつもの様にもう両親を思ってベッドで一人泣く事もない。
 お友達のジャンポールといつまでも話している事もない。
 何故ならばここにはこれ以上ない仲間達と恋人である大神がいるのだから。
 これからどんな闘いがありどんな危険な目にあったとしても
 大神が守ってくれるどんなときでも来てくれる確信があるから怖くない。
 何より一人の女として扱ってくれた大神に答えるためにも速くどんな面でも大神とつりあう様に成長して本当に腕の組めるカップルになりたいと思うアイリスだった。

「お兄ちゃんだ〜い好き!!!」

FIN



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