第9話「米田特攻」(その3)
銀座・帝撃本部。
花組だけでなく、帝劇三人娘を含む風組や、情報部隊である月組まで総動員されているため、人影もほとんどなく閑散としている。
しかし、その地下格納庫、轟雷号のプラットフォームには陸軍の軍服を身に纏った二人の人物が佇んでいた。
「じゃあ、俺はちょいといってくるよ」
そのうちの一人、帝國華撃團総司令長官・米田一基陸軍大将は静かにそう言った。まるで、近所に酒でも買いに行くかのような口調である。
「どうしてもいかれるのですか、長官」
もう一人は、女性であった。
米田とは逆に、彼女の言葉には沈痛な響きがある。
「ああ。かーいい子供達のためだからな」
「長官……」
女性の頬を涙が伝い、床におちる。
「おいおい。そんなに湿っぽくするなよ。死に場所をなくした軍人が、ようやくそれを見つけられたんだ。パーッとやってくれにゃぁな」
米田の顔には、笑みさえ浮かんでいる。
「あとのことはよろしく頼むぜ」
「……はい」
☆
「花組各員! ツクヨミの足を止めるんだ! 倒すことよりも優先だ!」
「どうしたんですか、隊長?」
大神の突然の命令変更にマリアが訝しげに尋ねてくる。
「ヤツは、三種の神器を確保した後に儀式を行うつもりだ。それも、月が出ているうちに!」
月はツクヨミの霊力の源泉となるのだろう。
そして、何かはわからないが、三種の神器と十種の神宝を使って大きな儀式をしようとしている。
だから、ツクヨミは、満月が空にあるうちに儀式を完成する必要があるのだ。自らの霊力を最大限発揮できる、そのうちに。
「マリア、紅蘭! 阻止射撃を!」
「わかりました、隊長!」
「まかしといてんか!」
ツクヨミの前面に弾幕が形成される。
撃破よりも前進を阻むことを目的とした攻撃だ。これでツクヨミの足はやや鈍る。
「我が意図を喝破したか。いささか遅きに失したようにも思えるが
な」
ツクヨミの言う通りだ。大神は、相手の意図を読み間違えた。
短期決戦を必要としていたのは、帝撃ではなくツクヨミのほうだったのである。
最初から気づいていれば、月が沈むまでツクヨミを持ちこたえられたかもしれない。しかし、もう前進を許しすぎた。
「加山!」
大神は、花組隊長の彼にしか教えられていない周波数を開いた。
「よぉ。大神」
通信に出たのは、帝國華撃團・月組隊長、加山雄一である。
月組は、いわば不正規戦部隊といえ、敵中への浸透・撹乱、情報収集などを担当している。夢組が霊能部隊であり、その能力によって行動しているのに対し、月組の行動は、軍情報部のそれに近い。
加山は帝國海軍少尉であり、海軍兵学校における大神の同期だ。軍艦よりはヨットが似合うような男だが、成績は優秀。なにせ、ろくに勉強もしないくせに、教官が出す問題をことごとく予想し、的中させてしまうという特技の持ち主だったからだ。
もっとも、これは、情報戦に秀でた能力をもっている証左ではある。
「ツクヨミの目指しているのは宝物庫で間違いないか?」
紅蘭が戦闘で手一杯であり、翔鯨丸も離脱した今、情報分析として頼れるのは加山と月組だけだ。
「わかった。ちょっと待ってくれ」
言葉通りすぐに加山は結論を出した。
「ああ。そのと通りだ。御所に隣接する宝物庫がヤツの目的地に違いない」
「やはり、三種の神器が狙いか!」
守る場所を一点に絞るためと、帝撃の内部は敵に知られすぎていることから、三種の神器はそこに集められている。
「まずい。このままでは到達を許してしまう!」
だが、加山は飄々とした物腰で笑みを浮かべた。
「大神。『果報は寝て待て』だぞ」
「どういう意味だ?」
「まっ。そのうちわかる。じゃあな!」
通信は一方的にきれてしまった。
「相変らず、訳のわからんやつだな……」
だが、情報は信頼できる。
「みんな、ツクヨミをなんとしても宝物庫に近づけさせるな!」
「了解!」
花組の懸命の攻撃が続く。
だが、戦力の低下した花組では、なかなか効果をあげられない。
「大神はん。宝物庫まであと五〇米やで!」
「くそぉ。させるかぁ!」
大神は一気にツクヨミの前に出ると、必殺技を試みる。
「狼虎滅却……」
だが、これは強引に過ぎた。焦りが大神の判断を狂わせたのだ。
「返り討ちだ!」
ツクヨミの薙ぐような攻撃で、真武は大きく吹き飛ばされた。
「大神さん!」
たまたま近くにいたさくらが、慌てて真武を助け起こす。
「大丈夫ですか!?」
「俺のことはいい。それよりも、ツクヨミを!」
だが、大神に気をとられた花組は、瞬間、ツクヨミから注意をそらしてしまった。元々、押されていた帝撃に、そこから生じた“綻び”を取り繕うことは不可能である。
(俺のやってきたことが裏目に出てしまったか!)
誤解を恐れずに表現するならば、花組において、大神は唯一絶対の存在である。
花組の隊員達は大神を慕い、大神が統率しているからこそ、高い士気を保ち、厳しい戦闘に臨むことができるのだ。
仮に、花組の誰かが戦闘で倒れたとしても、花組はその悲しみを糧に変えて戦い続けることが可能であろう。しかし、大神が失われた場合、花組の士気は瞬時に崩壊し、敗北する。
この時、その一端が表れてしまったのだ。
「どうやら、私の勝利のようだな」
宝物庫の前にツクヨミはたどり着く。
もはや、花組にはツクヨミの行動を阻むことはできなかった。
「もっとも、戦いには何が起こるか最後までわからない。油断する気はさらさらないがな」
そう言いながら壁を破壊した次の瞬間だ。
「なんだと!?」
崩れゆく壁の向こう側から現れたのは、巨大な砲身であった。
「零距離射撃、直接照準! 撃て!!」
砲身長は短いものの、一五〇粍はあろうかという臼砲の直撃で、ツクヨミはさすがに二三歩あとずさる。
「あなたなんかに、三種の神器を渡すわけにはいかないわ!」
濛々たる発射煙の中から、三つの人影があらわれる。
「帝國華撃團・薔薇組、参上!」
そう名乗りをあげた彼らに驚いたのは、大神も同様であった。
「薔薇組だって!?」
そんな部隊が存在するなど聞いたこともない。
しかし、それも当然と、三人の中央にいる男が語りはじめた。
「大神隊長。我々、愛と美の秘密部隊・薔薇組は、三種の神器を守るために、宮内省と米田中将により、陸軍から引き抜かれ、極秘裏に結成されたのです」
「そうだったのか……」
米田は来るべき戦いでは三種の神器が鍵になることを見抜いていたのだ。
しかも、その部隊を瀬戸際中の瀬戸際まで温存しておく戦略眼。
敵をだますにはまず味方からというが、まさにその好例である。
「大神隊長! これを!」
事情を説明していた男――薔薇組隊長・清流院琴音は、草薙剣を大神に渡す。
他の二つ、八咫鏡は隊員の太田斧彦がさくらに渡し、八尺瓊勾玉は同じく隊員の丘菊之丞がマリアに渡した。彼らはまさにこのただ一度の行動のために結成されたのであり、見事にその使命を果たしたのだ。
「米田一基か……さすがに手強いな」
態勢を立て直したツクヨミは、そう呟きながら大神に向き直った。
「いい上官をもったな。大神一郎」
「ああ。おかげで負けずにすみそうだ」
ツクヨミは好敵手を決して嫌ってはいなかった。
人間の分際で、神たる自分とここまで渡り合えることに、敬意を表したいほどだ。
だが、そのような個人的な感傷に身を委ねるわけにはいかない。
扶桑という国家を率いるものとして、いかなる手段を用いても勝利しなくてはならない使命と義務があるのだ。
「三種の神器を求めたるは、完全を得たきゆえ。神器なくとも、術の発動には関係ないのだぞ!」
ツクヨミは十種の神宝を取り出す。
「遠き三柱の大神により創造されし世よ。その古き秩序を新しき秩序へとせん」
ツクヨミの周囲に霊気が集中していくのがわかる。
「まずい。ヤツの術を中断させるんだ!」
大神はそう命令したが、カンナの剛武、すみれの麗武、紅蘭の雷武、そしてアイリスの陽武は動き出さない。それどころか、次々と膝を折っていく。
「どうしたんだ、みんな!」
だが、返信も入らない。
かわりに割り込んできたのは、加山だった。
「大神! 聞こえるか!」
その通信もひどく雑音が多い。
「やつの術は、帝都の地脈のみならず、周囲のあらゆる霊力を吸い取ろうとしている! 早くなんとかしないと、霊子機関はおろか、お前達の命も危ないぞ!」
「そういうことか!」
すみれ達は、霊力が吸い取られ、神武改の霊子機関を動かすことができなくなったに違いない。通信ができないのもそのせいだ。
しかし、腑に落ちない点がある。
自分は霊力を吸い取られたような感じはしないし、マリアの烈武やさくらの翔武も健在だ。
「……三種の神器の力か!」
三機にだけ共通する事項はこれしかない。
そのことに気づくのとほぼ同時であった。
「隊長!」
「大神さん!」
それぞれがもつ神器が光を放ちはじめたのだ。
マリアのもつ勾玉からは銀色の光が。
さくらのもつ鏡からは白桃色の光が。
そして、大神のもつ剣からは純白の光が。
「十種の神宝と共鳴して、俺達の霊力を増幅してるのか!」
ならば、これで押し切るしか、残された手はない。
「マリア、さくらくん。霊力を全て神器に集中させるんだ!」
「了解」
「わかりました!」
それぞれの神器から放たれる光は次第に大きくなる。
だが、ツクヨミの術は、それ以上の勢いで力を増していく。
「たった三人の人間の霊力で、神に対抗できると思うか!」
その言葉通り、大神たちの霊力は次第におされている。
「お、大神さん。もう、これ以上は……」
「隊長! 私たちの霊力は、もう精一杯です!」
さくらはおろか、マリアまでもが弱音を口にした。
「二人とも頑張るんだ。俺達がここで挫けたら、帝都は、日本はどうなってしまうんだ!」
大神もそうは言うものの、さくら達と同じような絶望感を感じていた。
もうツクヨミの術から発せられる霊力は、目の前にまで迫っている。
「さあ、これで終わりにしよう。よい戦いであっぞ!」
ツクヨミはさらに呪文を進めた。
ますます術は広がり、強力になっていく。
「……俺達はもう、駄目なのか!?」
思わずそう呟いた大神に、雷鳴のごとく大喝がおちた。
『大神! 貴様があきめちまったら、おしめぇじゃねーか!』
「米田長官!」
次の瞬間、大神達の足元の地面が急速に盛り上がったかと思うと、その頂点から銅色に光る物体が上空へ向け飛び上がった。
「隊長、あれは轟雷号です!!」
瞬時にマリアが見抜く。
ということは……
「長官、まさか轟雷号の中に!?」
昇竜のごとく天高く舞い上がった轟雷号は、しかし、その頂点までくると、今度は滝を下るがごとき勢いで落下しはじめた。
「長官脱出して下さい!」
だが、米田の答えは否だった。
『俺がいなくなっちまったら、こいつを操縦するやつがいなくなっちまうだろうが!』
「長官!!」
ツクヨミは術をかけている最中のため、動くことができないものの、その強大な力は、圧力となって周囲のものを圧倒する。
轟雷号もそのシルシウス鋼製の外板は次々と剥離し、時にはその軌道を大きく揺らがす。
しかし、究極の誘導装置、人間の手によって操縦される轟雷号は、その度に針路を修正していく。
次第に増加する落下速度は、とうに発進時のそれを超えている。
もう、止めることもできなければ、脱出することもできない。
『俺の屍を超えていけ、大神!』
「米田長官!!」
弾丸列車は、まさに弾丸となって、ツクヨミに直撃した。
「米田大将……」
「米田のおじちゃんが……」
「……なんてことや……」
「おい、うそだろう? 冗談だよな!?」
「こんな……こんなとことってありまして!?」
「長官!」
大神は、無線に向かって米田の名を呼び続けたが返事はない。
呆然とする花組一同。
それを現実に引き戻したのは、皮肉なことにツクヨミであった。
「米田一基……見事な散り際だ……」
轟雷号の残骸を掻き分けるようにしてツクヨミは立ち上がった。やはり、霊力を伴わない物理的攻撃では、深手を負わせることはできても、致命傷を与えることはではない。まだ術を続けることは可能だろう。
このままでは、米田は全くの犬死にだ。
「そんなことがあってたまるかぁ!!」
米田の死を意義あるものとする方法はただ一つ。ツクヨミの術を阻むことだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
大神の霊力が増大していく。
それに続くようにして、さくらとマリアの霊力もまた、増大しはじめた。
いずれも自らが限界と感じていた以上の霊力である。
そして、大神たちが発する霊力は、ツクヨミの術を押し込みはじめた。
「人間にこれほどの霊力が出せるとは!」
ツクヨミは素直に驚嘆してみせた。
実際、扶桑においても、自らと幹部以外では、ここまで霊力を発揮できるものを知らない。
「どうだ、ツクヨミ!」
だが、その驚嘆は感情を押し隠す必要もないという余裕でもあった。
ツクヨミはゆっくりと印を結び、術を再開しはじめる。
すると、大神たちの霊力の前進がとまってしまった。
「くっ……俺達は負けない!」
更に大神は霊力を高める。
それは命を削り、生命力を霊力に変えているのではないかと思われるほどだ。
だが、それでもツクヨミの力には勝てない。
術が整いはじめるにつれ、押し戻されていく。
「この術為りせば、我が扶桑が常世となる!」
喜色に溢れたツクヨミの声。
もはや帝國華撃團にうつ手はない。
術の力は、もう神武改の目の前にまにまで迫っていた。
(米田長官! あやめさん! 力を貸して下さい!)
大神が悲痛な祈りを捧げた直後。
まるで追い風の様に強力な霊力が神武改の背後から放出され、術の力を再び押しこんでいく。
「大神さん、神器が!」
さくらの声に慌てて草薙剣を見れば、黄金色の輝きを発しているではないか。
勾玉も鏡も同様だ。
「……まさか、これは!?」
大神は霊力が放出されてきた方向をカメラの視界に入れた。
そこにあったのは、ただ一人の人影。
だが、帝國において、たった一人のためにつくられた階級の軍服を身に纏っているではないか。
「大元帥陛下!!」
神話は言う。
いざなみの命の三貴子の一柱、天照大神は、日ノ本を統べるべく、高天ヶ原より自分の子孫を降臨させた。それが初代天皇である神武天皇である。
以来、皇統は万世一系、一度もとぎれることなく連綿と伝えられた。だから、天皇陛下は現人神、人の姿をした神である。
大神は尋常小学校の頃より、そう教えられてきたし、ヒルコが帝都を狙ったのは、それが理由であった。
だが、知識として知っていたとしても、それが実感できるかは別である。
実際、大神は天皇陛下と謁見した時にも、敬意は感じたが、神であるというような印象はうけなかった。誤解を恐れずに表現するのであれば、ただの人であるようにしか思えなかったのだ。
しかし、今は違う。
放出されている霊力は花組隊員の誰をも上回り、大禍や八十禍といった扶桑の幹部すら超越したところにあるだろう。そして、黄金色の霊力はツクヨミと同質の“神”を感じさせるものだ。
天皇は現人神であらせられる。
そのことを、大神は身をもって体験しているのだ。
「アマテラスの子か!」
ツクヨミも太正帝に気づいた。
だが、それで慌てている様子はない。
「現人神ではあっても、神そのものと互角ではないのだぞ!」
ツクヨミの術の力と太正帝と花組の霊力とが拮抗した。
その衝突から生じるエネルギーの余波は空を焦し、地を裂いていく。
「この術の力を知れ! 断係換世之術!!」
ついに術は発動した。
ツクヨミを中心に白い光球が発生したかと思うと、それが急速に広がっていく。
そして、それは花組の霊力をものともせずに、神武改を飲み込んでいく。
「うわぁぁぁぁ!」
大神の視界が純白に覆われた。
何も見えず、何も感じない。
そんな時間がどのくらいたったのだろうか。
「……!?」
気づいた時には、何もかもがもとのとおりに見えた。
「みんな無事か!?」
花組の全員から答えが帰ってきた。
神武改も特に損傷を受けた様子はない。
「術が失敗したのか?」
だが、それはいささか早急な判断であった。
『大神、大変だ!』
通信も回復したらしく、加山の声が入ってきた。
『帝都以外の日本は……なくなってしまった!』
「なんだと!?」
『いや、正確に言うと扶桑と入れ替わってしまったんだ。皇居を中心とした帝都中心部だけしか残っていない!』
術は成功していたのだ。
ただ、太正帝と花組が皇居で霊力を放出していたことで、帝都のみは術の効力が弱まったのだろう。
「くっ……」
ツクヨミを見やる。
しかし、意外にも、がっくりと膝を落とし、肩で息をしているではないか。
「今はこれが限界か……」
その声には疲労の色がありありと現れていた。
「アマテラスが子よ、そして帝國華撃團よ。この戦い、預けておこう!」
ツクヨミはそのまま空中に浮かぶと、かき消すように姿を消した。
「終わったのか……!?」
大神の真武が膝をつくと同時に、全ての神武改も崩れ落ちた。
限界以上の能力の発揮を長時間強いられ、花組の疲労は究極に達していたのだ。
そして、それは、体力的な問題だけではなかった。
「……米田長官……」
米田の遺体はみつからなかった。
激突時の衝撃が大きかった為、肉体が四散したものと思われる。
「俺達はどうしたらいいんですか……」
護れたものは僅かでしかなく、失ったものはあまりにも大きい。
帝撃の隊員達は、ただ呆然と、かつて轟雷号だった瓦礫の中に立ち尽くしていた。
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