第9話「米田特攻」(その2)

「衛兵! 先導しろ!」
「はっ」

 帝撃のような設備が整っているわけではない。格納庫までは自力で移動する必要がある。
 衛兵は、夜道を懐中電灯で照らしながら進む。それを花組の隊員が追うような格好だ。
 急遽設営された道だから、皇居の森を切開いたでもいうようなもので、未舗装である。
 こんなところを走るなど、およそ何かにつけてスマートな帝撃らしくない。
 つまりは、それだけ追いつめられているということである。

「格納庫を開けろ!」

 先導する兵が声をあげると、格納庫の警備あたっていた衛兵が鉄の扉をあける。
 彼もそこから中に入ることは許されず、扉の前で直立不動の姿勢をとった。
 ここで、彼の役目は終わりである。
 もう何がおころうと、彼ができることはない。

「みなさん。帝都をお願いします」

 だから、彼は目の前を通り過ぎようとする大神に、そう声をかけずにはいられなかった。近衛師団兵でありながら、戦闘に参加すらできぬ無念。
 士官と兵隊、海軍と陸軍という違いこそあれ、同じ軍人として、大神にはその気持ちが痛いほどわかった。
 大神は、その兵の前に立ち止まり。海軍式の敬礼を帰す。
 幾多の人間の想いを背負い、幾多の人間の未来のために戦う。
 帝都を護るとは、そういうことなのだ。

「総員搭乗!」

 七機の神武改に火が入る。

「大神さん。どこに向うんですか?」
「外の雑魚は放っておく。ヤツの狙いは勾玉しかありえない。展開目標は御所だ!!」
「了解!」

 神武改は、そのまま皇居の敷地を突っ走る。
 そして、やや開けた地形に出た時だ。

「さすがにいい読みだな。大神一郎隊長」

 どこからか声が響いた。

「全機、警戒態勢に展開!」

 声には取り合わず、大神は素早く命令を下す。
 花組の隊員達もそれに応じて、陣形を整える。

「我から両腕を奪い取っただけはある。感嘆したよ」

 そして、空中からツヨミはあらわれた。
 その表情には、幾分、焦燥の色が見られる。相次いで重臣二名を失い、また、三種の神器の奪取にも失敗しているのだから当然だろう。

「へへん。神様だなんだといったところで、てーしたこたぁねぇな」

 カンナが挑発するような言葉をはくが、意外にもツクヨミはそれに肯いた。

「その通りだ。残念ながら、神といっても万能ではない。そもそも万能であるならば、こんな事をせずとも、扶桑を救えている筈だ。だが、だからこそ、全能力をもって、扶桑を救わんとするのが、我が使命。例え、いかなる手段をもってしてもだ!」

 相手をへこませてやろうとしたカンナだったが、逆に気勢を削がれてしまった。
 ツクヨミから余裕が失われてしまったわけではない。だが、それは悲壮感と同居しているのだ。

「いくぞ。帝國華撃團!!」

 ツクヨミが身構えた。

「全機散開!」

 強力な攻撃で一度に損害をうけることを怖れ、神武改同士の間隔を開けさせる。結果としてツクヨミを半包囲したような形になる。
 ツクヨミもそれを見て、自分の位置をやや下げた。全ての神武改を視界におさめ、死角からの攻撃を防ぐつもりなのだ。
 しかし、むざむざそれを許すことはない。花組も、距離をおかれないように移動していく。
 実際に刃をかわす前から、戦いは始まっているのだ。

(くそ、こっちの意図が見抜かれている!)

 先に焦りはじめたのは、大神であった。
 神武改の連続行動時間は決して長くない。彼我の戦力差も考え合わせると短期決戦しか方法はない。
 できれば、相手の攻撃を繰り出す、その隙を狙っていこうと思っていたのだが。
 こうなれば、仕方あるまい。

「いくぞ!」

 大神が攻撃命令を下す。

「いっくでぇ!」

 紅蘭の砲撃が始まった。
 通常、こういった支援射撃は瞬発信管を使った榴弾を使用する。これならば、目標に直接あたらなくても、周囲の地面に着弾した際に破裂するのだ。結果として、直撃はいうまでもなく、至近弾でも、それなりの効果を敵に与えることができる。
 だが、今回の紅蘭の砲撃は徹甲弾が二対一の割で混ぜられていた。徹甲弾は、主に装甲目標に対して使用されるもので、遅発信管を使用する。つまり、着弾後、目標の装甲を突き破るまでの数瞬をおいてから爆発するものだ。ただし、直撃でしか効果はない。
 花組は榴弾だけでツクヨミに傷を負わせることが困難であると判断し、このような処置をとったのである。

「破邪剣滅・千花乱撃!」

 その砲撃をぬうようにしてさくらの必殺技が放たれた。到達距離では最長の技であるから、この距離でも威力は十分だ。
 といっても、これでツクヨミを倒せるなどとは思っていない。あくまで、近接攻撃部隊が移動する間の時間稼ぎだ。
 その近接攻撃部隊は、最も装甲の厚い剛武を先頭に押し立てた楔型陣形で突撃していく。しかし、やや持ち直したツクヨミもそれをタダでは許さない。次々と攻撃を繰り出す。

「甘いんだよ!」

 カンナはそれを左右に機体を振ってよけた。
 まだ完全に立ち直ったわけではないツクヨミの照準は甘い。
 それでも、たまにくる直撃弾は、大神の霊気防御で無力化する。
 ツクヨミは花組の突進を止めることができなかった。

「いくぜ! 桐島流空手奥義・一拳励魂」

 紅の霊気を纏った拳が、ツクヨミを襲う。カンナ渾身の一撃は、正確に鳩尾を打ち、大きく体勢を揺らがせた。

「今度は私ですわよ!」

 そして、その崩れようとする先には、既に麗武が回り込んでいる。

「神崎風塵流・朱雀の舞!」

 すみれの炎がツクヨミを包み込む。
 逆方向から力を受けたため、一瞬、静止したかのように動きを止めたが、やがて今度はゆっくりと前へ倒れ込んでいく。
 しかし、そこにも神武改は待ち構えている。
 烈武だ。
 本来、中距離戦用の機体がここまで間をつめているのには、もちろん理由がある。

「もらった!」

 長砲身回転式多連装機関砲が甲高いうなりをあげた。
 ツクヨミへの零距離射撃だ。

「うぬぉぉ」

 はじめてツクヨミがうめき声をもらす。
 この射撃こそ、今回の戦術行動の要だ。
 一般の銃(砲)では、弾丸自身に加速能力はない。であるならば、その破壊力は、銃口から飛び出た直後に最大となる。まして、連射される弾丸の全てが外れることなく、ほぼ同一の場所に着弾するのだ。動物ならまるで肉挽機にかけたがごとく四散するだろう。
 もちろん、ツクヨミなればこそ、その肉体に目立った変化は見えてないが、効いていないわけもない。
 この機会に、最大限に戦果を拡大しなくては。

「くらえ! 狼虎滅却・・天衣無縫!」

 白刃が煌き、二筋の軌跡を残す。
 それは狙い過たず、ツクヨミの身体と交差した。

「どうだ!?」

 手応えはあった。
 全機が一旦、離脱してツクヨミの姿を見つめる。

「さ、さすがだな」

 ツクヨミが片膝をついた。
 さすがにただ一度の波状攻撃で倒せるとは思っていなかったが、これならば勝機はある。

「みんな、続けていくぞ!」

 大神は、士気あがる花組を率いて、連続した攻撃を行おうとする。だが、それは為し得なかった。

「大神さん! あれを見てください!」

 さくらが声をあげるのと、ほぼ同時に大神もそれを確認していた。
 ツクヨミの身体が金色の霊力に包まれていくのを。

「お兄ちゃん。あのチカラ、アイリスのと似てるよ!」
「なんだって!?」

 その意味するところは一つ。

「回復能力か!?」
「その通り」

 大神の叫びに呼応するかのようにしてツクヨミが立ち上がった。
「確かに私は戦闘技能そのものにおいて大禍に劣り、戦術立案能力においては八十禍に劣るだろう。だが、私は三貴子が一人、月読命だ。霊力、そして総合的な戦闘力においては私に優るものはない!」

 先ほどまでとはうってかわって、ツクヨミは生気に溢れている。

「どうします、隊長!」

 マリアも困惑気味だ。
 ツクヨミの大きな霊力と神器にばかり目がいき、こんな能力を保有しているとは全く想定していなかった。
 しかし、大神に迷いはない。
 なぜなら、いずれにしても花組に用意されている選択肢は一つだけなのだから。

「全機、攻撃を続行せよ!!」
「了解!!」

 神武改は再びツクヨミを包囲するように散開すると、攻撃を再開した。
 花組にある唯一の強みは、数である。
 これを最大限に利用するためには、多数を一つとして使ってはいけない。それぞれが別々の方向から間断なく攻撃すること、それも常に相手に読まれないように攻撃を組み立てていくことが必要だ。

「マリア、左に回れ! 紅蘭は煙幕弾を!」

 大神の指揮で七機の神武改は巧みな機動攻撃を繰り返していた。
 しかし、幾ら傷を負わせても、ツクヨミは、瞬く間に回復させてしまう。

「これでもくらいやがれ!」

 カンナがマリアの射撃とは反対側から、回蹴りの態勢に入る。
 剛武の攻撃力は神武改の中でも最も高い。だが、その“主武装”であるところの拳と脚の有効攻撃範囲は非常に限られている。同じ白兵戦仕様でも、高い機動力をもつ真武や、必殺技ならば遠距離攻撃が可能である翔武、麗武との決定的違いだ。つまり、剛武の攻撃は読まれやすいことである。
 まして、咄嗟に人間が考え付くことには限界がある。人間が相手であれば、何度か同じ攻撃の組み立てをしたところで、それを一瞬で見抜くことはほとんど不可能だろう。しかし、相手は神である。「知っていること」を見抜くのは、雑作もないことであった。

「同じ手はくわぬぞ!」
「なっ!?」

 剛武の蹴脚がツクヨミに抱え込まれた。
 カンナも全力で引き抜こうとするが、相手の力が強すぎる。

「ならば、これでどうだ!」

 とられた脚を軸にして、剛武は空中で回転した。いわゆる浴びせ蹴りである。

「この程度ではな」

 だが、ツクヨミは、その蹴脚をも掌で受けると、そのまま掴んでしまった。

「カンナ!」

 花組全員から悲鳴があがる。
 両脚を掴れた剛武は、持ち上げられ、逆さ釣りにされてしまった。

「こら! 畜生! 離しやがれ!」

 自由な両腕でツクヨミを攻撃しようとするが届かない。それでも、さかんに機体を振って脱出しようとするが、びくともしない。神武改の総重量は3トンを越えるというのに、恐るべき力である。

「みんな、カンナを助けるんだ!」

 大神に言われるまでもなく、全員がそれを試みようとする。

「あかん。このままではカンナはんにあたってまう!」

 だが、紅蘭が叫ぶ通り、剛武が盾にされてしまっていた。遠距離化も近距離からも、剛武を避けて攻撃する事は困難である。

「まずは一人!」

 ツクヨミは逆さ釣りにしたままの剛武を蹴り上げた。

「うわぁぁぁぁ!」

 悲鳴とともに、破片が飛び散った。
 花組の隊員達が、瞬間、凍り付く。

「けっ。まだまだでぇ!!」

 しかし、意外にも、カンナの威勢のいい声が響いた。
 先ほどの攻撃で破壊されたのは、改装によって装備された増加装甲であり、機体本体に致命的な損傷はなかったのである。

「大丈夫か、カンナ?」
「当たり前でぇ。アタイを誰だと思ってるんだ!」

 これが虚勢であることはいうまでもない。それでも、焦りなり怒りなりを誘い、隙が生まれればとの考えがあってのことである。
 だが、ツクヨミは全く動じない。

「よい考えではあるが、私には通用しない」

 再びツクヨミの脚が剛武に迫る。先ほどと同じところを狙っている。今度は守ってくれる増加装甲はない。

「これを待ってたんだよ!」

 四肢(正確には四肢によって直接支持される武器を含む)による攻撃を行う場合、目標を打撃した瞬間の“反動”を無意識のうちに計算をして体を動かしている。よって、目標を捉え損ねた場合には、いわゆる「空踏み」状態となり、筋肉を傷めることすらある。逆に予想より早く目標を捉えてしまった場合には、反動を吸収しきれなくなってしまう。
 空手家であるカンナは、それを体感的に知っていた。
 剛武を捻り、まだ増加装甲が残っている面を脚に向けると、その反動を利して、ツクヨミの脚へと機体をぶつけていった。明確な頭部が存在しない神武・改にその表現が許されるとするならば、逆さ釣りにされたままの“頭突き”である。
 予期したよりも早く反動を受けたツクヨミは、態勢を崩した。

「よっしゃぁ!」

 その隙をついて、最大出力をかけた剛武は、ようやく脱出に成功した。
 だが、上下を逆にして落下することとなったため、剛武の態勢もまた崩れている。

「逃がさぬ!」

 ツクヨミが手を伸ばす。剛武はまだ移動できない。

「マリア!」
「わかっています、隊長!」

 言うや、彼女は自らの霊気を一気に放出した。

「クワッサリー・レボスカヤ!」

 ツクヨミと剛武の間の、僅かな隙間を切り裂くように、散弾が縦一列に着弾する。さしものツクヨミも、反射的に腕をすくめた。カンナはその機を逃さず機体を立て直し、離脱に成功した。

「大丈夫か、カンナ!」

 大神は、すぐさま真武を剛武の脇に移動させた。

「紅蘭。損傷を調べてくれ」
「はいな!」

 雷武も剛武に隣接すると、その損傷確認をはじめる。赤外線通信によって剛武内の蒸気演算機上の情報を引き出すとともに、放射線による検査を行う。
 というと、大仰に聞こえるが、実際には釦を二、三個操作するだけで事が足りる。

「増加装甲は、もうただの重りやな。ただ、機体構造そのものは、そのおかげで助かって……いや、ちょっとまちぃ!?」

 慌てて紅蘭が、操作を追加した。

「あかん。足首の関節が歪んでもうたる!」

 足首のあたりを捉まれて、逆さ吊りにされていたためだろう。

「ちぃ。どうりで走りにくいと思ったぜ!」
「無理すると、もっと歪みがひどくなって、歩くこともできへんようになってまうで」

 剛武は格闘による攻撃を主とする。足首に負担をかけられないとなると、どんな攻撃を繰り出すにしても“踏ん張り”がきかなくなってしまう。攻撃力は半減以下といえるだろう。もちろん、機動力の低下はいうまでもない。

「さあ、どうする。降伏すれば、防人(さきもり)として名誉ある死は保証するが?」
「見損なうな! 我らが道は、名誉の死にあらず。生きて勝利を掴むことなり!」

 真武がツクヨミ目がげて動き出すのと同時に、攻撃が再開された。
 しかし、当然ながら剛武の動きに精彩はなく、むしろ防御に手一杯である。
 となれば、花組の攻撃力は、単純計算で、その七分の一、すなわち一割四分を減じたことになるのだから、ツクヨミに有効な打撃を与えるのは困難であった。

「頑張るんだ! 勝機は必ずある!!」

 自らをも叱咤しながら、大神は戦い続ける。花組隊員達も、よくそれに応え、状況は好転こそしないが、悪化もしない。
 このままでは、次第に疲労が蓄積し、ジリ貧になると思われた、その時だ。

『みんな! 退避して!』

 通信機に入ってきたのは由里の声だ。

「きたか、翔鯨丸!」

 上空を見上げれば,満月の光を浴びて、その勇姿を浮かび上がらせているではないか。

「砲撃目標確認!」

 翔鯨丸の艦橋で、火器管制担当の椿が報告する。

「神武改、退避を確認!」

 由里も航法担当ながら戦闘管制を補助している。

「進路はそのままに保つわ。砲撃を開始して!」

 かすみの声に椿も肯いた。

「撃てぇ!」

 翔鯨丸の艦首に備え付けられた主砲、一二.七糎単装砲が火を吹いた。瞬間、その砲口炎が、まるで花火のように夜の空を照らす。

「初弾命中!」

 おそるべき精度である。
 こういった大口径砲の場合、まず幾度かの試射を行い、その結果をもとに方位仰角を修正。そこからはじめて命中弾を狙っていく(もちろん、外れれば、その結果をもとにさらに修正する)だから、初弾命中というのは、射手に卓越した技量があるか、さもなければまぐれである。
 しかし、この場合、そのどちらでもなかった。
 翔鯨丸が砲撃する際には、光学測定装置と霊子探索装置及びその他の装置より得られる様々な諸元を、帝撃本部に無線で送信する。送信された諸元は、蒸気演算機に入力・計算され、その結果が再び翔鯨丸に返され、砲塔の動きを制御するのだ。これらは、全てが自動で行われ、正確無比な砲撃を実現するのである。

「次発装填完了。第二射いきます!」

 翔鯨丸の主砲は、竣工当時は俯角五度の固定装填方式であったが、既に仰角五度から俯角三〇度までの半自由装填方式に改装され、発射速度が向上している。

「第二射命中!」

 連続命中にさすがにツクヨミはたじろいでいる。だが、ただでやられているような相手ではない。

「たいしたものだが、ミカサでもなければ、致命傷など負わぬ」

 ツクヨミは右手を翔鯨丸にかざした。

「降霜夜月光!」

 青白い光が、翔鯨丸に向かって伸びる。
 輝きは淡く、力弱い。まるで蛍の光のようだ。だが、威力までがそうだというわけではない。

「きゃぁ!」

 “光”は翔鯨丸を大きく揺さぶった。

「艦体を貫通したわ! 装甲なんてないも一緒よ!」

 かすみが悲鳴に近い声で報告する。
 それでも、損害を受けた箇所は翔鯨丸の中枢部から外れており、居住区が損害を受けた程度であった。
 しかし、幸運は、二度は続かない。
「敵第二撃、来ます!」

 由里の声に被さるようにして、翔鯨丸は再び大きく揺さ振られた。

「主砲塔に直撃!」

 これを聞いた椿の対応は早かった。

「主砲塔を緊急投棄します!」

 一二.七糎砲は、翔鯨丸唯一の武装だが、ここには次弾、あるいはそれ以降の発車に備えて、数発の弾薬がある。これが爆発すれば、艦体内の弾薬庫の誘爆を招き、翔鯨丸は轟沈してしまうだろう。海上をゆく艦艇であれば、弾薬庫に注水すればよいが、翔鯨丸では、切り離してしまうより他は手がなく、また、それが可能なように設計さえていた。
 幸い、砲塔の投棄は間に合い轟沈は免れたが、それは同時に攻撃力を喪失したということである。

「大神さん! すいません!」
「かすみくん。無理はしなくていい。後退するんだ」

 翔鯨丸が戦場を離脱していく。
 それをツクヨミは、さも当然といった風に見送る。

「大神隊長。これが卿の言っていた勝機かね?」

 そう言うと、ツクヨミは花組に背を向けた。

「どこへ行く!」
「勾玉をもらいに行くのだよ」
「なに!?」
「もう、勝負はついているからな」

 その言葉通り、ツクヨミは悠然と歩み始めた。

「いかせはしない!」

 大神は彼の神武改にのみ装備された高機動装置を使い、ツクヨミの前に廻り込む。

「そこをどけ。なに、安心したまえ。君達はこの世界の人間の中でも特別だ。その才能と努力には敬意を表する。我が扶桑國が常世となった後は、重く取りたててつかわすぞ」

 ツクヨミは本気である。
 大禍と八十禍を失った彼は有能な人材を欲していた。そして、その当の二人を倒した相手を、後釜にも据えようというのである。
 憎しみや怨讐といった感情を越え、自らの国にとって最も益となろうことを実践しようとするその姿勢は別の場合であるならば、大神も賞賛したであろう。
 だが、軍人として、人間として、自らの愛するものを見捨て、自分達だけが生き残ろうなどという選択をするわけもなかった。

「そんな言葉に惑わされるものか! 俺の目の黒いうちには、決してここを通すわけにはいかない!」

 二刀を構え、堂々と立ちはだかる。そこに脅えや躊躇はない。

「若人よ、死に急ぐか……。仕方あるまい。排除するしかないな」

 ツクヨミは歩みを止めない。
 
「いくぞ! 狼虎滅却・天衣無縫!!」
「無駄だ! 我が技にて塵に帰れ! 碌闇滅撃覇!」

 技同士が激しくぶつかり合う。

「うちの力を見いや。いったれ! 四天王ロボ!」
「イリス・シュペール・エトワール!」
「いくぜ! 桐島流空手奥義・一拳励魂」
「クワッサリー・レボスカヤ」
「神崎風塵流・朱雀の舞」
「破邪剣征・千花乱撃!」

 次々と放たれる花組の必殺技。
 ツクヨミに対しては、“必殺”の威力をもたぬとはいえ、それなりの手応えが感じられる。
 しかし、ツクヨミは前進することをやめない。むしろ、花組を攻撃することは二の次にしているかのようだ。

「隊長。おかしいと思いませんか?」

 それに気づいたのはマリアである。

「先程まで、ツクヨミは我々の撃破を目標として行動をとっていました。しかし、今は、進むことが目標となっているように見えます」

 大神も同じ意見である。

「どう思う、マリア?」
「今までツクヨミやその側近達は一度足りとも、感情に走ったり、無意味な戦術行動をとったりすることはありませんでした」
「確かにそうだ。ならば、移動することで、己が有利になるということだな」
「はい」

 となれば、考えられるのは三つ。「自らが有利な位置に移動する」「敵を不利な位置へ誘導する」「戦場を離脱する」のいずれかだ。
 このうち、離脱はまず考えられない。

「敵が罠をはっている可能性も少ないな」
「ええ。私もそう思います」

 ツクヨミが向かっているのは御所の方向だ。近衛師団や帝撃の監視をかいくぐって仕掛をほどこしておくことなど不可能だ。

「ならば、ツクヨミ自身が優位を求めるための移動か」

 しかし、戦況を含めて、大した状況の変化があったとは思えないのに、なぜ、突然に戦術を転換したのか。変わったといえば、時間がたったくらいだが……

「大神さん、危ない!」
「え!?」

 考えることに集中しすぎた。
 ツクヨミの攻撃が自分に向かっているのに気づくのが遅れたのだ。

「ちぃっ!」

 手動で左足の高機動装置のみを全開にする。
 右足の高機動装置は固定されたままだから、真武は、それを軸にして急回転した。いわゆる信地旋回だ。
 この機動により、間一髪、直撃をかわすことはできた。しかし、至近弾でも、神武改の態勢を崩すには十分な威力である。

「くっ!」

 真武は仰向けに倒れた。
 このまま、第二撃を受けては逃げられない。

(起き上がるのにも時間がかかりすぎる!)

 そう判断した大神は、真武を転がるように回転させて、窪地へと滑り込ませた。
 案の定、直後に、さきほどまでいた場所にツクヨミの攻撃が着弾する。

「満月で助かった。そうでなくては、こんなに地形がはっきりとは見えないからな」

 真武を立ち上がらせる最中、外部受像機が捉えた月に大神は感謝した。
 その月も、戦いがはじまった時に比べれば、随分とおちてきている。戦闘が長期化しつつあるのだ。

「月……!?」

 “閃き”というものがある。
 通常、当てずっぽうとよばれるものに近く、それに頼って行動しては失敗するだけだ。
 しかし、人智を尽くし、死力を振り絞った時にだけ、真の“閃き”がえられることがある。理屈を考えるよりも早く正確な結論だけが見える時があるのだ。
 そして、今の大神が、まさにそれである。

「しまった、そういうことだったのか!!」




次へ進む


一つ前へ戻る
目次に戻る