太正帝と皇太子殿下の前を辞し、帝劇へと戻ってきた花組は、引き続き、地下司令室で会議をもっていた。
「三種の神器を守るといっても……」
大神は頭を抱えていた。
「三種の神器のうち、帝都にあるのは皇居収蔵の勾玉だけ。鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮か……」
守らなくてはいけない範囲が広すぎる。
しかも、それに追い討ちをかけるように米田の言葉が降ってきた。
「大神。今、熱田神宮にある剣は複製品だ。本物の剣は源平合戦の最後、壇の浦の合戦で、安徳天皇が入水した折に、行方不明になっている。つまり、瀬戸内海のどこかに沈んでるってことだ」
ますますもって頭が痛い。
「隊長、何をそんなに悩んでるんでぃ。みんな、帝都に集めちまえば、守るのも簡単だぜ」
「全く。これだから、この猿脳女は困りますわ!」
こんな場でも始まってしまうカンナとすみれの『いつもの』展開だ。
「移動中を狙われたら、イチコロじゃないの! ツクヨミとやらに対抗できるのは、わたくし達だけですのよ!」
「あん? んなの、あたい達で護衛すりゃいいだろう!」
すみれは鼻で笑った。
「アナタ、本っ当に馬鹿ね。猿以下だわ」
「あんだとぉ!?」
「いいですか。守らなくてはいけないものは3つ。そのうちの一つが欠けてもいけないのですよ。私たちが一つを護衛している間に、他のものが襲われたらどうするのですか? 神武を分散配置して守りきれる相手でもないのですからね!」
「う、そいつは、その……」
この勝負はすみれの勝ちだ。
だが、だからといって、事態が好転するわけでもない。
「設備や最重要防衛地点である皇居を考えると、帝撃の待機場所としてはこの銀座を動けない。しかし、同時に伊勢神宮や瀬戸内海のどちらに敵が現れても素早く展開できなくてはいけない……」
翔鯨丸では時間がかかりすぎるし、轟雷号の路線は帝都内だけだ。
「紅蘭。なにか、いいモノはないか?」
「そない言わはったって……」
紅蘭も頭を抱える。
いくら彼女とて、そうそう都合よく発明品が出てくるわけもないか、と大神が肩をおとしかけた時だ。紅蘭はポツリと呟いた。
「蒼空……なら……」
大神はそれを聞き逃さなかった。
「ソウクウ? なんだい、それは?」
「え、いや、その、なんや」
どうもはっきりしない。
だが、まっすぐに見つめる大神の視線に耐え切れなくなったのか、少しづつ語り始めた。
「……蒼い空と書いて、蒼空ということですねん。神武専用高速輸送用航空機や」
「高速輸送機だって?」
「ええ。神武を収納し、霊子パルスジェットで飛行します」
その性能はギリギリではあるが、帝都待機を可能にするものだった。
花組一同もその表情に喜色を浮かべる。
だが、大神は、まだ厳しい表情のまま、紅蘭に問うた。
「それで、紅蘭。何が問題なんだ?」
「えっ」
「いつも発明品となれば、聞かなくったって自慢してくれる紅蘭が、そんな態度なんだ。問題があると考えるのは当然じゃないか」
紅蘭は、かなわない、といった感じで肩をすくめて見せた。
「さすがやな、大神はん」
紅蘭は、立ち上がり、蒸気演算機を操作しはじめた。
すぐに、一つの図面が、大画面にあらわれた
「これは、蒼空の推進機構の概念図や」
といわれても、よくわからない。
「蒼空の推進方法は、さっきも言ったように、霊子パルスジェット。これは、霊子同士を衝突させた時に発生する爆発力を利用してるんや。つまり、連続的に爆発を発生させ、それを後方に吹き出させているっちゅうことなんや。そのためには、霊子同士を高速で衝突させ続けなくてはあかん」
「つまり、飛行中、搭乗者は常に霊力を発揮してなくてはならないということか」
「そや」
これは、戦闘開始以前に、相当の霊力を消耗してしまうことを意味している。
「それに、霊子加速機を独自に搭載することは難しかったさかい、神武の霊子機関を機体に直結する設計になってるんや。その分、神武に負担をかけて、連続運用時間は短くなってまう」
話を総合するに、紅蘭としては、あくまで実験機という位置づけであり、実用化には不安を感じているというところである。
だが、大神は決意を固めた。
「米田長官」
呼びかけられた米田は、大神と視線を合わすとしっかりと頷いた。
それを確認した大神は再び視線を紅蘭に戻す。
「よし、蒼空を実戦投入する」
「大神はん! でも……」
それでも、紅蘭は自信がないと言いたげだ。
「紅蘭。俺は、君の発明品を幾つも見てきた。だから、決断したんだ。君のつくったものならば、例え、実験用や試作であろうとも信頼できるとね」
「大神はん……」
思わず紅蘭の目がうるむ。
だが、大神はオチをつけるのを忘れなかった。
「爆発さえしなけりゃ、っていう条件つきだけどね」
一同から思わず笑いがこぼれた。
考えてみれば、ツクヨミの出現以来、はじめての笑みである。
少しでも場をほぐそうとする大神の試みは成功したようだ。
「でも、大神さん」
一段落したところで、さくらが口を開く。
「神武はどうするんですか? このまま神武を修理しても、ツクヨミには……」
だが、ここでも大神は決断を下していた。
「米田長官。Q……いえ、風組の弓隊長に通信をお願いします」
「わかった」
すぐに花やしき支部のQが通信画面に現れた。
「どうしたのかね、大神隊長」
「弓隊長。例の……倉庫で見た、あの装備はどうなりましたか?」
弓の目が光って見えたのは気のせいではあるまい。
「更に改良を加えてあるよ。いつでもいける」
「では、お願いします」
「そうか。使うか」
「どのくらいでいけますか?」
「すぐにやらす」
「頼みます」
この極端に主語の省略されたやり取りを理解できたのは、事情を知っている紅蘭だけである。
「いけまへんで! 大神さん! あの時にも言いましたやろ。神武のバランスを崩してしまうと!」
そう。大神は、花やしき支部で開発中だった神武用強化武装を採用しようというのである。
「紅蘭。確かに、神武の長所である汎用性は失われてしまう。でも、今は全てに対処できる兵器よりも、ツクヨミに一点だけでもいいから対抗できる兵器が必要なんだ」
「……でも、操縦は難しくなってまうで」
「それは、俺達が努力することだよ。それに、これ以外の手段があるかい?」
最後の言葉は、米田も含めた全員に発せられたものだったが、答えを返せる者はいなかった。
「ならば、そういうことだ。みんな、頼むぞ!」
会議前よりも、やや好転した雰囲気で会議は終了する。
米田は、大神の軍事的な能力がすでに自分に匹敵しようとしているのを感じていた。もはや“知識”以外に口を出す必要もない。
おそらく、大神は米田以上の軍事的才能をもっているのだろう。
(しかし、指揮官として必要とされる、もう一つの重要な能力がある)
それは統率力だ。
その点においても「名人」とうたわれた米田からすれば、大神はまだまだ若い。
「大神!」
米田は、他の隊員とともに退出しようとした大神を呼び止めた。
「お前さん。マリアのこと、気づいているか?」
「は?」
案の定だ。
「大神よ。御前会議でも、今の会議でも、マリアが一回でも発言したか?」
「あっ……!」
今まで、このような場合、必ず彼女は積極的に発言していた。
それは、花組副隊長格としての立場としてだけでなく、革命軍としての戦闘の経験がある思慮深い軍人としての貴重な意見だったのである。
「いいか、大神。お前は参謀じゃねぇ。指揮官だ。作戦をたてりゃぁいいってもんじゃねーんだぞ」
「申し訳ありません」
「よし、やるべきことをやってこい!」
「はい!」