第8話「二つの正義」(その2)

 太正帝と皇太子殿下の前を辞し、帝劇へと戻ってきた花組は、引き続き、地下司令室で会議をもっていた。

「三種の神器を守るといっても……」

 大神は頭を抱えていた。

「三種の神器のうち、帝都にあるのは皇居収蔵の勾玉だけ。鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮か……」

 守らなくてはいけない範囲が広すぎる。
 しかも、それに追い討ちをかけるように米田の言葉が降ってきた。

「大神。今、熱田神宮にある剣は複製品だ。本物の剣は源平合戦の最後、壇の浦の合戦で、安徳天皇が入水した折に、行方不明になっている。つまり、瀬戸内海のどこかに沈んでるってことだ」

 ますますもって頭が痛い。

「隊長、何をそんなに悩んでるんでぃ。みんな、帝都に集めちまえば、守るのも簡単だぜ」
「全く。これだから、この猿脳女は困りますわ!」

 こんな場でも始まってしまうカンナとすみれの『いつもの』展開だ。

「移動中を狙われたら、イチコロじゃないの! ツクヨミとやらに対抗できるのは、わたくし達だけですのよ!」
「あん? んなの、あたい達で護衛すりゃいいだろう!」

 すみれは鼻で笑った。

「アナタ、本っ当に馬鹿ね。猿以下だわ」
「あんだとぉ!?」
「いいですか。守らなくてはいけないものは3つ。そのうちの一つが欠けてもいけないのですよ。私たちが一つを護衛している間に、他のものが襲われたらどうするのですか? 神武を分散配置して守りきれる相手でもないのですからね!」
「う、そいつは、その……」

 この勝負はすみれの勝ちだ。
 だが、だからといって、事態が好転するわけでもない。

「設備や最重要防衛地点である皇居を考えると、帝撃の待機場所としてはこの銀座を動けない。しかし、同時に伊勢神宮や瀬戸内海のどちらに敵が現れても素早く展開できなくてはいけない……」

 翔鯨丸では時間がかかりすぎるし、轟雷号の路線は帝都内だけだ。

「紅蘭。なにか、いいモノはないか?」
「そない言わはったって……」

 紅蘭も頭を抱える。
 いくら彼女とて、そうそう都合よく発明品が出てくるわけもないか、と大神が肩をおとしかけた時だ。紅蘭はポツリと呟いた。

「蒼空……なら……」

 大神はそれを聞き逃さなかった。

「ソウクウ? なんだい、それは?」
「え、いや、その、なんや」

 どうもはっきりしない。
 だが、まっすぐに見つめる大神の視線に耐え切れなくなったのか、少しづつ語り始めた。

「……蒼い空と書いて、蒼空ということですねん。神武専用高速輸送用航空機や」
「高速輸送機だって?」
「ええ。神武を収納し、霊子パルスジェットで飛行します」

 その性能はギリギリではあるが、帝都待機を可能にするものだった。
 花組一同もその表情に喜色を浮かべる。
 だが、大神は、まだ厳しい表情のまま、紅蘭に問うた。

「それで、紅蘭。何が問題なんだ?」
「えっ」
「いつも発明品となれば、聞かなくったって自慢してくれる紅蘭が、そんな態度なんだ。問題があると考えるのは当然じゃないか」

 紅蘭は、かなわない、といった感じで肩をすくめて見せた。

「さすがやな、大神はん」

 紅蘭は、立ち上がり、蒸気演算機を操作しはじめた。
 すぐに、一つの図面が、大画面にあらわれた

「これは、蒼空の推進機構の概念図や」

 といわれても、よくわからない。

「蒼空の推進方法は、さっきも言ったように、霊子パルスジェット。これは、霊子同士を衝突させた時に発生する爆発力を利用してるんや。つまり、連続的に爆発を発生させ、それを後方に吹き出させているっちゅうことなんや。そのためには、霊子同士を高速で衝突させ続けなくてはあかん」
「つまり、飛行中、搭乗者は常に霊力を発揮してなくてはならないということか」
「そや」

 これは、戦闘開始以前に、相当の霊力を消耗してしまうことを意味している。

「それに、霊子加速機を独自に搭載することは難しかったさかい、神武の霊子機関を機体に直結する設計になってるんや。その分、神武に負担をかけて、連続運用時間は短くなってまう」

 話を総合するに、紅蘭としては、あくまで実験機という位置づけであり、実用化には不安を感じているというところである。
 だが、大神は決意を固めた。

「米田長官」

 呼びかけられた米田は、大神と視線を合わすとしっかりと頷いた。
 それを確認した大神は再び視線を紅蘭に戻す。

「よし、蒼空を実戦投入する」
「大神はん! でも……」

 それでも、紅蘭は自信がないと言いたげだ。

「紅蘭。俺は、君の発明品を幾つも見てきた。だから、決断したんだ。君のつくったものならば、例え、実験用や試作であろうとも信頼できるとね」
「大神はん……」

 思わず紅蘭の目がうるむ。
 だが、大神はオチをつけるのを忘れなかった。

「爆発さえしなけりゃ、っていう条件つきだけどね」

 一同から思わず笑いがこぼれた。
 考えてみれば、ツクヨミの出現以来、はじめての笑みである。
 少しでも場をほぐそうとする大神の試みは成功したようだ。

「でも、大神さん」

 一段落したところで、さくらが口を開く。

「神武はどうするんですか? このまま神武を修理しても、ツクヨミには……」

 だが、ここでも大神は決断を下していた。

「米田長官。Q……いえ、風組の弓隊長に通信をお願いします」
「わかった」

 すぐに花やしき支部のQが通信画面に現れた。

「どうしたのかね、大神隊長」
「弓隊長。例の……倉庫で見た、あの装備はどうなりましたか?」

 弓の目が光って見えたのは気のせいではあるまい。

「更に改良を加えてあるよ。いつでもいける」
「では、お願いします」
「そうか。使うか」
「どのくらいでいけますか?」
「すぐにやらす」
「頼みます」

 この極端に主語の省略されたやり取りを理解できたのは、事情を知っている紅蘭だけである。

「いけまへんで! 大神さん! あの時にも言いましたやろ。神武のバランスを崩してしまうと!」

 そう。大神は、花やしき支部で開発中だった神武用強化武装を採用しようというのである。

「紅蘭。確かに、神武の長所である汎用性は失われてしまう。でも、今は全てに対処できる兵器よりも、ツクヨミに一点だけでもいいから対抗できる兵器が必要なんだ」
「……でも、操縦は難しくなってまうで」
「それは、俺達が努力することだよ。それに、これ以外の手段があるかい?」

 最後の言葉は、米田も含めた全員に発せられたものだったが、答えを返せる者はいなかった。

「ならば、そういうことだ。みんな、頼むぞ!」

 会議前よりも、やや好転した雰囲気で会議は終了する。
 米田は、大神の軍事的な能力がすでに自分に匹敵しようとしているのを感じていた。もはや“知識”以外に口を出す必要もない。
 おそらく、大神は米田以上の軍事的才能をもっているのだろう。

(しかし、指揮官として必要とされる、もう一つの重要な能力がある)

 それは統率力だ。
 その点においても「名人」とうたわれた米田からすれば、大神はまだまだ若い。

「大神!」

 米田は、他の隊員とともに退出しようとした大神を呼び止めた。

「お前さん。マリアのこと、気づいているか?」
「は?」

 案の定だ。

「大神よ。御前会議でも、今の会議でも、マリアが一回でも発言したか?」
「あっ……!」

 今まで、このような場合、必ず彼女は積極的に発言していた。
 それは、花組副隊長格としての立場としてだけでなく、革命軍としての戦闘の経験がある思慮深い軍人としての貴重な意見だったのである。

「いいか、大神。お前は参謀じゃねぇ。指揮官だ。作戦をたてりゃぁいいってもんじゃねーんだぞ」
「申し訳ありません」
「よし、やるべきことをやってこい!」
「はい!」



「マリア。ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな」
「どうぞ」

 マリアを捕まえた大神は、早速、地図を広げた。

「これが予想される戦場なんだけど、どういう戦術行動をとったらいいかということなんだ」

 マリアも地図に目をおとした。
 だが、ただ見ているだけで、積極的な反応がかえってこない。
 きっかけを作ろうと思い、自分の作戦計画を説明する。

「それで、よろしいのではありませんか」

 しかし、マリアの発言はこれだけだった。
 なおも、大神はマリアの意見を求めたが、どうにもうまくいかない。

(これは根が深そうだな)

 そう感じた大神は、ここでは、これ以上の追求を止めた。

「ありがとうマリア。また、意見を聞かせてくれ」
「いえ。私なんかでよければ、いつでも」

 なんとなく、上の空である。
 これは、かなり根が深そうだ。
 大神が前途の多難さに嘆息したその時。

「大神さん」

 突然の背後から呼びかけられた。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 思わず叫ぶながら、振り向くと、そこにはさくらがいた。

「な、なんだ。さくらくんか……」
「もう! 人をお化けかなんかだと思ってんですか? それとも、何か人に見られてまずいことでもあるんですか!」

 別にまずいことはないのだが、マリアと二人きりのところを見られるのには、他の花組メンバーとのそれよりも、どうしても抵抗がある。
 マリア自身がどう思っているかはわからないが、大神としては、あの事がどうしても意識の中にあるからだ。
 ともあれ、ここで、さくらのご機嫌を損ねれば、ただでさえ精神的に重荷の多い大神にとって、致命的な打撃となる。

「いや、そんなことはないよ」
「へー、どうだか」

 さくらの視線が冷たい。
 ここは、真実一路にいくしかない。

「実は、マリアが何だか元気がないようなんで、その原因を突き止めようと思ったんだ」
「そうえいば、マリアさんの様子、少し変ですね……」

 さくらも頷く。

「さくらくん。何か心当たりはないかい?」
「いえ、特には……それに、私よりも、カンナさんの方が詳しいんじゃないですか?」
「それもそうだな。よし、行ってみよう」

 二人は、早速、カンナを探しに食堂に向った。
 案の定、彼女はそこでメシを食べている。

「よっ、隊長にさくら。悪いな。二人の分はつくってないぜ」
「いや、食事しにきたわけじゃないんだ」

 二人はカンナの前に座る。

「おっと、こいつぁ、失礼。なんせ、あたいは頭を使うと腹減っちまうもんでな。みーんな、そうかと思っちまったよ」

 話しながらも、カンナは丼飯をかきこんでいる。例によって琉球料理をベースにカンナが独自の改良を加えた代物らしい。

「カンナ。そのままでいいからちょっと教えてくれないか」
「ん? なんでぇ?」
「マリアのことなんだ。彼女、ちょっと様子がおかしいというか、元気がないうように見えないか?」

 ここで初めて、カンナの箸をもつ手が止まった。

「確かにそうだな」

 やはり、カンナも気づいていたようだ。

「それで、なにかカンナが知っていないかと思ってね」
「うーん……」

 カンナは腕組みして天井を見上げる。

「あたいにも心あたりはないなぁ」
「そうか……」

 落胆する大神。
 しかし、カンナはこう付け加えた。

「大体、マリアがあんな風になるのは、昔のことが絡んでることが多いんだぜ」
「昔のこと?」
「ああ。俺達に出会うよりも前のことだよ」
「そうか……」

 それは、おそらく、ロシアでの戦いのことをさしているに違いない。

「ありがとう、カンナ」
「いや、てーして役にもたたねーで、すまねぇな、隊長」
「いや、糸口は見えたよ」

 立ち上がった大神は、そのまま階段を上り、二階の書庫へと直行した。そして、しきりに本棚を検索する。

「何を探しているんですか、大神さん」
「ん? これだよ」

 彼が引っ張り出してきたのは、埃をかぶった分厚い本だった。

「なんです、それ?」
「ロシア革命について書かれた本だよ。ちょっと復習しておこうと思ってね。さくらくんは、この革命のこと知ってるかい?」
「いえ」
「そうか、それじゃあ、かいつまんで説明してあげるよ」

 大神は本を読みながら、さくらに解説をはじめた。

「一般にロシア革命と呼ばれるのは、一九一七年におきた革命のことを指すんだ。当時、ロシアは帝政による階級社会であり、貧富の差が非常にはげしかった。参戦していた第一次大戦も長期化し、社会不安も広がっていたんだ」
「へぇ〜」
「それがもとで、革命の気運が盛り上がっていくわけだ」

 このあたりは、先行した幾つかの革命――フランス革命や、清教徒革命など――と対してかわりがない。しかし、この革命を他のそれと大きく区別することがあった。

「ここで登場するのが、共産主義だ。マルクスとエンゲルスを祖とするこの経済思想を、ロシア革命の指導者のレーニンが完成させ、革命思想としたんだ。そして、この思想により、革命後のロシア……いや、ソビエト連邦は、帝政を排し、共産党指導による国家をつくりあげた」

 大神は、海軍士官学校(正確には海軍兵学校)時代に“敵”の研究としてロシアの事を学んでいたから、立て板に水のように解説できる。

「もちろん、この革命前後には、内戦が勃発している。マリアが参加してたのは革命軍。当時は赤軍とよばれていたんだ」
「でも変ですね」

 ここで、さくらが疑問を口にする。

「勝った革命軍にいて、しかも、有名になるくらい凄かったのに、なんでロシアから出ていっちゃったんでしょう?」
「うーん。本当のところはマリアに聞いてみないとわからないけれども、有名になりすぎたんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「革命により新たに権力を握ったものにとっては、自分の派閥に属しておらず声望のあるものは邪魔なんだよ。まして、マリアはあの通り、不正や曲ったことの許せない性格だからね。反対勢力の頭目にでもおさまられたらたまらないってことさ」
「そんな……!」

 さくらは信じられないといった風だ。
 だが、この大神の推測は正しい。
 だから、彼女は、共産主義からすれば正反対にあるアメリカへと渡ったのだ。

「さくらくん。さくらくんがマリアの立場だったなら、どう行動するかな?」
「えっ?」
「相手の立場にたってモノを考えるってのは、基本なんだけど、マリアは女性だからね。俺よりもさくらくんの方が、立場を理解しやすいかとも思ったんだよ」
「そう言われても……できるだけは、やってみますけど」

 さくらは考え込むが、性格的にはかけ離れているマリアの思考を模索しようとしても、さすがに難しい。
 結論がでないまま、時間は刻々と流れていく。

「あら。お二人とも、こんな夜更けにデートでもしてらっしゃるの?」

 すみれに声をかけられて、ふと気づくと、もう11時を回っていた。

「マリアの様子がどうして変なのかという事を考えていたんだけど、すみれくんは何か知らないかい?」
「いいえ。私は何も」

 すみれはかぶりをふった。

「でも、それよりも中尉。いくら心配事があるといっても、もうお休みになられないと体に毒ですわよ」
「ああ、確かにそうだね」

 いつもなら、大神が言って回っていることだ。
 自分で思っている以上に余裕を失っているらしい。

「さあ、さくらさんも早くおやすみなさい」

 これは、すみれくんに一本とられたな……
 と思いつつも、よく考えて見れば、こんな時間まで起きているのは、すみれも一緒だ。
 やはり、彼女も寝付くことができないのだろう。

(くそ、俺は花組の隊長だ。隊員のことを把握していないで、どうする!)

 こんな時、かつて助けてくれた女性がいた。

(あやめさん……)

 頼りになる副司令であり、最強の降魔であり、慈愛なる天使長であった彼女。
 知識はあっても経験の浅い大神をどんなに助けてくれたことか。
 自室に戻った大神が窓から空を見上げれば、満天の星空だ。

「あそこに、あなたはいるのですね……」

 あやめを愛していたのか、と問われたら、大神は否とこたえるだろう。愛する女性は他にいる。
 だが、彼にとって、あやめが重要な存在であったことはかわりない。思慕していたといえば、最も正しい表現になろうか。

「このまま、ツクヨミにやられて死んじまったら、あの世で顔向けできないもんな」

 そう呟いて、すぐに大神はある事に気づき、自嘲気味の笑いを浮かべた。

「いや。会えるわけないな。これだけ多くの命を奪ってきた俺だ。行き先は地獄に決まっているからな」




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