第7話「愛と戦いの天覧舞台」(その3)


帝國華撃團・花組
太正一四年一二月度 公演

ロミヲトジュリエット


〜全世界ガ涙ニ暮レタ愛ノ悲劇ガ今鮮ヤカニ蘇ル〜

出 演
ジュリエット…… 真宮寺さくら
ロミヲ…… 大神一郎(新人)
マキューシオ…… マリア・タチバナ
ティボルト…… 桐島カンナ
神父…… 李紅蘭
キャピュレット夫人…… 神崎すみれ
アイリエッタ…… アイリス

「うーん。なんか、こんな風に出てしまうと恥ずかしいなぁ」

 刷り上がったばかりの宣伝ポスターを見ながら、大神は頭を掻いた。

「アイリス、一番最後になってるぅ。お兄ちゃんの横がよかったのにぃ」

 ジュリエットの妹役(原作での乳母の役回りとなる)で出演するアイリスは不満そうだ。原作での乳ジュリエットの母の役回りにあたるから、重要な役だが、ロミオの隣に名前を出るのにはいささか無理があるだろう。

「さあ、みんな。もう公演まで時間がないわよ。頑張って練習しましょう」

 マリアの一言で、休憩は終わった。
 いくら帝撃・花組隊長の大神といっても、演劇には素人。帝劇・花組のリーダーが間違いなくマリアだ。

「それじゃあ、休憩前からの続きをするわよ。隊長、さくら、準備をして」

 場面はあまりにも有名な、バルコニーでのロミオとジュリエットの会話である。

「おお、ロミオ。ロミオ。どうしてあなたはロミオなの」

 さくらの声が舞台に響く。
 演劇史上、最も有名なシーンの一つといってもいいだろう。

「ロミオ様。そのお名前をお捨てになって。そして、その失われた名前の代りに、私の全てを差し上げます」
「お言葉通り頂戴しましょう。ただ一言。僕を愛しているとお告げ下さい。すれば、生まれ変わったも同様。今日からは、絶えてロミオではなくなりましょう」

 順調に進行しているかのように見えるが、それは表面上だけだ。いわば“流れ”といえるものがうまくない。どうしても、端から見ていると劇に入り込めない、ひっかかる所を感じるのだ。

「だれの導きで、ここがおわかりにな……」
「恋の手引きです」

 ここで、マリアが手を叩いて練習を中止させた。

「駄目駄目。隊長、まださくらが台詞を言いおわってないです」
「そ、そうか」

 何度も練習しているのだが、どうしてもさくらとの息が合わない。

「しょうがないですね。先に他の場面をやりましょう」

 今度は、マリア、カンナ、大神の三人の場面だ。
 原作でいえば、第三幕第一場。
 ティボルト(カンナ)とマキューシオ(マリア)のいさかいをロミオはとめようとするが、そのロミオの身体でマキューシオの死角になった部分からティボルトの剣がのび、マキューシオは致命傷を負い、絶命するとことである。

「マキューシオ! おい、元気を出せ。傷は浅いぞ!」
「ロミオ。自分の身体は自分が一番良く分かる。当たりは十分。もう、この世とはお別れのようだ」
「マキューシオ……」
「それにていも、なぜ、貴様も止めになど入った! ティボルトの剣などとるにたらんものを、貴様の腕の下から突かれては避けようもないではないか」
「済まない……」
「……いいさ。そのやさしさが貴様のいいところだよ」

 マキューシオ(マリア)は力なく、しかし、優しく微笑んだ。
 そして、次の瞬間、体中から力が抜ける。

「マキューシオォォ!」

 ロミオ(大神)は、息絶えた親友の身体を抱きしめる。
 そして、そのまま抱きかかえて力強く大地に立った。

「最も愛すべき親友は、僕の為に致命傷を負い、僕の腕の中で死んでしまった。貴族たる僕の名誉にかけて、ティボルトは許しておくわけにいかない!」

 朗々たる台詞が劇上に響き渡る。

「ほぉー。大神はんもなかなかやるもんやねぇ」

 紅蘭ならずとも嘆息するだろう。大神とマリアの息はぴったりだ。

「確かに素晴らしいですが……なーんか、おもしろくありませんわ」

 二人は親友同士というよりも、恋人同士といった感じだ。
 マキューシオ(マリア)を抱き上げるロミオ(大神)は、そのまま接吻をしかねない雰囲気である。

「はい。そこまでですわ」

 マリアが練習中なので、代理として場を仕切っている、すみれの声で演技は終わった。
 大神はゆっくりといたわるようにマリアを床に降ろす。
 心なしか、マリアの顔も上気しているように見えた。

「さすがです、隊長。素晴らしい演技でしたわ」
「マリアのリードのおかげだよ」

 なにかほんわかとしている。
 しかし、そのほんわか度と比例して、まわりからの視線が厳しくなっている。

「マリアさん! もう場面は終わりましたよ!」

 さくらは猛然と二人の間に割って入った

「さあ、大神さん。練習しますよ!」
「あ、ああ」

 強引にさくらは、大神との練習を再開した。
 しかし、今回も息が合わない。

「もう!」

 さくらが苛立つ。

「さくら。冷静になりなさい。そんなことでは……」

 マリアは最後まで続けることができなかった。
 さくらの向けた鋭い視線は、彼女をも怯ませるほどのものだったからだ。
 そして、さくらは、やおら大神に顔を向けた。

「大神さん。どうして、マリアさんとはうまくできて、私とだと失敗するんですか!」
「いや、どうしてっていわれても……」
「はっきりして下さい!」

 詰め寄るさくらだが、大神は口を濁すだけだ。
 それでも、なおもさくらは詰問していたが、ついには、切れた。

「もう、大神さんなんて知らない! 大神さんの馬鹿ぁ!」

 泣きながら、さくらは走り去っていく。

「あ、さくらくん!」
「さくら!」

 追おうとする大神とマリアだったが、それをおしとどめる手がある。

「すみれくん……」
「中尉。ここは、私に任せて下さりませんこと?」

「グスッ……ヒック……グスッ……大神さんの馬鹿……」

 すみれがさくらを見つけたのは、帝劇の屋上であった。

「こんなところにいらしたの、さくらさん」

 はっ、として顔をあげたさくらは、慌てて涙を拭く。

「なにしにきたんですか! すみれさん!」
「あら、なにしにとはご挨拶な。あなたを連れ戻しにきてさしあげましたのよ」

 いつも通りのすみれの様子に、さくらはますますあつくなる。

「ほっといてください!」
「そうはいかないわ。練習中ですもの」
「なんといおうと駄目です!」

 いつものすみれなら、ここで語気を荒げ、喧嘩になっていただろう。
 しかし、この時の彼女は違った。
 普段と同じような調子で、さくらに問いかけたのである。

「まったく。なにをそんなに怒ってらっしゃるの?」
「………」

 だが、さくらは答えない。
 困ったものね、という呆れたような表情をしてから、すみれは話を続けた。

「いいわ。なら、当ててあげましょう。中尉とマリアさんのことでしょう?」
「……」

 さくらは相変わらず無言だが、その表情は図星であることを告げていた。

「確かに帰った直後の、マリアさんと中尉の雰囲気はあやしかったですわね」
「どうして、すみれさんが知ってるんですか?」

 あの場には、マリアと大神の他は、自分しかいなかった筈だ。

「おーっほっほっ。この神崎すみれを甘くみてもらっては困りますわ」

 いつものように高笑いしながらも、しかし、次の瞬間には真面目な口調に戻る。

「さくらさん。あなた、中尉のこと、どう思ってらっしゃるの?」
「え、ど、どうって……」

 正面から切り込まれて口篭もる。

「いいですか。列車で旅立ったあなたを引き戻したのは誰でしたか?」
「それは……大神さんです」
「でしょう。あの時、貴方は何故、帝撃に戻ってきたのですか? 中尉を信じたからでしょう? なら、今も何故、中尉を信じようとしないのですか?」
「だって、今度ばかりは……」

 なおも反論しようとするさくらを、すみれの怒声が襲った。

「おだまりになって! 一度は私に中尉をあきらめさせ、また、先の決戦においても、中尉とあれだけの力を発揮した、この神崎すみれの宿命のライバル、真宮寺さくらは、いったいどこにいったんですの?」
「すみれさん……」

 我ながら損な役回りだと、すみれは思う。
 このまま放っておけば、さくらは勝手に自滅してくれるかもしれない。ただでさえ、さくらにはアドバンテージがあるのだ。ここで、さくらを立ち直らせては、すみれが大神の愛を獲得することは困難となろう。
 だが、しかし、すみれは不戦勝など望んでいなかった。
 正々堂々、正面から勝負して、勝つ。
 それが、神崎財閥の一人娘として帝王学(女帝学とでもいうべきか?)を叩き込まれた、すみれの信念であった。

「ほら、中尉もお見えになってますわよ」

 すみれが言う通りだった。
 結局、さくらのことが心配で、大神は彼女を探しにきていたのだ。
 隠れていたつもりだったが、あっさりと見つかっては立つ瀬がない。
 大神は照れ隠しに鼻の頭をかきながら登場した。

「はは、まいったな……」

 それと入れ違いにすみれは、身を翻す。

「中尉。あとは任せましたよ」
「え、あ、おい!」

 すみれは大神に引き止める暇もなく、その場を去った。
 残されたのは大神とさくらの二人。
 大神はしばらく、すみれが去った方をみつめていたが、間がもたなくなって、さくらに向き直した。

「さくらくん……」
「大神さん……」

 二人の視線が交錯する。
 やがて、意を決して、大神が口を開いた。

「さくらくん。すまない。俺はマリアと……」

 だが、さくらは、人差し指を大神の唇に押し付けるようにして、言葉を遮った。

「いいわけはいいです」

 やばい、怒っている!
 大神は覚悟を決めたが、続くさくらの言葉は、彼の予想を完全に裏切った。

「例え、マリアさんと逢瀬を重ねたとしても、私は、私を抱きしめてくれた大神さんを信じます。だって、大神さんは、いつも私達のことを信じていてくれているのだから」
「さくらくん……!」

 十二月に入り、公演を始めると同時に、「ロミヲトジュリエット」は大評判になった。
 以下は、帝都日日新聞に掲載された劇評である。

帝都日日新聞 太正一四年 一二月一〇日 娯楽評談
帝國歌劇團 花組 十二月度公演 『ロミヲトジュエリット』

 毎回、素晴しき公演を行なふ帝劇・花組であるが、今回は些か不安を持ちて観劇せり。その理由はと問われれば、ロミヲ役を演ずる大神一郎なる新人の為なり。
 以前、配役上の都合から、劇場支配人が端役として登場せしむも、主役として男優を用いたるは前代未聞なり。
 しかるに、大神なる人物の素性を調ぶれば、帝劇の入場モギリと判明したり。
 これでは、到底、期待できぬと思ひつつ、劇場に足を運んだ次第。
 しかし、公演の内容は、当方の期待を裏切る、素晴らしひ出来であった。
 新人・大神一郎の演技も新人離れしており、特にジュリエット役である真宮寺さくらとは息もピタリと合った名演技を見せてくれた。
 帝劇・花組にまた一つ十八番が加わったと言えるであらう。



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