第7話「愛と戦いの天覧舞台」(その2)
翌朝8時25分。
定刻5分前の海軍の慣習に従って、大神が地下指令室へ顔をだすと、そこには多くの先客がいた。
花組メンバーは言うに及ばず、風組の弓慶一郎隊長や瀧下良子神武整備班長もいれば、夢組や月組も隊長以下の幹部がいた。
「おっ。みんな早いな」
そして、雪組のハインリヒ・フォン・マイヤー隊長と副隊長格の三田良子も登場した。
「マイヤー隊長。これは一体?」
昨日はさくらがあの調子だったから、何も聞いていない。大神はこの騒動が何事か理解できずにいた。
「うむ。俺にもよくわからない。なにせ、急な招集だったしな。だが、これだけのメンバーだ。なにかあるんだろう」
などといっていると、軍服姿の米田大将があらわれた。
全員が起立し、米田を迎える。
「あー。みんなに集まってもらったのは他でもない」
米田が話を始める。いつになく緊張した面持ちだ。
「昨日、宮内省から、内々の話があった。天皇陛下が、帝劇にこられるということになった」
一同がざわめく。
この時代、天皇は絶対的な権威者(権力者にあらず)であった。それは、江戸末期の植民地となることを脅えていた日本が、わずか50年で、ロシアをも破り、列強と呼ばれる当時の“国際社会”を構成する一員にまでのし上がった奇跡の象徴だったからである。
もちろん、その時代は先代の明冶帝の頃であったが、太正帝はそのカリスマを引き継いでいた。
なぜなら、天皇に対する崇敬の念は、政治指導者による教育や押し付けで生まれたものではなく、国民感情の自然な盛り上がりの中から生まれたものだったからだ。
「表向きは、花組の公演を天覧されることになっている。しかし、本当の目的は、数度に渡り帝都を護ってきた我々に親しく接せられることだ」
これは日露戦争で大勝利を収めた陸海軍首脳部と同じような栄誉が与えられるということだ。
「それで、もちろん、そのための準備をせねばならない。特に各種機材の整備や警備態勢の見直し、陛下の御場所をどうするか……。細かい指示は追って行なうが、各自、そのつもりで心構えてほしい」
なおも続く米田の言葉に、みなはいささか興奮気味だ。
それは、一通りの説明が済んで、解散が告げられた後も、なかなか、この場から立ち去ろうとせずにいることでもわかる。
無論、大神とて例外ではない。
(よもや、陛下の御尊顔を身近で見られる日がこようとは……)
大神は明冶も末の生まれ。明冶維新はおろか、日清、日露も遠い過去の話だ。だが、それだからこそ、思い入れが強いともいえる。ましてや、海軍軍人を志した男だなのだから。
「さて、花組の諸君」
ようやく、他のメンバーが去った指令室で、米田が新たな説明を始める。
「真の目的でないとはいえ、天覧舞台だ。帝國全土が注目するといっていい。ここは一つ、最高のものをみせにゃぁなんめぇ」
一同もうなづく。“帝國歌劇團”としては、一世一代の晴れ舞台だ。天覧であることのみならず、マスコミの注目も集まるのだ。
「それで、予定していた演目を変更する」
次回公演予定は、笑劇『超恐竜島』であったが、さすがに、笑劇では問題があるだろう。
「でだ。演目そのものはおめー達で決め直してもらうとして、一つ条件がある」
「条件ですか?」
マリアがいぶかしげに問う。
「そうだ。大神を舞台にあげるのが条件だ」
その言葉に、一同は驚きの声をあげる。
もちろん、もっとも声が高かったのは、大神本人だ。
「よ、米田大将! いったい、どういう!?」
だが、米田はおちついて答える。
「いいか。陛下は舞台を天覧にこられるんだ。モギリに声をかけるわけにもいくまい?」
もっともである。
「いいか。大神をいれた舞台で、今日中に演目を決めてくれよ!」
☆
花組に帝劇三人娘を加えた面々は、サロンに集っていた。
演目をどうするか、それを話し合っているのだ。
「うーん。どうしたもんかなぁ」
その中で、大神は途方にくれていた。
大神が舞台にあがった経験といえば、子供相手の特別公演『シンデレラ』の王子役だけだ。
それなのに、皆はすっかり大神を主役級にするつもりでいる。
「さあ、みんなそろそろ決めるわよ」
悩める大神とは関係なく、マリアが場をしきる。
「じゃあ、みんな。やりたい芝居を発表して」
やりたい演目を皆であげて、その中から選択しようというのだ。
「そうだなぁ。あたしゃ、鉄仮面がいいねぇ!」
「鉄仮面? ああ、三銃士の続編ね」
「そうさ。あたいがポルトスで、隊長はダルタニアン。マリアがアトスで、アラミスはさくらかな?」
いかにもカンナらしく、冒険活劇を選んできた。
「ほっほっほっほっほ。いかにも山猿がすきそうな、単純なお芝居ですわね」
「あんだと、すみれぇ!?」
「いいですか。恐れ多くも陛下がいらっしゃるのですよ。当然、日本の伝統文化を見せねばなりませんわ」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「源氏物語ですわ! 都に花開く、めくるめく愛の世界。私は紫の上として、光源氏の中尉との愛に生きるのですわ!」
「けっ。おめーがそんなにおとなしー柄かよ!」
「まー。なんて、言い草でしょう!」
毎度おなじみのカンナとすみれのいがみあいがはじまってしまった。
「中尉。中尉は、しょーもない鉄仮面と華麗で優雅な源氏物語とどうちらがいいと思われます?」
「え、いや、あの、その……そうだ。アイリスは何がいいのかな?」
大神は必死に逃げる。
もっとも、アイリスは思いもかけない大神からの指名に御満悦の様子だ。
「アイリスはねぇ。アルプスの少女・ハイジがいいなぁ! もちろん、ハイジはアイリスでぇ、ペーターがお兄ちゃんなの!」
「そ、それはちょっと無理があるんじゃないかな……」
「そうかな?」
苦笑するより他にない。
「紅蘭は、どうなんだい?」
「そやな。うちは、『つばさ』の日本版で、『青島のつばさ』っちゅーのを考えてるんや」
つばさは、花やしき支部から復帰後の紅蘭が初主演した舞台だ。
第一次大戦中のフランスの女流飛行士が主人公で、実物大の飛行機を舞台に出して、評判になった。
紅蘭は、それを同じく第一次大戦中の日本におきかようというのだ。
「配役は……そやな。うちが女飛行士で、憧れの飛行隊長が大神はんっていうところやな」
「でも、舞台装置は間に合うのかい?」
『つばさ』の舞台はかなり大掛かりなものだ。
「そこが問題なんや」
「うーん。いい案だけど、間に合わなかったら怖いからなぁ」
天覧舞台ということを考えると、躊躇せざるをえないところだ。
「じゃ、じゃあ、マリ、マリアはどうなんだい?」
やや不審にどもりながら、大神はマリアへと話し掛けた。
流れで、そうしたとはいえ、まだ、正面から彼女の顔を見ることはできない。
「そうですね……私はアンナ・カレイニナが……」
「え? よく聞こえなかったけど?」
「……いえ、なんでもありません」
マリアもあまり大神の顔見ようとしない。
この雰囲気が、さくらには、またまた面白くなかった。
昨日、反省したといえ、性格を変えられるのなら苦労しない。
ましてや、アンナ・カレイニナはロシア文学を代表する恋愛小説だ。いささか露骨といえよう。
「はい! 大神さん! 私もやりたいものがあります!」
さくらは珍しく、強く自己主張する。
「私、ロミオとジュリエットがいいです!」
これまたベタベタの恋愛劇できた。対抗意識丸出しである。
つまるところ、みんな、大神の取り合いをしているのだ。
これをまとめるのは一苦労である。
「うーん。じゃあ、みんなで投票で決めよう!」
もっとも、大神とて、意見が割れるだろうことは事前に予測できていた。いくら議論してもある意見に集約される事はないだろう。
そのために、第三者的立場の帝劇三人娘もこの場に呼んでいたのである。
「えー、それじゃあ、結果を発表する」
大神は手元の投票用紙を開いていく。
「ロミオとジュリエットが5票。他は、1票づつだね。よって、ロミオとジュリエットを演目とする」
一応の拍手。だが、ロミオとジュリエット以外の作品に投票した面々(=すみれ、カンナ、紅蘭、アイリス)は不満そうである。
「全く。見る目がない人間が多くて困りますわ!」
当然、すみれは、それを隠そうともしない。
「大体、なんで私以外の……あれ? 一票足りませんわね」
「え? 全部あるよ?」
「だって、ここには、10人いますわよ。なのに、9票しかないじゃありませんか」
花組隊員6名、三人娘、それに大神である。
「あ、俺は投票していなんだよ」
「なんですって?」
あっさりと言った大神に、猛然とすみれは反発した。
「中尉! なんで、投票を棄権なんてなさったのですか!」
「いや、別に棄権したわけじゃないよ。俺は中立の立場にいなkればと思って……」
「いいですこと、中尉。私は、例え自分の提案した演目に決まらなくても構わないのです。そう、ただ一票。中尉に投票していただければ、それでいいのです! まったく、中尉は乙女心というものをわかっていらっしゃらないわ!」
「ご…ごめん」
剣幕に押されて、思わず謝ってしまう。
しかし、それこそすみれの思うつぼ。
「あら。別にあやまってもらわなくてもいいんですよ。中尉が乙女心がわからないというのなら、私が手取り足取り教えてさし上げますわ」
そう言うと、すみれはしなをつくりながら、大神に擦り寄ってくる。
もちろん、さくらが黙っていない。
「何をしてるんですか、すみれさん!」
密着した二人の間に強引に手をねじ込み、割って入る。
「ま、乱暴ね」
「乱暴なのはすみれさんです。大神さんが嫌がってるじゃありませんか!」
「あら。失敬な。中尉がいやがってるなんてことあるわけございませんわ」
「すみれさんには目がついてないんですか? すぐにわかるじゃないですか!」
「なんですって!」
ここのところ、とみに激しさを増した感のあるさくらとすみれの戦いだ。これにカンナもいるのだから、大神も気苦労が絶えない。
「二人とも。いい加減になさい!」
マリアが一喝するが、さくらも引かない。
「あら。マリアさんにそんなことを言える資格ないんじゃないですか!」
そう口に出してから、さくらは慌てて手で口を押さえた。
しかし、遅かった。
マリアは二の句を接げず、他のメンバーも絶句している。
「ほ、ほら、みなさん。演目も決まった事だし、早速、準備にとりかからなくちゃ!」
数分はたっただろうか。
椿の言葉が、ようやく呪縛を解いた。
「よ、よし。じゃあ、みんな。いそ、急いで準備に取り掛かろう」
大神もなんとか場をまとめあげ、議事進行を続けた。
だが、その後のさくらとマリアの発言は極端に少なくなったのである。
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