第6話「悲しき神」(その3)

「大神さん!」

 戦闘中だというのに、さくらは神武を飛び降り、大神機に駆け寄った。
 大神機の左側面の装甲は腕ごと抉り取られ、大神の左腕が見えている。それは力なく垂れ下がっていた。
 さくらは、蓋を開けるのももどかしく、ハッチの強制開放杷手を引く。
 シリンダーの弁が開き、開放された蒸気が吹き出す。圧力から解放されたハッチは開こうとするが、衝撃で歪んだのだろう。半開きしかしない。それでもさくらは、その隙間に潜り込むようにして操縦席を覗きこんだ。

「!!」

 大神は額から血を流し、また、他からも出血しているらしい。白い戦闘服に朱の染めが広がっていく。

「大神さん! 大神さん!!」

 さくらは彼の身体を懸命に揺する。

「う……あ……さくらくん」

 大神はその目をあけた。だが、まだ朦朧としているのか、うつろな目である。それでも、彼はさくらに話しかける。

「無事だったようだね。さくらくん」
「私は平気です。それよりも、大神さん、早く撤退して手当をうけて下さい!」

 さくらは泣き出さんばかりだ。
 だが、ようやく意識がはっきりしてきた大神は、そんな言葉を無視して、神武の損傷状況を確認している。

「左側の損傷は激しいが、操縦系統は無事だな。左側機関は出力が3割低下しているが、左腕を失ったことで、低下分が補えるのは幸いか」

 計器や赤色灯を見つめながら大神は矢継ぎ早に判断を下す。

「よし。まだ戦える。さくらくん。離れろ。神武を再起動する!」
「そんな! 大神さん! わからないかもしれないですけど、大神さんは大怪我をしているんですよ!」
「わかってるよ。それぐらいは」

 大神は操縦席内の応急処置用品入から三角巾をとり、包帯代わりに頭に巻き付ける。

「でも、今は戦闘力を少しでも低下させるわけにはいかないんだ。ヒルコを倒すために!」

 だが、さくらは離れようとしない。

「どうして? どうしてそんなに頑張れるんですか!? 大神さんは迷わないんですか!?」

 さくらは大神の瞳を見つめる。

「さくらくん。ヒルコにも確かに同情すべき点はあるかも知れないし、守るものもあるのかもしれない。でも、それはもって他者に何かを強制するのは違う。それはただのわがままだ」
「それはわかります。でも、戦わなくても済む方法があるんじゃないんですか」

 大神は少し間をおいた。
 さくらの瞳は、相変わらず大神の瞳をまっすぐに見つめている。

「そうだね。俺は軍人だから、まず先に戦うことを考えてしまう。それじゃあ、世の中いつまでたっても戦いはなくならない。ヒルコとも戦わなくて済む方法があったのかもしれない」
「……」
「でも、もう遅い。今は、戦うしか解決方法はないんだ。それは最善の方法ではないかもしれないが、今、できうる限り、最良の方法なんだ」

 大神は断言した。

「わかってくれるかい?」

 さくらは顔を伏せるようにして視線を外した。

「………」

 そして、数秒の沈黙の後、顔をあげ、再び大神の瞳をまっすぐに見る。

「戦うことが全てでないと、大神さんがわかっていて、それでも戦うしかないというのなら、私、大神さんを信じます……だって、私の愛する人ですから……」
「さくらくん……」
「大神さん。いきましょう! 大神さんは私が守りますから!」

 そう言い残すと、さくらは自分の機体へ戻っていく。

(やれやれ、守ってくれるとは。いつもと逆だな)

 苦笑いを浮かべながら、大神は、杷手をひねる。軋みながらも、ハッチが閉じ、固定された。といっても、装甲板が回復するわけではないから、大神が左に首を捻れば、外を直接見ることができた。ここに攻撃を受ければ、直接、大神の身体がダメージをうけることになる。シルシウス鋼すら引き裂く衝撃を生身で受ければどうなるかは、容易に理解できた。

(回避行動を中心にするしかないな)

 脚部は高機動装置こそ作動が停止しているが、それ以外には問題がない。

「いくぞ!」

 この大神とさくらのやりとりの間にも戦闘は続いている。しかし、ヒルコには歯が立たない。

「お二人さん。夫婦喧嘩は終わったんかい?」
「あのなぁ……」

 それでも、紅蘭は戦線に復帰する二人を冷やかした。紅蘭機自身、少なからぬ損傷を受けているというのに、沈滞しがちな雰囲気を少しでも盛り上げようとしている。大神はそれを痛いほど理解できた。

(本来なら隊長である俺の仕事なのだが、余裕がないように見えてるかな……)

 しかし、余裕を持てというほうが、本来は無理であろう。圧倒的不利は覆うべくもないのだから。

「カンナ、後方へ廻り込め! すみれくんは右翼、さくらくんが左翼。俺は正面からいく! 他の機は後方から支援!」
「了解!」

 各機がすぐさま行動にうつる。大神も動こうとするが、アイリスが呼び止めた。

「まって、お兄ちゃん。回復してあげる!」

 アイリスはそう言うと、練りあげた霊力を放出する。

「イリス・シャルダン!」

 大神機の霊子力場が再構築される。

「ありがとう、アイリス」
「頑張ろうね、お兄ちゃん!」
「うん。いくぞ!」

 神武はヒルコを取り囲むように布陣し、一斉に攻撃を加える。

「まあまあ、といっておこう」

 それなりに手応えはあるが、ヒルコの余裕は消えていない。

「では、これでどうかな?」

 ヒルコは薙ぐように腕を振る。同時にヒルコを取り囲んでいた四機の神武は後方へと吹き飛ばされた。

「大神さん、大丈夫ですか!」

 自身も損傷を追いながら、さくらは真っ先に大神を気遣った。

「だ、大丈夫だ」

 アイリスの『癒し』がなければ、もたなかっただろう。桁外れの妖力は、物理的な攻撃を伴わなくても、これだけの威力を持っているのだ。

(待てよ)

 ヒルコは今までの敵とは攻撃方法が違う。今までの敵は妖力を何らかの手段で物理的攻撃力に変え、それでもって攻撃してきていた。いわゆる妖術だ。だが、高い妖力をもつヒルコは、直接、それをぶつけてきている。

(ならば、理論上はいける筈だ!)

  大神は気を練りあげながら、再びヒルコへと向かう。

「みんな。俺の後ろに入れ!」
「大神さん、何をする気ですか!」

 さくらが悲鳴のような声をあげる。

「大丈夫だ、さくらくん。それよりも気を練りあげておけ!」

 ヒルコの前に大神は立ちはだかる。

「自分を犠牲にして仲間を助けようと言うのか? だが、貴様一人くらい、私の攻撃なら簡単に貫けるぞ。犬死にするだけだ」
「さて、どうかな。案外、俺一人、倒すことすら適わぬかもしれんぞ」
「ふはははは。挑発しようとしても無駄だ。私はそんなに愚かではない」

 ヒルコは冷静に、妖力をその手に集中させていく。

「不義昇臨!」

 放出された妖力が大神に迫る。

「大神さん!」「隊長!」「中尉!」「大神はん!」「お兄ちゃん!」「隊長ぅ!」

 花組の面々の悲鳴とは裏腹に大神は、今や一刀となった刀を上段に振りかぶると、その刀に霊力を集中させている。

「狼虎滅却・一刀両断!」

 妖力が大神を覆うと思われた刹那、大神は刀を振り下ろした。
 大神の霊力とヒルコの妖力がぶつかりあい、刀は壁にぶつかったように行く手を阻まれる。それどころか、神武の右腕がきしみ、火花を散らしながら、押し戻されんばかりだ。

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 気合一閃、大神は刀を無理矢理に振り下ろす。ヒルコの妖力は、その刃により切り裂かれた。

「なに!?」

 ヒルコの妖力は左右に分かれ、花組の回りをかすめていくだけだ。まさかのことにヒルコが一瞬、当惑の表情を浮かべた。
 そして、歴戦の大神は、それを見逃さない。

「今だ、マリア!」
「はい!」

 マリアはすぐに大神の意図を見抜いた。

「パールク・ヴィチノイ!」
「すみれくん!」
「神崎風塵流・鳳凰の舞!」
「紅蘭!」
「聖獣ロボ!」
「カンナ!」
「四方攻相君!」

 次々と毛色も霊子波長も違う攻撃が叩き付けられる。最初で防御に失敗したヒルコはこれに対応できない。

「そして……さくらくん!」
「はい! 大神さん!」

 さくらはありったけの気を刀に込める。

「破邪剣征・百花繚乱!」

 さくらの霊力が桜色の奔流となって地を走り、ヒルコを襲う。

「ば、馬鹿な!!」

 ヒルコは自らの身におこったことを信じられないといった風で呟いた。
 そして、ゆっくりと膝をつくと、そのまま前のめりに倒れ込む。

「や、やったのか!?」

 大神は、呆然とそれを見つめていた。

「そう、みたいですね……」

 さくらも、いや、花組全員も同じような反応だ。
 精も根も尽き果てて、感情に回すエネルギーがなくなってしまったかのようだ。
 ヒルコは動かない。
 花組も動けない。
 しばらくの時が流れ、七機の神武はお互いの顔を見るように、神武のモノクル・カメラを左右に動かす。
 そして、それぞれがそこに「いる」ということを確認すると、次第に虚脱状態から抜け出し、喜びが込み上げてくる。

「やったで! うちたちは勝ったんや!」

 大神が叫んだ事で、全員が解放された。

「やったわ!」
「やったぜ!」
「私の力ですわね」
「やったぁ!」
「勝ったのですね」

 歓喜の声があがる。
 だが、その中に大神の声はない。

「大神さん。どうしたんですか?」
「さくらくん。おかしいと思わないか? ヒルコを倒したというのに、この空間は消える気配がない」
「そういえば……」

 はっとして周囲を見回す。

「一体、どういうことですの?」
「ヒルコを倒せば、黄泉平泉坂が消えると言う我々の予想が間違っていたか、さもなくば……ヒルコが生きているかだ」

 不幸にも大神の台詞の後者が正解であった。

「やはり、ここまで私を苦しめただけのことはあるな」

 ヒルコの声だ。
 花組の目が一斉に注がれる。

「だが、諸君らは後悔するだろう。私を怒らせたことをな!」

 ヒルコが立ち上がる。
 その姿は先程までの『人型』ではない。どろどろとした不定形の『物体』がそこにあった。

「どうだ。これが私の真の姿だ!」

 自信に満ちた声である。
 実際、人型だった時以上の妖力を発していた。

「そういうことか……」

 それを見て、大神はうめく。
 確かに、この姿の方が伝承に沿っている。先に気づくべきだった。

「さあ、先程のように、この攻撃を受けられるかな?」

 ヒルコの身体がうごめく。

「不義昇臨!」
「ちぃっ!」

 大神は慌てて構える。

「狼虎滅却・一刀両断!」

 刀が振り下ろされ、大神の霊力とヒルコの妖力がぶつかりあう。
 ヒルコの技はさきほどと同じだが、その力は段違いだ。
 大神はありたっけの霊力を振り絞る。

「うぉぉぉ!」

 振り下ろした、と見えた次の瞬間。
 大神の大刀は真っ二つに折れ、シリンダーも壊れたのであろう、右肩から蒸気が吹き出す。
 当然、ヒルコの妖力を完全に『切る』ことはできず、大神の身体は、その攻撃にさらされる。

「くっ」

 大神の右足から奇麗な赤い血液が新たに流れ出した。それは、えぐれた装甲からは外へと滴り落ちる。
 いくら死力を尽くしても、ヒルコには傷一つつけることすらかなわないのか。いや、今やそのための手段がない。

「もう、駄目……なのか……」

 大神の神武ががっくりと膝をつく。
 どんな時にも弱音をはかなかった男は、己の全ての戦力と、ほとんどの防御力を失い、遂に士気をも失ったのである。




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