「お疲れ様、大神さん」
夜もふけた帝劇に帰ってきた大神を迎えたのは、椿だった。
「椿くん。まだ起きてたのかい」
「当たり前ですよ。大神さん達が戦っているのに私たちが休むわけにはいきませんよ」
そう言いながら、椿がお茶を差し出す。
「ありがとう」
大神は一気にそれを飲み干した。
「凄いですね。大神さんは」
「え、いやぁ。喉が渇いてたもんでね」
「そうじゃないですよ」
椿はころころと笑う。
「他の花組のみんなは、疲れすぎて眠ることもできないなんていってますよ。でも、大神さんはさすがに男の人ですね」
「はははは。体力だけが取り柄だからね」
とはいうものの、大神も疲れは溜まっている。
ただ、正規の訓練を受けた職業軍人であり、花組隊長であるという矜持が彼を支えているにすぎない。
「お茶、ありがとう。おいしかったよ」
「どういたしまして。それじゃあ、大神さんも無理せずに休んでくださいね」
「ああ、ありがとう」
椿は去っていた。
(眠ることもできないくらい疲れている、か……)
確かに、次第にミスも増えている。大神自身、指揮を誤りそうになるのをマリアや米田の指摘で凌いだこともあった。そして、何より通常の攻撃力自体も落ちているのが気にかかる。霊力は能力者自身の心身の状態を如実に反映することを考えれば、疲れがその霊力を落としていると見るべきだろう。
(みんなの様子を見てみるか)
大神は帝劇内をうろつきはじめた。
「ん!? カンナじゃないか」
まずは食堂でカンナに出会った。
「よう。隊長じゃねぇか。隊長も夜食でも食べるかい?」
さすがは食堂の主。帰還してすぐに食堂に駆け込んだのだろう、食べている夜食はすでに半分以上なくなっている。
「いや。俺はいいよ」
どうやら、カンナは大丈夫そうだ。
そう判断して食堂を去ろうとした大神だが、ふとカンナの左肩が不自然にもりあがっているのに気づいた。
「カンナ、どうしたんだ。それは?」
「え、いや。何でもねぇよ」
「何でもなくはなないだろう。明らかに不自然だぞ」
「いや、いいって」
「おかしいぞ。見せるんだ」
いやがるカンナの空手着の襟を掴むと左肩をはだけさせた……というと色っぽいが、この二人だとそんな風にならないから不思議だ。
ともあれ、露出した左肩には包帯が不器用に巻き付けられていた。
「これは!」
「へへ。格好悪いの見られちゃったな。今日、敵の攻撃をうけた時にうっちまったんだよ」
いつもならそんなことはない。やはり、集中力がおちているのだろう。
「どうして隠したりしたんだ」
「だってよ。受け身しくじって怪我したなんざ、霧島流正当後継者として沽券にかかわるじゃねぇか」
「それにしたって、この巻き方はひどいぞ。俺が巻き直してやるからまってろ」
大神はカンナの包帯を切ると、馴れた手つきで巻き直した。士官学校でも応急処置術は必須である。
「これでいいだろう」
はるかに奇麗に包帯は巻き直された。
「すまねぇな」
「こんなの朝飯前さ。それよりも前にもいっただろう。俺の前で装うな、って」
「けどさ、これがあたいってもんだぜ。つい、強がって見せるのがね」
カンナは微笑む。
「まあ、でも隊長の前では強がらないでも……いいかな」
「え!?」
「い、いや。なんでもねぇよ。はははははは」
顔を赤らめながらも、笑ってごまかす。
それでごまかされる大神も相当な鈍感であるが、帝撃に来るまでは軍人めざして勉学と鍛練一筋だったのだから、それもやむをえないところか。
「じゃあ、カンナ。早めに休んでおけよ」
「ああ、隊長もな」
食堂を離れた大神は地下への階段を降りてゆく。地下一階を素通りし、地下二階へと。そこにある神武の格納庫には……
「やっぱり、ここにいたのか、紅蘭」
紅蘭は、整備兵達の先頭に立って神武の修理調整にあたっていた。
「なんや、大神はん。なんか用かいな?」
「いや、特に用ってほどのことはないんだけど」
紅蘭は嬉々として神武をいじっている。本当に機械が好きなのだろう。しかし、彼女を動かしているのはそれだけではない。
「紅蘭。どうだい、神武の調子は?」
「正直いって、あまりよくはおまへんな。大神はんも知っての通り、神武は短時間運用型兵器や。一度の出撃は短くとも、これだけ回数を重ねれば長時間運用したのと一緒。かなり損耗してるで。下手をしたら光武の二の舞や」
無理な運用がたたり、降魔との最初の戦闘で力尽きた光武。あの時は神武というより強力な霊子甲冑が秘密裏に製作過程にあったことが幸いした。しかし、今度はそんな僥倖は存在しない。その危機感を紅蘭は霊子甲冑整備責任者として誰よりも感じているのだ。
「そうか。でも、整備のみんなが頑張ってくれているから大丈夫だろう? 俺は信頼してるからな」
「まかしとき! うちらが整備している限り、神武にはどんな些細な不具合もおこしまへんで!」
意気込む紅蘭だが、大神は困ったような顔をする。
「確かに、神武は大丈夫だと信じている。でも、紅蘭は大丈夫なのかい?」
「え……!?」
不意をつかれて紅蘭は即答できない。
「神武をいくら完全に整備できたとしても、紅蘭。君が倒れてしまったら元も子もないんだぞ。霊子甲冑は壊れたら修理すればいい。でも、人間はそうはいかない。帝撃花組の、李紅蘭という人間はたった一人しかいないんだぞ」
「大神はん……うちのこと、そんなに気にかけてもろうて嬉しおます。でも、神武の整備はうちの責任や」
大神は大きく頷く。
「そうだ。けれど、整備は一人でやってるわけじゃない」
帝撃・風組の面々が紅蘭の指揮の下、整備にあたっているのだ。
「紅蘭。俺は紅蘭を信頼している。俺が全部を指示しなくても、紅蘭はきっと最善の行動をとってくれると信じて戦っている。紅蘭も、風組のみんなを信頼して、任せてみないか?」
「そうよ、紅蘭!」
今の話を聞いていたのだろう。風組・神武整備班長の瀧下良子が口を挟んできた。紅蘭よりも年上の彼女は紅蘭のよき姉的立場にもある。
「あたし達は、いつも紅蘭に教えられ、助けられてきたわ。いや、それどころか足をひっぱったことすらある。けれど、あたし達と紅蘭がすごした年月は無駄だったわけじゃありませんわ」
紅蘭の花やしき時代から、風組は共にあったのだ。
「紅蘭。あたし達に整備を任せてくださらない。いや、あたし達に任せなさい!」
風組・神武整備班の一同も良子の言葉に頷いている。
「良子はん……風組のみんな……うち感激や!」
紅蘭の目に涙が浮かぶ。
『帝撃の仲間』とは決して花組だけではないのだ。
「いいか、紅蘭。自分の身体をしっかりと整備するんだぞ」
「大神はん。おおきに……」
照れながら格納庫を出た大神は、二階へあがることにした。
「あ、隊長」
「やっぱりここだったか」
テラスにマリアがいた。ここはマリアが落ち着ける場所らしい。物思いにふけるとき、考え事をする時。マリアは決まってここにいる。
「どうしたんですか? 夜の見回りにはまだ早いと思いますが」
「ああ。みんなの様子をね」
「なるほど。ご苦労様です」
一見したところ、マリアは疲れを見せていない。
「それにしても、さすがはマリアだね」
「なにがですか」
「疲労を悟らせないところがさ。花組の副隊長格として誰よりも神経を使っている筈なのに」
「……隊長に隠し事はできませんね」
マリアは溜息をついた。
「きびきびと立ち回っていたつもりだったのですが」
「おかげで助かっているよ。なんで、そんなに頑張れるのか,見習いたいくらいさ」
「そんな! 隊長こそ、さすがは軍人です。凄い体力じゃないですか。それに、私が頑張れるのは……その……」
マリアは視線を落とすと無意識のうちに首から下げているロケットを握り締めた。
「マリア?」
「え。あ、はい」
大神の声に我に帰ったマリアは、慌ててロケットから手を離した。
「すいません。ちょっと疲れているようです。休まさせていただきます」
「ああ。それがいいよ。少しでも疲れをとっておいてくれ」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます」
マリアは自室へと小走りに消えていく。これでマリアも取り合えずの心配はないだろう。
(それにしても、あのロケットには何が入っているのだろう?)
そこには、かつて入っていた写真はすでになく、新しい人物の写真が入っている。純白の制服に身を包んだその写真が誰なのかは、マリアしか知らない。
「さて、次はすみれくんかな」
これまた案の定、サロンにいた。
「すみれくん」
「中尉!」
すみれは、はっとしたように顔をあげた。
「どうしたんだい、遅くまでおきて」
「少し考え事をしていたものですから」
すみれはあくまで優雅に立ち振る舞う。
「休んだ方がいいよ。疲れているだろう」
「わかっておりますわ。でも、眠れないのです」
すみれは目を伏せながら言う。
「帝都に仇なす敵を討つ。それが私達、帝國華撃團の使命。黒之巣会を、降魔を、そして今度は黄泉兵を殺戮していく。奴らは人ではなかったかもしれませんが命はもっていました。それを私達は奪ったんです」
すみれの声が次第に高ぶっていく。
「誰が帝都に仇なす敵が、もし、生身の人々であったのなら、私は人殺しをしなくてはならないのですか! 命令されるままに!」
「すみれくん……」
「中尉は職業軍人。命令に従って虐殺でも何でもできるでしょうけど、私はそうじゃないわ。帝國華撃團が人殺し集団になることなんて耐えきえない!!」
「落ち着け、すみれくん。俺達が帝都を守らなければ、多くの罪もない人々が命を奪われてしまうんだ! それを許していいのか?」
「そんなことぐらいわかってます! でも、目を閉じると、今までの敵が出てきて言うんです。お前は命じられるままに誰でも殺す、殺人機械だと!」
理屈ではわかっていても感情を抑え切れない。すみれ自身にもどうにもならなかった。
「すみれくん!」
「え!?」
突然、大神がすみれを抱きしめた。
「俺達は多くの命を犠牲にしてきた。どんな言い訳をしようとも、俺達のいく道は血塗られた道だ。でも、帝都は――この街は闘えない。隠れているだけ。それしかできない。だから代りに俺達が闘うんだ」
「中尉……」
大神の腕の中で、ようやくすみれは落ち着きを取り戻す。
「すみれくん。確かに僕は自分で軍人の道を選んだ。上官の命令に反抗することは、俺にはできない。でも、君たちは違う。帝國華撃團は軍隊じゃないんだ。もし、君たちの意に反する命令を……正義に反する命令を俺が出したなら、その時は俺を撃て!」
「!!」
すみれは顔をあげた。
「中尉。そんなことはできませんわ。私は中尉にならどこまでもついていきます」
「ありがとう。それよりもごめん。急にこんなことをして……」
すみれを落ち着かせる方法を他に考えつかなかった不器用な大神だ。
「いえ。もう少しこうさせてください」
大神のぬくもりががつたわってくる。人の身体が暖かいことを、すみれは幸せだと思った。
「大神さん」
「な、なんだい」
「いつか、シンデレラの魔法の話をしたのを覚えてらっしゃいます?」
「ああ。覚えているさ」
「私にも魔法がかかったままですのよ。十二時になってもとけない魔法が」
そう言ってすみれは身体を離した。
「中尉。ひどいことを言って申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだよ。それぐらいですみれくんが元気になれるんならね」
「ありがとうございました」
すみれは、普段と同じような優雅な振る舞いを取り戻し、サロンを去っていった。
「あとはさくらくんとアイリスだけど……」
二階にさくらはいないようだった。
大神は一階へ降り直し、さくらを探す。
「あ、大神さん」
「やあ、さくらくん」
さくらは舞台にいた。
「舞台の練習かい?」
「いえ。そういうわけじゃないんです。ただ、ここのところまともな公演ができてないなと思って……」
「そうだね」
公演中止もさることながら、公演自体も疲れから「こなしている」というのが現状に最も近い表現だ。
「気持ちはわかるけど、さくらくん。疲れてるんだから早く寝た方がいいぞ」
「ええ。わかってます。でも、大神さんこそ疲れてるんじゃないですか」
「ああ。疲れていない、とはとてもいえないよ」
他の隊員の前では疲れを見せないようにしてきた大神だが、さくらの前では素直に疲労を認める。
「それなのに、こうして見回りしてるなんて、偉いですね」
他のメンバーと話しているうちに時間が遅くなってきている。さくらは大神がいつもの夜の見回りをしているのだと勘違いしているようだ。大神も面倒くさく、あえて訂正はしない。
「はははは。偉くはないさ。だって、こんな事くらいしかやることがないんだからね」
「そんな、大神さん! 自分を卑下するよな事をいわないで下さい。大神さんは帝撃の隊長としての職務以上のことを常にしてくれているんですから!」
「……ごめん」
「ふふふふ。あやまるなんて変ですよ」
さくらが明るく笑った。その笑顔を見るためなら、どんな苦労だって厭わないと大神は思う。
「やだ、大神さん。私の顔、そんなに見つめないで下さい」
「え、あ、ごめん」
お互いに顔を赤くする。
「と、とにかく、早く寝た方がいいよ」
「ええ。でも、起きていてよかったです」
「え!?」
「だって、大神さんと二人きりでお話できたんですもの……」
考えてみれば、出撃を繰り返す中で個人的な接触はほとんどなくなっていた。
「そ、それじゃあ、部屋に戻りますね」
さくらは慌てたように立ち去ろうとする。
「さくらくん。部屋まで送っていくよ」
大神はさくらの手をとった。さくらは少し驚いた様子だったが、すぐに手を握り返してくる。
二人は寄り添うようにしながらさくらの部屋まで歩いていった。
「……さくらくん。ついたね」
「ええ」
名残惜しそうに、二人は手を離した。
「私、神経が高ぶちゃって眠れなかったんです。まだ眠れるかどうか……」
「それだったら、よく眠れるおまじないをしてあげるよ」
大神はさくらの前髪をかきあげると、顔を近づけていく。
「お、大神さん!?」
「黙って」
そのまま大神はさくらの額にくちつけした。
「……大神さん」
「……ちょ、ちょっとキザだったかな」
照れて頭を掻く大神。やはり自分も疲れから神経が高ぶっているのだろう、普段ならできないような大胆なことをしてしまった。
「いいえ。これで、いい夢が見れそうです」
さくらは顔を真っ赤にしながら、消え入りそうな声で言う。
「大神さん。お休みなさい!」
「お、お休み」
さくらの部屋のドアが閉じられた。
「さ、さてと、アイリスの様子を見なくちゃな」
自分自身の照れ、あるいは嬉しさを覆い隠すように大神は独り言を言う。
(まあ、自分の部屋で寝ているとは思うけど……)
アイリスの部屋の扉をノックする。
「アイリスおきてるかい? アイリス?」
返事はない。
(やっぱりもう寝てしまったかな?)
念の為、ノブを捻ってみる。
「あれ? あいてる」
静かに扉を開ける。すると、すすり泣きが聞こえてきた。
「アイリス?」
部屋の中には照明がついておらず、暗い。それでも、よく目をこらすとアイリスが床にうずくまるようにしているのがわかった。
「アイリス! どうしたんだ!?」
慌てて駆け寄る。
「あ、お兄ちゃん……ヒック」
振り返ったアイリスはやはり泣いていた。
「どうしたんだ。何があったんだ?」
「グス……お兄ちゃーん!」
アイリスは大神の胸に飛び込んできた。
「あのね。お兄ちゃん。アイリス、パパとママに会うのを楽しみにしてたの。でも、もうパパもママも帰っちゃう。一度もちゃんと会えないまま、帰っちゃう!」
相次ぐ出撃でアイリスが帝劇から外出するような時間はなかった。一方、シャトーブリアン夫妻も非公式訪問とはいえ、要人との秘密裏の面会などスケジュールはたてこんでいる。
「アイリス、ずっと頑張ってきた。パパとママに会いたかったけど、頑張って戦ってきたもん。敵を倒しさえすれば、パパとママに会えると思って。でもでも、駄目だった。いつまでたっても会えない! 頑張っても頑張っても、アイリスにはなーんにもごほーびがないの!」
「アイリス。おちつけ!」
「いや。もうこんなんだったら、帝國華撃團なんてやりたくない! アイリス、もうやめる!!」
「アイリス!!」
大神は思わず身構える。アイリスが感情を高ぶらせた時は、決まって霊力の暴走が起きる。大神自身もかつて浅草でひどい目にあったことがあるのだ。
「ん!?」
だが、霊力の暴走はおきなかった。アイリス自身もそれに気付く。
「あれー!?」
その違和感に感情の高ぶりは消えたようだ。だが、アイリスは首を傾げている。
「んー。変だなぁ」
アイリスはぬいぐるみの一つに指を向けた。
「えい!」
しかし、掛け声とは裏腹にぬいぐるみはピクリとも動かない。
「えいえいえいえい!」 何度試しても結果は同じだ。
「ア、アイリス。ふざけてるんだろう?」
「ううん。一生懸命やってるんだけど、駄目なの」
冷たい空気が流れる。アイリスの霊力が消えたとでもいうのか。
「アイリス。俺が今、何を考えているかわかるか?」
アイリスは目を閉じて、精神を集中する。
「……わかんない。何にもわかんない!」
アイリスは再び泣きはじめた。
「アイリス。泣くな。ちょっと疲れてるだけだよ。ゆっくり寝て休めば、すぐ霊力は戻るよ」
「グス……本当?」
「ああ、そうさ。だから、今日は寝るんだ」
「うん。わかった!」
アイリスは泣き止み、笑顔を見せる。
「じゃあ、もう寝るね。ありがとう、お兄ちゃん」
「ああ。お休み」
アイリスをベッドに寝かせると、大神は部屋を出た。
「うーん。とりあえずは、ああ言ったけど……」
大神とて霊力の何たるかを理解しているわけではない。
「ともかく、明日の朝までは待ってみるか」