「すみれくん。こっちだ!」
さすがに柵の壊し方が派手なだけあって、すぐに追っ手がかかっていた。
「ここならしばらくは大丈夫だろう」
いつのまにか氷川神社の境内まできていた。
「そうですわね。ちょっと休みましょう」
しかし、そう安穏としていられなかった。ここにもすぐに追っ手がきた。
「すみれお嬢様! どちらですか!」
「お嬢様!」
神崎家の使用人達が右往左往している。
だが、その中に明らかに身分が違う男が一人いた。
「お父様!?」
「なんだって? それじゃあ、あの方が!?」
「ええ。神崎重樹ですわ」
神崎財閥次期総帥も娘の事を思えば、いてもたってもいられなかたのであろう。
「いい父上じゃないか」
「なんですって? とんでもありませんわ!」
すみれは激しく反発した。
「中尉。警官の姿が見えないことにお気付きでしょう? 警察には知らせていないのですわ。神崎家の一人娘が行方不明などとは、口が裂けてもいいませんわよ。世間体だけが気になるのですからね!」
すみれが家と仲がよくないことは知っていたが、以前はここまで険悪ではなかった。すみれは神崎家の人間であることに誇りをもっていたし、父に反発しながらも慕っていた。
「父上と何かあったんだね」
「………」
無言は肯定でもあった。
「中尉。神武をつくる時のことを覚えていますか」
「ああ」
予算を調達するため、すみれは社交会を駆けずり回り、よりつかなかった神崎本家にも頭を下げたのである。
「その時、父は支援と引き換えに、一段落ついたら家へ戻ることを私に約束させました。神崎の娘がいつまでも劇場なぞにいるのではないと言いましたわ」
すみれは、いつものようにそれを誰にも言わなかった。人から哀れみや同情を買うのは彼女の性にはあわない。
それでも、大神には話さずにはおけなかった。なぜなら、魔法をかけてくれる相手だから。
「私は何があろうとも帝撃に戻りますわ」
神崎の家にいる限り、すみれは「神崎家の一人娘」でしかない。彼女は「神崎すみれ」を「神崎すみれ」として扱ってくれるところに帰ろうとしている。
「すみれくん……」
「大神中尉……」
と、その時。
「うわぁぁぁぁぁ!」
突然、悲鳴が沸き上がった。
「なんだ!?」
境内を見れば、そこには黄泉兵の姿がある。
「また、紅のミロクか!?」
彼女は呪文を唱え、かつて天海が使ったのと同じような楔らしきものを埋めていく。そして、黄泉兵は境内を破壊するために動きまわる。当然、神崎家の人々、そして神崎重樹も危険に巻き込まれようとしている。
「まずいな。すみれくん、花組がくるまで、俺達で時間を稼ぐんだ」
「冗談じゃありませんわ!」
すみれは意外にも反発した。
「どうして、私があんなロクでもない父を助けなくてはいけませんの。いい気味ですわ!」
「すみれくん!」
バチーンという乾いた音が響いた。
大神がすみれの顔を張ったのだ。
「すみれくん! 君がどんな言動をしようと、それは君の勝手だ。僕にはそれをいいとか悪いとか、そんなことは判断できない。でも、後悔するような意地をはるな! 意地のために一生悔いるようなことはするな!」
大神はそれだけ言うと、隠れていた茂みから飛び出した。
「狼虎滅却・無双天威!!」
今しも重樹に襲いかからんとした黄泉兵は不意をつかれ、たまらず倒れた。
「君は!?」
「帝國華撃團隊長、大神一郎海軍中尉です。さあ、今のうちに!」
「わ、わかった」
とはいったものの、楽な仕事ではなかった。先程のような奇襲に頼らぬ限り、黄泉兵に生身では対抗できない。大神は自分を囮にすることで、重樹達を逃がしつつ、自分は攻撃をさけることに専念した。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……」
息がきれる。少しでも黄泉兵の攻撃に接触すれば、命取りになる。その緊張が普段以上の疲労を招く。
だが、「扶桑」の時とは違い、大神に悲壮感はなかった。
もちろん、それは、信頼があるからだ。そして、その信頼の相手は信頼通りにやってくる。
「そこまでよ! 紅のミロク!」
聞きなれたさくらの声。
「帝國華撃團参上!」
五機の神武がポーズを決める。
「隊長。遅くなってすいません」
「大丈夫だよ、マリア。すぐに神武で戻るからそれまで頼む!」
「了解!」
とはいえ、さすがに5人では黄泉兵には苦戦する。やはり、防御中心でいくしかない。じりじりと後退しながらも集中攻撃で一匹ずつ集中的に狙っていく。
「大神一郎、参上!」
そこに大神が神武にのって戻ってきた。
「マリア。今から隊長に復帰する。成すべきことはしてきたからね」
「了解ですが……一体何をしてらしたのですか?」
マリアの疑問は、しかし、次の瞬間に氷解する。
「神崎すみれ、華麗に参上!」
「すみれ!?」
「すみれさん!」
「すみれお姉ちゃん!」
「すみれはん!」
「すみれ!? お前どのツラさげてかえってきたんだ!?」
花組の驚きをよそに、大神は笑みを浮かべていた。
「すみれくん。待っていたよ」
大神は、すみれを信じていた。
決して、一時の感情で去るようなことなどないと。
「おーほっほっほっ。真打は最後に登場するものですわ!」
とはいえ、すみれの言動は相変わらずだ。
「みんな。細かい話は後だ。まずは、敵を叩く!」
「了解!」
だが、ミロクはおちついたものである。
「一人や二人増えたとこで、どうにもなるまい。それに、わらわにはこれがある!」
ミロクが指をならすと、またも「鬼雷砲」が、花組を取り囲むように出現する。
「同じ手は通用しないぞ。すみれくん!」
「わかりましたわ」
すみれが身構える。
「神崎風塵流・鳳凰の舞!」
広い攻撃範囲を誇るその必殺技は、一撃で鬼雷砲を全て破壊した。
「なに!?」
勢いのついた帝撃は、次々と黄泉兵をも倒していく。
「ば、馬鹿な!」
気付けば、残るはミロク一人。
「これが、全員揃った帝國華撃團の力だ! 紅のミロク! 覚悟しろ!」
「くっくっぅぅぅ」
ミロクが逃げをうちにかかる。
「させないわ! 破邪剣征・百花繚乱!!」
射程の長い攻撃がミロクを背後から襲う。それが、ミロクの行き足を止めた。
「逃がしまへんでぇ!」
ミロクを取り囲むようにして攻撃が加えられる。
「くそう。貴様ら、よってたかって……」
先程まで多数の黄泉兵を操っていたのはミロクである。盗人たけだけしいとはこのことだ。
「狼虎滅却・無双天威!」
大神の一撃で、遂にミロクの機体は大爆発をする。
「しくじったわ。次の機会を……」
「それはないわね」
爆発にまぎれて脱出しようとしたミロクだが、マリアがそれを阻んだ。
「帝國華撃團に同じ手は二度と通用しないと言ったでしょう?」
マリアの蒸気速射砲がミロクを捉え、その肉体を四散させた。
帝撃の前にもっとも多く立ちはだかった敵は、ようやく舞台から永遠に退場したのである。
「それでは、いきますわよ!」
すみれが音頭をとる。
「勝利のポーズ、決めっ!」
「ミロクが帝國華撃團にやられました」
暗い洞窟の内部。
男が三人、かしづきながら報告している。
「そうか」
報告を受けた男は表情を全く変えない。
「我が力を与えたとはいえ、所詮は人間。あやつではその程度だろう」
落胆した様子もない。
「そろそろ本腰を入れるとしようか」
「中尉。さきほど父と話しましたわ」
神武にのる直前、すみれは逃げてくる重樹の前に出ていったのだ。
「父も帝撃に戻ることを許してくださいました」
「そうか。よかった」
そこに、他の隊員達が駆け寄ってくる。
「みなさん。わたくしは……」
話を始めようとしたすみれだが、さくらがそれを押しとどめた。
「すみれさん。私達は大神さんを信頼しています。その大神さんがすみれさんを信頼したんです。何があったかなんて、どうでもいいです」
「さくらさん……」
「それに、私達は大神さんのようにすみれさんを信頼できませんでした。その罪滅ぼしですよ」
さくらの言葉に皆が頷く。
感動するすみれだが、そこは素直にはそれをあらわせない。
「ほーっほーっほーっ。わたくしは、どうしても戻ってくれというから、戻るだけですわ。私はこの帝撃にはなくてはならない存在ですものね」
「こっ、この野郎! 下手に出てりゃつけあがりやって!」
「あら、カンナさん。まだ花組にいらしたの? もうクビになったかと思ってましたわ」
「なんだとこのザーマス女!」
「なんですって!」
いつもの喧嘩がはじまってしまった。
「やれやれ。これだけはなおっていて欲しかったんだが」
「お兄ちゃんも大変ね」
「全くだよ」
アイリス相手に愚痴をこぼすとは、かなりきている。まあ、これが毎日はじまるとなれば、覚悟をしていたとはいえ、ストレスにもなろう。
「あ、そうそうさくらさん。あなたにも言っておくことがあったわ」
「はい?」
今度は、すみれはさくらの耳元へと囁く。
「大神中尉のこと、私はまだ諦めておりませんからね。お父様も応援してくださるということですから」
重樹は我が身を犠牲にしてでも他人を救おうという大神のことをいたく気に入ったらしい。すみれが帝撃に戻ることを許されたのも、「大神を婿にして帰ってこい!」という面があるようだ。
「勝負よ。さくらさん!」