「みっともねぇ、戦いしやがって!!」
大神が帝劇に帰るなり、米田の雷がおちた。
「いつもいつも翔鯨丸の援護があるわけじゃねぇんだぞ!」
「面目次第もありません」
ただでさえ疲労こんばいの大神は、ますます疲労の色を濃くする。
「海軍さんってのは、甘っちろいとこのようだな。すっかりボケちまったんじゃねぇか?」
「お言葉ですが」
さすがに大神は語気荒く反論する。
帝國海軍士官学校といえば、東京帝大を上回る超難関校だ。そこを首席で卒業した彼には、海軍に対する誇りは人一倍である。
「帝國海軍を侮辱するとは、いくら米田大将でも許せません!」
「ならば、帝國華撃團をどうすればいいか、わかっているな」
大神は怪訝な表情をする。
米田が一転、柔らかい口調になったからだ。
「大神。お前は今日からしばらくの間、隊長もモギリも休業だ! 自分がいいと思うまで俺のところに顔を出すな!」
「お、大神さん……」
支配人室のドアを開けた大神を、さくらを始めとする帝國華撃團のメンバーが心配げに取り囲んだ。
「マリア。君は明日から花組隊長として指揮をとってくれ」
「隊長!」
「はは。隊長は僕じゃない。しばらくは君がそうだ」
「そんな、大神さん!」
「お兄ちゃん!」
「大神はん!?」
「どういうことでぇ、隊長!」
隊員達が口々に驚きを表わす。
「米田大将に言われたよ。しばらくはモギリも休業だよ」
そう言って去ろうとする大神を、しかし、さくらが呼び止める。
「大神さん。どういうことですか、説明して下さい!」
だが、大神は説明はせず、代わりにこう答えた、
「ごめん。疲れているんだ。一人にしてくれないか」
翌朝。
「大変よ! みんな起きて!」
さくらが他の隊員の部屋をノックして回る。
「どうしたの、さくら?」
「うーん、アイリス、眠いぃ〜〜」
「なんでぇ、なんでぇ。朝っぱらからよぉ」
「どないしたん。そないに大騒ぎしよって」
叩き起こされた隊員達は揃って不機嫌そうだ。
だが、さくらはおかまいなしである。
「これを見て!」
さくらが差し出したのは、一通の手紙である。
「これが、大神さんの部屋に!」
「……さくらはん。あんた、朝っぱらから大神さんとにいったんかい?」
紅蘭の鋭い突っ込み。
「え? いや、その……」
さくらは顔を赤くして口ごもる。
「そ、それよりも、とにかく、これを読んで!」
ごまかされているような、と思いながら一同はその手紙を見る。
途端、寝ぼけているどこの騒ぎではなくなった。
「そ、それで大神はんは?」
「どこにも見当たらないんです。それに、荷物もないものがあるんです!」
紅蘭に問われるまでもなく、さくらは帝劇中を捜しまわっていた。
「それじゃ、隊長は帝劇から出ていっちまったってことか?」
今度はカンナだ。
「そうみたいなんです」
「冗談じゃねぇぞ! 一体、何があったんてんだ!?」
だが、当然ながら、それに答えられるものは誰もいない。
「これは、米田大将に聞くしかないわね」
マリアの言葉に皆がうなずく。
そして、彼女達はそのまま支配人室へとなだれこんだ。
「おうおうどうした。みんな恐い顔して」
朝から酔っぱらいの米田である。
「米田長官」
「なんでぇ、マリアのねーちゃんもそんなに気張ると皺が増えるぞ」
だが、マリアは全く取り合わない。
「大神隊長がこの手紙を残して出て行かれました」
「ん!? どれどれ」
| 帝國華撃団・花組のみんなへ
しばらく帝劇を離れます。
大神一郎 |
「なんとまぁ。あいつもシンプルな書き置きを残していったもんだな」
「そういう問題ではありません!」
マリアが珍しく気色ばむ。
「大神隊長は、昨日、私に言われました。米田長官に言われて休業すると。それは隊長を首にするということですか?」
「そうだ、といったらどうする」
米田の言葉に一同の表情が固くなる。
「他のみんなはわかりませんが、私個人としては帝撃を辞めさせてもらいます」
「私もです!」
マリアの言葉にさくらが続いた。
「うちだって同じや」
「お兄ちゃんがいないなら、アイリスだって、フランス帰るもん!」
紅蘭もアイリスも、そしてカンナも続く。
「水くさいぜマリア。なんで、花組全員が辞めるって言わねぇんだい」
「みんな……」
感動にあやうく涙腺がゆるまりそうになったマリアは、表情を引き締めなおし、米田に向き直った。
「長官。我々、花組の気持ちは一つです。さあ、説明して下さい」
詰め寄るマリア。しかし、米田は破顔一笑する。
「だーはっはっはっ。大神のやつ、よくもここまでお前達の信頼を勝ち得たもんだな」
突然の米田の笑いに一同はあっけにとられた。
「だが、お前ら、大神のことをみくびっとりゃせんか? おい、さくら」
「は、はい!?」
「大神が俺に隊長をクビだといわれて、おとなしく引き下がるタマだと思ってるのか?」
「え?……それは、その……」
「どうなんだ?」
「思いません。大神さんはそんな人ではないと思います」
「だろうが?」
「で、でも、じゃあなぜ、大神さんはいなくなったんですか?」
米田は「やれやれ」のいった感じで首をすくめた。
「あいつはな。自分が成すべきことをしにいったんだよ。俺はそのためにヤツに時間をやったんだ」
大神は米田の真意に気付いていたということである。
一同ははっとして米田を見た。
「それにな。やつはお前ら自身よりも花組のことをわかっているぞ」
その頃、大神は半蔵門にある花小路伯爵邱を訪れていた。
その館の主、花小路頼恒といえば、大神に帝撃隊長の辞令を渡した人物である。そして、彼は維新を成し遂げた功労者であり、いわゆる元老とよばれる実力者だ。
現在、枢密院議員である彼は、政府と帝國華撃團の窓口となっている。花小路と米田が帝撃の活動の政治的な動きを全てやってくれているので、大神以下の花組は帝撃としての活動に集中できるのだ。
「伯爵。ご無沙汰しておりました」
客間に通された大神は、主たる老人に深々と頭を下げた。
「いやいや。そう固くなることはない。かけたまえ」
花小路は執事にお茶をもってこさせる。
しばらくはそれをすすりながら雑談が続く。
「それで、今日は何か用があるのだろう? 帝國華撃團隊長として忙しい君が雑談をしに、私のところまできたとは思えないからな」
「はい」
大神は襟を正した。
「伯爵。神崎本家をご存じでしょうか」
「神崎財閥のか? 無論、知っておるが」
「実は、その神崎本家の一人娘のすみれさんと会う機会をつくっていただきたいのです」
「なるほど。話は聞いていたが……」
大神は他人を一方的に頼ることを好まないことを花小路は知っている。その大神が頼みにくるとはよほどのことだろう。
「大神くん。少し待ちたまえ」
花小路はベルを鳴らした。
すぐに執事が飛んでくる。
「お呼びでしょうか」
「ああ。神崎くんのところから招待状がきていただろう。あれを大神くんに渡してくれ」
「承知いたしました」
すぐに執事は戻ってきて一通の封筒を大神に差し出した。
「これは?」
「明後日に神崎重工創立55年の記念式典がある。その招待状だよ。夜には神崎くんの家で舞踏会が行われるから、機会はあるだろう」
大神の顔がパッと明るくなる。
「ありがとうこざいます、伯爵!」
「なに、大したことではない……君の祖父から受けた御恩の万分の一にもならん」
大神の祖父、大神一彦は花小路とともに幕末維新の動乱を共に駆け抜けた、いわば「戦友」であった。しかし、維新後、一彦は暗殺者から花小路をかばい、命を落としたのである。
大神もその事は知っている。花小路が自分を何かと助けてくれるのは、自分の力ではなく、祖父の七光だということを知っている。
だから、大神は花小路を積極的に頼ろうとはしてこなかった。
(だが、俺は帝撃の隊長として成すべきことがある)
そのためには自分のプライドなど、かまってはいられない。
それが、大神を突き動かしたのであった。
白馬に引かれた馬車が神崎邱の車寄せに横付けにされる。
蒸気自動車が普及しつつあるこの時代、馬車を使うのは、よほどの道楽者か――金持ちだけである。
どちらにしても、もてなしておくべきお客だ。
そう判断した神崎家の従者は丁寧に馬車の扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
降り立ったのは盛装をした青年であった。
「失礼ですが、招待状はお持ちですか」
「これを」
従者は招待状を確認した。
「失礼ですが、お名前を」
「帝國海軍中尉、大神一郎です」
ただの海軍中尉ではこんな振る舞いはできない。
どこかの華族の子弟でもあろう、と従者はあくまで丁寧に案内する。
「どうぞこちらへ。もう舞踏会ははじまっております」
大神は案内されるまま、大広間へと出た。
従者の言葉通り、舞踏会はすでにはじまっており、楽団の奏でるメロディが流れている。
見回せば、そこかしこで、ダンスや談笑を楽しむ男女を見ることができた。中でも、右の壁際にひときわ大きく人がかたまっている所がある。
その中心にいる女性こそ、すみれであった。
(すみれくん……)
多数の若い男性に囲まれている。中でも一人の上品な雰囲気の若者は熱心にすみれを誘っていた。すみれも笑顔でそれに応えている。
だが、大神にはそれが上辺だけの笑顔であることがわかる。あの高飛車とも思えるような態度もとっていない。
(やはり、帝撃を出ていったのには訳がありそうだな)
そう思いながら、大神はすみれへ近づく。
「神崎すみれさん」
呼び掛けに、すみれははっとしたように視線を向けた。
(そんな、どうして! 幻?)
信じられぬものを見たすみれはすっかり混乱してしまっている。いや、呆気にとられているといったほうが正確かもしれない。
大神は動けずにいるすみれへ更に近づくとひざまづく。そして、彼女の手をとると接吻した。
「なんだね、君は!」
くだんの若者が声をあげる。
「御黙りになって! 鹿沼さん!」
若者――すみれに想いを寄せている鹿沼草十子爵は気圧されて黙ってしまう。
それを確認してから、すみれはゆっくりと大神に向き直った。
「しょ、少尉ですの!?」
まだ、信じられない。
「今は中尉ですが、私と踊っていただけますか?」
「喜んで!」
大神にエスコートされ、広間の中心へと進んだすみれは、これが夢でも幻でもないことをようやく悟った。
やがて、踊りはじめたすみれは今までとは桁違いの、素晴らしい笑顔をしている。
「やっと君の本当の笑顔が見れたね」
「なにをおっしゃいますやら。私は社交会の華、神崎財閥の一人娘、神崎すみれですわよ。笑顔くらいいつでもできましてよ」
調子も帝撃にいたころに戻ってきた。
いつのまにか、大神とすみれの息のあったダンスは衆目を引き、舞踏会の中心となっている。
「中尉。お上手ですわね」
「ありがとう。少しだけど練習した甲斐があったよ」
本当である。
実は、海軍士官学校でもダンスは教えるのだ(海軍士官は海外の寄港地で様々な行事に出席する可能性が高いため)。それを思い出しながら、必死に復習したのである。
「でも、中尉。ただ、私と踊りにきたわけではありませんでしょう」
多少、舞い上がっていてもさすがはすみれである。洞察力は鋭い。
「もちろん。すみれくんを連れ戻しにきたんだ」
「え!?」
歓喜の表情はしかし、一瞬の後に暗い表情へと変化する。
「中尉……聞いているでしょう。私は帝撃を裏切った女ですわよ。カンナや、さくら達が許してくれるわけが……」
「すみれくん。俺が聞きたいのは、君がどうしたいかだ」
「私は……」
一度伏せた目を再びあげる。
「私は帝國華撃団の隊員です」
「よし、わかった。さくらくん達は俺が説得する。帝撃に帰ろう」
大神が毅然と言い放つ。
「でも、お父様にはわからないように家をでなければなりませんわ」
どうやら、このあたりにすみれが帝撃を離れた真の理由が隠されていそうだ。だが、今はそれを追求している時間はない。曲も終わってしまった。大神とすみれも離れざるをえない。
見事なダンスを披露した二人に賞賛の拍手が巻き起こる。
二人は軽く会釈しながら別々の方向へと歩みだした。だが、離れ際に大神は言う。
「すみれくん。君の部屋の窓は?」
「二階の南側の左から二番目ですわ」
「その窓の下でまっている」
そして、大神は広間の雑踏の中に消えていった。
「すみれ」
「お爺様」
神崎重工会長にして神崎財閥総帥、すなわち神崎すみれの祖父である神崎忠義だ。
「今の青年は?」
「海軍の中尉さんですわ」
「ほう。随分と気に入っていたようじゃな」
「嫌ですわお父様。私があんな田舎軍人に? 冗談じゃありませんことよ」
「ははは。そうかい」
「それよりも、私は少々、汗をかいてしまいましたので、着替えさせていただきますわ」
「おお、そうか。早く戻ってこいよ」
すみれは広間を出て、階段を昇ると、自室に戻った。
そして、クロゼットの底から一着の着物を取り出し、それに着替える。
「これも本当に久しぶりだわね」
紫色の振袖に黄色の帯。帝撃時代の私服だ。
それに、鍛練用の長刀も持ちだした。
| 「これでいいわね」
準備はすっかり整った。窓際へ駆け寄ると、出窓となっている窓を開く。 「中尉。どうしろとおっしゃるのですか?」 階下の大神に届くよう、しかし、その他の人間には聞こえぬように、すみれはささやくような大声で言う。
「すみれくん。飛び降りてくれ!」 すみれはすっとんきょうな声をあげた。 「ここは二階ですわよ! 怪我をするに決まってるわ! この神崎すみれにそんな危険をおかせというの?」 だが、大神もひかない。
「すみれくん。俺が必ず受け止める!」 帝劇時代、大神は花組のみんなの期待を裏切らなかった。戦闘では身を挺して隊員達をかばい、絶望的状況でも決して諦めず、マリア以外ほとんど実戦経験のなかった帝撃をして帝都大戦を戦い抜いかせた。 |
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すみれは、まず、長刀を放り投げた。そして、窓枠に足をかけた。
「いきますわよ。大神中尉」
すみれの身体が宙に舞う。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴をあげて落ちてくる。
(あっ!)
すみれが思ったよりも跳んでいる。このままでは、大神の背後に落ちてしまう。
「くっ!」
大神は後ろに倒れこむようにしてジャンプした。タイミングばっちりですみれを受け止めるのには成功したが、彼自身、宙に浮いている。すみれには大神の身体がクッションになるが、大神には何もない。受け身もとれぬまま、大神はしこたまに身体をうちつけることになった。
「大神中尉! 大丈夫ですの!?」
「は、ははは。へ、平気だよ」
実はあまり大丈夫ではないが、取り敢えずはこの場を離れねばならない。
「すみれくん。気付かれないうちに急ごう!」
「はい」
だが、いくらもいかないうちに屋敷内が騒がしくなった。
「どうやら、ばれたようだね」
まあ、あれだけの悲鳴をあげていれば当然かもしれない。
「すみれくん。正門以外に出口はないのか?」
こうなっては、普通に門を通って外に出ることはできない。
「裏門はありますけど、そちらも駄目でしょうね」
「すると、塀を乗り越えるしかないか?」
神崎邱の塀は鉄柵である。荒い格子状となっているそれは、普段の大神なら昇れないこともない。
だが、今はいくら昇ろうとしてもできなかった。
(しまった。腕が痺れて力が入らない)
さっきのすみれを受け止めた時に、肩を強打している。それが原因だ。
「まずいな。このままじゃ袋の鼠だ……」
いつまでも屋敷の敷地内にいてはやがては発見されてしまうだろう。
「中尉。外に出れればよろしいのですわよね」
「ああ。だが、どうするかが……」
「まかせてください」
言うなり、すみれは長刀を構えた。
「神崎風塵流・飛燕の舞!」
すみれの一振りで鉄柵には大穴が開く……というよりも、奇麗に吹き飛ばされた。
「さあ、これでよろしいですわよ」
「……す、すみれくん……」
大神は絶句するしかなかった。