同窓会殺人事件  作・ともゆき(HP)

 太正十二年、八月。
 千秋楽公演を終えた帝國華撃團・花組の一員、真宮寺さくらのもとに一通の電報が届いた。
「金沢やよい」という差出人の名前がある。
「ゲツヱウビ キタノサンノベツサフデ ダウサフカヒヲオコナフ。シユツセキサレタシ カナザワヤヨヒ」
(月曜日、北野さんの別荘で同窓会を行なう。出席されたし 金沢やよい)

 という内容だった。月曜日、といったら三日後である。
「同窓会、かあ…」
 仙台の学校を卒業し、上京して早数ヵ月。考えてみればあれから一度も仙台に帰っていない。これを機会に帰ってみようかと思った。
丁度次回公演まで時間はあるし、久しぶりに友達にも会いたいし…。

 帝國歌劇團支配人室。
 さくらと支配人の米田一基、それから藤枝あやめ、大神一郎の四人がいた。
「同窓会か…」
 大神が言う。
「はい。それでなんですけど、月曜日と火曜日にお休みを戴きたいのです」
「…わかったわ。こっちの方は私たちに任せて、行ってらっしゃい」
 あやめが言う。
「ありがとうございます。それでなんですけど、大神さん、一緒に仙台に行って戴けませんか?」
「え? オレが?」
「はい、みんなに大神さんのこと紹介したいんです。あたしが今、お仕事をしている所の人だ、ってことで」
「…しかしなあ、オレみたいな部外者が」
「いいじゃねえか。行ってくりゃいいだろ?」
 米田だった。
「しかし…」
「おめえ、若い娘一人仙台にやって心配じゃねえのか?」
「…そうね、支配人の言うとおりかもしれないわね。大神くん、あなたも一緒に行ってあげたらどう?」
 あやめも言う。
 大神は一寸考えると、
「…わかりました。じゃ、一緒に行こう。さくらくん」

 月曜日の早朝。上野駅を出た蒸気鉄道は仙台へ向かってひた走っていた。
 二等座席車に大神とさくらが並んで座っていた。が…、
「…なんで君がここにいるんだ?」
 彼らの前の座席に向かい合って座り、駅で買ってきた駅弁をぱくついている眼鏡の少女がいた。李紅蘭である。
「ええやないか。ウチ一度仙台行ってみたかったんや。ちゃんとあやめはんの許しは貰うとるし、二人の邪魔はせんから、ウチも一緒に連れてってや」
 実はさくらが大神を連れて仙台に行く、と聞いた花組の残りの團員(紅蘭、アイリス、マリア・タチバナ、神崎すみれ、桐島カンナ)の五人が集まり「二人だけだとどうなるかわからない」と強硬にすみれが主張し(それほどの仲でもないのだが)、結局誰か一人を監視役として行かせよう、ということになり、紅蘭がその役に選ばれたのだ。もちろん二人の前ではそんなことは言わないし、あやめや米田にも「青葉城を見たいから」という理由をつけて許可を貰ったのだ。
「…どうする、さくらくん?」
「一人でも多いほうがにぎやかでいいじゃないですか」
「それもそうだな」
 本当の理由を知らないから気楽なものである。

「…それでは、明日の十二時にお迎えにあがります」
 そういうと蒸気自動車は正門から離れていった。
「それにしてもすごいなあ…東京でも珍しい自家用車を持っているなんて…」
 大神が感心したように言う。
「あやの家はお父さんが仙台でも有数の実業家なんです。車も早いうちから持ってい
たんですよ」

「さくら! さくらじゃない! 帝國歌劇團の噂は聞いてるわよ」
 ひとりの少女がさくらに話し掛けてきた
「あや? あやなのね? 久しぶり。逢いたかったわあ」
「あたしも逢えて嬉しいわ。……ところでさくら、そっちのふたりは?」
「あ、紹介するわね。その帝國歌劇團で一緒に働いている大神一郎さん。で、こっちの女の子が…」
「初めまして。さくらはんの同僚で李紅蘭言います。よろしゅうな」
「…で、大神さん、紅蘭。彼女があたしの同級生だった北野あや。彼女のお父さんがこの別荘の持ち主なんです」
「初めまして、北野です。東京から来たのでお疲れでしょう。すぐお部屋に案内します」

 部屋に通された大神は窓の外を見ていた。彼らの後からも何人かの人間が別荘の中に入っていった。そのほとんどが女性である。
(確かさくらくんが出たのは女学校だったな……)
 今と違って当時は「男女七才にして席を同じゅうせず」という考えが一般的であり、男女共学なんて尋常小学校くらいしかなかったのだ。このことは今、この場にいないすみれやカンナも同じことが言えるのだが。

 下の階から笑い声が聞こえてくる。どうやら同窓会が始まったようだ。さくらが大神に出席するように勧めたのだが、「部外者が出席しては悪いから」と大神は丁重に断りを入れたのだった。と、
「大神はん、おるか?」
 扉が開き、紅蘭が大神の部屋に入ってきた。
「紅蘭も出席しなかったのか?」
「さくらはんの同窓会にウチが出て水差すのも何やからな。それより大神はん、今からウチと一勝負せんか?」
 そう言うと紅蘭は花札を取り出した。
「どこでも持って来てるんだな、君は」

「大神さん、いますか?」
 ドアの外でさくらの声がした。
「さくらくんかい? ドアは開いてるよ」
「失礼します」
 さくらがドアを開けた。
「…紅蘭もいたんですか。丁度よかった。二人とも下に下りてきてくれませんか?」
「どうしてだい?」
「みんなが大神さんと紅蘭に会いたい、って言うんですよ」
「ほんならいこか、大神はん」
「そうだな」
「あ、それからね紅蘭」
「なんや?」
「写真機持ってきてるでしょ? それ、あたしに貸してくれない?」
「お安いご用や。取ってくるからちょっと待っててや」

 どうやら同窓会は二次会に入ったようで、さくらの同級生という少女は最初に大神が見たときの半分以下になっていた。
 彼女たちの興味は、というとやはり大神と紅蘭、そして歌劇團に集中した。
「…へええ。紅蘭さん、って機械いじりが趣味なんですか?」
「そうなんや。ウチ、そんなに愛敬もないし、あんまり運動も得意やないからな。機械いじりくらいしか自慢できるもんがないんや」
「…紅蘭は紅蘭なりに愛敬があるよ」
「お世辞はええで、大神はん」
 別の少女が、
「そういえば、紅蘭さんって北京生まれですよね?」
「それがどないしたんや?」
「…なんで関西弁なんですか?」
「ああ、これか。ウチ四年前に日本に来たんやけど、最初の二年半、神戸にいたことがあるんや。そのときに日本語覚えたんやで」
 もっともあやめに言わせると、紅蘭の関西弁も少々おかしな所があるそうだが。まあ、神戸にいた時分に京都や奈良に出かけたことが何度もある、というからその辺の言葉がごっちゃになっているのかもしれない。
 そういうことがあったからか、紅蘭は日本の古い建造物に興味を覚え、ここに来る理由としてあやめに言った「青葉城を見たい」と言うのは実は半分本当で、この別荘に来る前にさくらの案内でしっかりと見物を済ませていた。

「…そういえばさくら。すごい人気ね、帝國歌劇團って」
 金沢やよいがさくらに話し掛けた。
「え? そうかな?」
「だってなかなか切符取れなかったもん。ようやく二枚手に入れて、こないだ帝劇へあたし観に行ったんだよ」
「へえ、やよいちゃん観に行ったんだ…。何だ、楽屋に来てくれればよかったのに。そうすればあたし歓迎したのよ」
「行きたかったんだけどさ。さくらはとにかく、他の皆の邪魔しちゃいけないと思って。でも面白かったなあ、なんて言ったっけ。あの背の高い女の人と、その…今あやちゃんが着ているような紫色の着物着ていた人…」
「ああ、カンナさんとすみれさんでしょ」
「そうそう。その二人がお芝居の最中だっていうのにいきなり本気で喧嘩始めちゃうんだもん」
「…先月の『愛はダイヤ』観に行ったんやな、この人…」
 紅蘭が大神に言う。
「…そうらしいな。あの二人、毎日のように喧嘩してたもんな…」
 結局『愛はダイヤ』は千秋楽までにまともに最後まで行ったことがなく、カンナとすみれが必ずどこかで乱闘をやって終わったのだ。観客も観客で劇を楽しみに、というより二人の乱闘を楽しみに来ていたようだった。
 あの芝居を見て『愛はダイヤ』の原作となった尾崎紅葉の『金色夜叉』が「貫一に足蹴にされた宮がキレて貫一と喧嘩を始めてしまう話」と信じやしないか、と大神は毎日心配していたが…。

「あやちゃん、いま何時なの?」
 北野あやが右の袖から懐中時計を取り出した。
 それに合わせたかのように紅蘭も自分の懐中時計を取り出した。
 時計はすでに十二時近くになっていた。
「ええっ? もうこんな時間?」
「道理で少なくなってるはずよねえ…」
 見ると、残っているのは大神たち3人を含めてわずか7人だった。
「今日はもう遅いし…この別荘に泊まっちゃおうか」
「あやちゃん、お部屋あるの?」
「うーん。二階には六つ部屋があるけど…。さくらと大神さんと紅蘭さんで三部屋塞がってるからねえ…」
 と、紅蘭が、
「じゃ、ええわ。ウチ、さくらはんと一緒の部屋に泊まるわ」
「でも紅蘭さん……」
「おんなじ女同士やし、もともとウチは頭数に入ってなかったんや。ええやろ? さ
くらはん」
「あたしは別にいいんだけど…あや、それでいい?」
「紅蘭さんがいい、って言うなら、それでもいいわ」
 ということで、さくらと紅蘭は同じ部屋に泊まることになった。

 大神は不意に目を覚ました。
 廊下の柱時計が二つ、時を告げた。
(午前二時か……)

 その時だった。
「きゃあああああ!」
 下の階から悲鳴が聞こえてきた。
(何だ!)
 大神は跳ね起きると、ドアを開けた。
「大神さん、何ですか今の悲鳴は?」
 隣の部屋のさくらと紅蘭も起きたようだ。二人とも寝間着姿である。
「下の方から聞こえてきたようだ、行ってみよう!」
 そして三人は寝間着姿のまま、下へとおりていった。

 さっきまで少女たちで賑やかだった広間は既に人が集まっていた。
「千里ちゃん、どうしたの?」
 さくらが傍にいた少女に話し掛けた。
「さ、さくら…。やよいが…やよいが…」
 そう言われたさくらは、千里と呼んだ少女の傍らに横たわっている物を見る。
「やよい…、やよい!」
 見ると大広間が荒らされていて、その部屋の中にさくらを仙台に呼んだ本人である、金沢やよいが背中から左胸を刺され、倒れていた。
 さくらを始めとする少女達が中に入ろうとするが
「ダメだ! 現場を荒らすんじゃない!」
 大神が制止した。
「…オレが行こう。いいね?」
 大神がさくらに話しかけると、さくらは無言で頷いた。
 大神は近付いて彼女の脈を取る。
「…大神さん…」
「駄目だ…。もう死んでるよ」
 大神はかぶりを振った。
 その状況にまわりの者はみんな絶句した。
「…とにかくさくらくん。警察を呼ぶんだ!」
「はいっ!」
 さくらが電話機に向かって走り去っていった。
 大神は死体の手に触れる。
「…まだ、死んでそう時間は経っていないな…」
 と、今さっき電話機に向かったはずのさくらが、もう戻ってきた。
「大神さん!」
「どうしたんだ、一体?」
「それが…電話機が壊されているんです!」
「何やて?」
 紅蘭が叫ぶ。
 大神たちは電話機に向かって走った。

「…こりゃあひどい…」
 大神は電話機を一目見るなりつぶやいた。
 この別荘にあるたった一台の電話機が斧か何かのようなもので壊されていたのだ。
「ちょっとウチにも見せてや」
 紅蘭が電話機に近寄る。…が、
「こらあかんわ、徹底的に壊されとる。おまけに電話線も切られとるわ」
「修理できるのか?」
「これだけ徹底的に壊されると、ウチの修理道具だけじゃ直すのはちょっと無理や。それに修理できたとしても、うまくつながるかどうかわからんな」
「…じゃあ、大神さん。あたしたちは…」
 さくらが聞くと大神は、
「…この別荘に罐詰、ということだ」
 そういうと大神は少女たちに向かって、
「いいかみんな、現場はそのままにしておいてくれ。大広間…は死体があるから、そうだなあ…」
「大神さん、隣の食堂はどうでしょうか?」
 北野あやが大神に提案した。
「そうだな。じゃ、そこに集まってくれ。さくらくんと紅蘭も一緒だ」
 こういう時になると、大神の底に流れている帝國海軍軍人の血が騒ぎだすようだ。

 大広間に戻ると、紅蘭がテエブルに置いてあった写真機を取り出した。
「どうしたんだ? 紅蘭」
「警察が来ない、となったらウチらでなんとかするしかないやろ。取り敢えず現場の写真を撮って、証拠を残しとかな。……本当は映写機があればええんやけど、東京に置いてきたからな。それに…」
「それに?」
「このまま放っておいたら、死体もかわいそうや。あらかたの処理を終えたらベッドにでも移したほうがええやろ」
「…そうだな。さくらくん、紅蘭。手伝ってくれ」
「わかったで、大神はん」
「…あの、大神さん」
「何だい、さくらくん」
「一寸着替えてきていいですか?」
「ああ、行ってきなよ」

 紅蘭は死体のまわりの様子を次々に写した。
 その間桜色の上着と赤の袴、といういつもの普段着に着替えたさくらは食堂で、 残った3人の同窓生に話を聞いていた。傍らでは大神が話を聞いている。

 一番最初に聞いたのは奥山千里だった。
 右手に持った水の入った湯飲みがかすかに震えているのを見ると、未だに彼女は動揺しているようだ。それはさくらだって同じである。しかし、さくらは努めて平静を装うと、
「…で、千里ちゃん。あの時間、千里ちゃんは何してたの?」
「…同窓会のあと、あやちゃんが用意した部屋に言ったんだけど、中々寝付けなくて…。その内喉が渇いて、水を飲もうか、と思ってたの。それが2時ちょっと前だったかなあ…。で、廊下に出たのよ。そしたら硝子の割れる音がして、慌てて下へ行ったらあやちゃんと都が来ていて。…そのあとにさくらたちが来たのよ」
「じゃあ、第一発見者は都かあや、ってことになるわけね…」

 次に聞いたのは奥寺都だった。大きな銀縁の眼鏡をかけている少女だった。
「…ってことは都が第一発見者、ってことね」
「うん。突然硝子の割れる音がして目が覚めたから何が起こったのかと思って…。それで下へ降りたら、やよいが倒れてて…。最初は何がなんだかわからなかったんだけど、背中に包丁が刺さっていて、血が流れ出ているのを見てびっくりしちゃって…」
 そう言うと都はずり落ちた眼鏡を右手の中指で直した。
「…それでその後は…?」
「うん…たしか、それからあやが駆けつけてきて、それから千里とさくらたちが来のよ」
「…それでさ、何か怪しい人影とか見なかった?」
「ううん、全然。やよいが倒れているところからあたし、どこにも行かなかったもん」
「…となると、あとはあやか…」

 千里と都の二人は寝間着姿だったが、あやは一人だけ桃色の羽織に袴姿だった。
「あやは寝なかったの?」
「うん。一時ごろまでやよいと二人で後片付けとかやってたからさ…」
「やよいと?」
「うん。それでやよいが先に部屋に戻ったから、あたしも寝ようか、と思って、部屋に戻ったのよ。そしたら硝子の割れる音と悲鳴が聞こえて…。急いで駆けつけたら都がやよいの死体を見つけて震えてて…」
「…って言う事はあやも怪しい人影は見なかった、ってことね」
「うん…」
「…でさあ、都と千里ちゃんがなんか硝子の割れる音がした、って言うんだけど…」
「ああ。あたしもそれ聞いたわよ。多分、廊下の硝子じゃないかと思うんだけど…」

「大神さん、みんなの話を総合すると、これは物取りの犯行かもしれませんね」
「物取りの犯行だって?」
「はい。こちらへ来てください」
 そう言うとさくらは、大神と紅蘭を廊下に呼びだした。
 見ると、一番外に近い窓硝子が一枚破られていた。
 それを見た紅蘭は、それも写真機に収めた。
「犯人はここから侵入して、たまたま起きていたやよいと大広間で出くわして、揉み合いの末にやよいを刺したことになるんですよね」
「うーん、あの3人の話を聞くと確かにそうなんだけどね…」
 大神は何かを考えているようだった。
「大神さん、どうしたんですか?」
「…いや、これが物取りの犯行だとしたら、金沢くんを殺した犯人は何故電話機を壊したりしたんだろう、ってね」
 紅蘭も、
「そうやなあ…。もしウチが犯人やったら、他の人に見つからないようにとっとと逃げるわ。とてもやないけど電話機壊す暇などないで」
「それから金沢くんは背中から心臓を一突きだろ? 犯人がたまたま金沢くんと出くわしたら彼女は体の前から刺されるほうが自然じゃないのか?」
「大神さん、こうは考えられませんか? 犯人は室内を物色していて、たまたまやよいと出くわしてしまって背後からやよいに襲いかかった、というのは」
「うーん。確かにそうとも考えられるけど…。皆が部屋に戻ってから一時間位して、その都、っていう娘が死体を見つけたんだろ?」
「…何かおかしいところでもあるんですか?」
「いや…。オレの思い違いかもしれない」
 さくらと紅蘭の前では言わなかったが、大神は何か心の中で引っかかるものがあった。

 そして3人は応接間に戻った。
「大神はん、あらかた写真撮り終えたで」
 紅蘭が言う。
「ありがとう」
「じゃウチ、今から現像してくるわ」
「現像、って……」
「いつも現像セットは持ってきとるんや。一時間もあれば現像出来るで。ついでにウチも着替えてくるわ」
 そういうと紅蘭は二階に上がって行った。

 大神は今度は一人で現場にいた。
 そして、自分の考えを確かめるかのように辺りを見回す。
「…うーん…」
 大神は廊下に出た。
 犯人によって壊されたと思われる電話機があった。
 大神はそれをじっと見る。
「…待てよ…」
 大神はあることに気が付いた。
「…やっぱり、そう考える方が自然だよな…」

「大神さん」
 いつの間にやらさくらが大神の傍らにいた。
「さくらくん…」
「何してるんですか?」
「いや、別に何もしてないよ。…ところでさくらくん。一寸話があるんだ」
 そういうと二人は大広間へ戻った。

「…さくらくん…」
 大神はさくらに話し掛ける。
「何ですか? 大神さん」
「君にとって、物凄く辛いことを言わなければならない。…オレの考えでは、犯人は君の友達の中にいる」
「何ですって?」
「信じたくないかもしれない。しかし、オレが考えるには、犯人は内部の者以外にありえないんだ」
「…どういうことですか?」
「紅蘭の存在だよ」
「紅蘭の?」
「壊された電話機を見たとき、ある程度の確信を得たんだ。犯人は内部の者だ、ってね。さくらくんも知っての通り、紅蘭の趣味は機械いじりだ。電話線を切ったといった程度の細工だったら、紅蘭が簡単に修理してしまう、と犯人は思ったんだろう。それで紅蘭にも修理できないように徹底的に電話機を壊したんだ。そして、紅蘭の趣味のことを知っているのは、今日同窓会に来て、かつ今この別荘にいる者しかいない」
「でも…」
「信じたくない気持ちはわかるよ。でも、どのように考えても、オレには内部犯、としか推理できないんだ」
 その場は重苦しい雰囲気に包まれた。と、
「あ、あの…大神はん」
 いつも着ている赤いチャイナ服に着替えた紅蘭が大神たちのもとに来た。
「紅蘭、どうしたんだ?」
「…写真、現像できたで」
 紅蘭は大神の前に写真を置く。彼女もその場の雰囲気を察したか、
「あ…う、ウチ、何か飲み物とつまむもの、もらってくるわ」
 そういうとその場をあっという間に立ち去った。
 大神は何気なく紅蘭の現像した写真を見る。
「え…?」
 写真を見た大神はあることに気が付いた。
 写真を手に取ってじっと見る。
 当然当時はカラーフィルムなんて無かったから、写真はモノクロ。大神は同窓会の況を思い出しながら写真を眺めていた。
「だとしたら…あれはそういうことか? …でも、まだ証拠がない…」

 やがて、紅蘭が紅茶の入ったカップとビスケットが乗った皿を持ってきた。
 三人は何も言わなかった。何か一言でも言うのもはばかられる雰囲気だったのだ。
 大神は紅茶の入ったカップを取り上げると口に持ってくる。彼は紅茶や珈琲に砂糖を入れずにそのまま飲む人物だった。
 その時、大神は自分の頭に何か電撃のようなものが走った感じがした。
(…まさか!)
 彼は頭の中で今までの出来事を反芻した。
(…そうか。だとしたら全てが説明がつく。今回の事件は…あの人がやったんだ)
「…わかったぞ!」
「え?」
「犯人がわかったんだ」
「…本当ですか?」
「ああ、すぐに皆を呼んでくれ。オレが今回の事件の真相を皆に話す」

 既に空はうっすらと明るくなり始めていた。
 大神は大広間に全員を集めた。
「…大神さん。犯人がわかったって本当なんですか?」
「ああ。昨夜からずっと考えていたんだが、ようやく結論に達したよ」
「その結論、って何なんや?」
 紅蘭が聞く。
「まず、この事件は物取りの犯行ではない、ということだ。金沢くんが殺された時に部屋の中が荒らされていたが、あれは犯人が、物取りの犯行に見せ掛けるためにやったことなんだ」
「どういうことなんですか?」
「考えてみろ。もし物取りの犯行だとして、たまたま出くわした金沢くんを殺したとしたら、わざわざ電話を壊すようなことはしないはずだろ? 彼女を殺したあとにさっさと逃げるはずさ。それに電話の壊され方が普通じゃなく、徹底的に壊されている。これはどういうことなのか? それは紅蘭、君の存在だよ」
「ウチの存在?」
「君はあの時確か、自分の持っている道具だけじゃ直すのは無理だ、仮に直ったとしてもうまくつながらないだろう、って言ったはずだよね。普通に壊しただけじゃ紅蘭が直してしまう可能性がある。そう思った犯人は紅蘭でも直せないように電話を徹底的に壊して外部と連絡を取れないようにしたんだ」
「まさか大神さん…」
「そう。犯人は紅蘭が機械いじりが趣味だ、ということを知っている人間だ。もっと詳しく言えば、犯人はオレたちの中にいる!」
 しばらくの間、その場は不気味なくらいの沈黙に包まれた。
 やがて紅蘭が、
「じゃあ大神はん。その犯人、って誰なんや?」
「今回の事件の犯人は…」
 大神は少し考えると意を決したように、
「…君だよ。北野あやくん」

「ば、バカ言わないでくださいよ、大神さん! なんであたしがやよいを殺さなければいけないんですか?」
 北野あやが言う。とさくらも、
「そうですよ大神さん。やよいをあやが殺した、って証拠があるんですか?」
「…証拠はある。この写真だよ」
 大神は紅蘭が写した写真を取り出した。
「それは紅蘭の…」
「ああ、紅蘭が撮った写真だ。紅蘭の腕も相当なものでよく撮れていたよ。この写真の中に、北野くんが犯人だという証拠のひとつがあるんだ」
「証拠?」
「北野くん、君は確か皆で集まって、この写真を撮った時には紫色の着物を来ていたよね。この写真が何よりの証拠だ。…オレが海軍士官学校にいた時に撮影班にいた友人から聞いた話だが、紫色のような服を着ると写真では灰色が濃く写るらしい」
 写真に写っている北野あやの服は大神の指摘どおり、濃いグレーの色だった。
「ところが今、君は桃色の服を着ている。桃色のような淡い色の服を着ると写真では灰色が薄く写るはずなんだ。これはどういうことか? そう、返り血を浴びた君が服を着替えた、ということだ」
「バカ言わないでくださいよ。それが大神さんの言う証拠ですか? …あたしはあの服が汚れたから今着替えた服に着替えただけですよ」
 北野あやが吐き捨てるように言った。
 しかし、大神は動じることなく、
「…成程。君はそう言うと思っていたよ。でも君は、自分が犯人だという決定的なもうひとつの証拠を残しているんだ」
「もうひとつの証拠?」
「ああ。…紅蘭、一寸オレの方に来て、背中を向けてくれないか?」
「え? こうか?」
 紅蘭が大神たちに背中を向けた。
「紅蘭が被害者の金沢くんだとしよう。金沢くんは背中から背骨のちょっと左の方を刺されて死んでいた。これが何を意味するかわかるか?」
「何を意味する、って…?」
「つまりこれは…こういうことなんだ!」
 大神は紅蘭の口を右手で塞ぎ、左手に持った万年筆を紅蘭の背中に突き当てた。
「お、大神さん。まさか…」
 大神は万年筆をポケットにしまうと、
「そう、犯人は左利きの人間ということなんだ。北野くん、確か君はさくらくんが時間を聞いたときに右の袖から懐中時計を取り出したよね。右利きの人間だったら右の袖に懐中時計を入れたら取出しにくいだろ? だが左利きの人間だったら右の袖に入れたほうが取り出しやすいからね。この中で左利きの人間は君しかいない。もちろん、君は物取りの犯行に見せかけるために現場を荒らして細工したり、自分が第一発見者になると真っ先に疑われてしまうから、誰かに発見させることを見越して硝子を割ったりしたんだろうね。それに…」
「もういいわ! やめて頂戴!」
「…あや…」
「…そうよ、その通りよ。あたしがやよいを殺したのよ。あたしが犯人よ!」

 その言葉に思わず絶句するさくら。
「…ど、どうして? …だって…だって、あやとやよいは学校でもとても仲がよかったじゃない?」
「…仲がいいから…仲がよかったから許せないことだってあるのよ!」
「…どういうこと?」
「…やよいは…やよいはとんでもない子だったのよ! あたしの大事な人を横取りしたんだから!」
「横取り、って…」
「…あたし、来年の春結婚することが決まってたの。…相手はお父様の会社の知り合いの息子さんで…あたし、とても幸せだった。それもつい、この間までだったけど…」
「…この間まで?」
「そうよ。…あたし、その人をやよいに紹介したの。そしたら…、それからしばらくして彼が急にあたしに冷たくなっちゃったのよ」
「…冷たくなった?」
「…それからしばらくして彼が婚約を破棄したい、って言い出したの。理由を聞いても彼は答えなかったから、最初はわからなかった。…でも、つい最近わかったの。やよいが…、やよいが彼のこと気に入っちゃって、彼と付き合い始めていたのよ。…そして、婚約までしたのよ!」
「…まさか…やよいが…」
 あやは窓辺に向かって歩き、硝子を背にして立った。
「あたしだって信じられなかったわ。だってやよいのこと親友だって思ってたもの。…でも本当のことを知ったとき、やよいを許せなかった。あたしはハラを括ったわ。こうなったらあいつを…、って。この同窓会を企画したのはあたしだった。やよいは何の疑いも無く別荘を提供してくれたわ。みんなが集まっているところで物取りの犯行に見せかければ事件をうやむやに出来るかと思ったんだけど、大神さんという外部の人間がいたことで計算が狂っちゃったけど…」
 周りを重苦しい雰囲気が覆った。

 と、その時、あやが突然、口を覆った。そして膝から崩れ落ちる。
「あやっ!」
 あやの指の間から血が流れ出ている。
「まさか、毒を飲んだんか?」
 紅蘭が叫ぶ。やよいは窓辺へ向いたその一瞬の隙をついて毒を飲んだらしい。
 さくらと紅蘭が近寄る。
「さくらくん、毒を吐かせるんだ!」
 大神が言う。
「はいっ!」
「い、いいのよ…。これでいいのよ、さくら…。あたしが…やったことがわかった
ら…こうするつもりだった…から…」
「な、何言ってるのよ!」
「あ、あた…し…、ひと…人として一番やってはいけないことをやったのよ」
「で、でも、こんなことしなくたって…。生きていれば罪を償うことだって…」
「一生かかっ…たって償いきれるもの…じゃ…ないも…の…。それに…助か…りたい…なんて…思って…ない…わ…」
 あやが倒れた。
「あやっ!」
 紅蘭があやの左手の脈を取る。が、すぐにかぶりを振った。
「こんなことって…こんなことってないでしょお!」
 さくらがもの言わぬあやの遺体にすがって泣き出した。
 紅蘭も眼鏡を外すと目を拭う。
 周りの少女たちもみんな泣いていた。

 帰りの蒸気鉄道の中。
 さくらはさっきから頬杖をつき、窓の外を見ていた。
 大神も紅蘭も、さくらには何も言えなかった。
「…大神はん」
 紅蘭が大神に言う。
「…なんだい?」
「…さくらはん、相当ショックやろね」
「…ああ、友達があんなことになってしまったんだ。ショックを受けないほうがどうかしてるよ」
 と、さくらが二人の方を向くと、
「…な、何言ってるの! 大神さんも紅蘭も何を気にしてるのよ。あ、あたし、全然気になんかしてないわよ。あんな友達がいた、なんて思うと恥ずかしくなってくるわ。恥ずかしくね…」
 そう言うとさくらはまた黙り込んでしまった。
 大神も紅蘭も知っているのだ。今回のことに関して一番気にしているのは誰でもない、さくらだ、ということを。


〈おわり〉



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