明冶二年、五月十八日。榎本武揚、降伏。箱館戦争は終結した。
ほとんどの幹部は投獄され、処刑を待つ身であったが、黒田了介や、大神一彦らの尽力もあって釈放。のち、政府の要職についた。箱館政府の幹部で戦死したのは土方歳三、ただ一人だった。
土方亡き後の新撰組を率いた真宮寺竜馬は四稜郭を守っていたが、戦争の終結まで動くことは無かった。その後、一時は東京に護送されたものの大神一彦の嘆願もあって釈放。桂や奉公人たちの待つ真宮寺家に戻っていった。
それから時は流れ、明冶十年 東京・警視庁……
警視庁の要職についていた大神一彦と佐伯忠康の二人はある事態を受けて頭を抱え込んでいた。
「……困ったことになったな。」
「全くだ。」
明冶政府に対する不平を募らせていた士族たちの怒りが限界に達し、鹿児島方面で不穏な動きを見せている。後に言う、西南戦争が勃発しようとしていたのだ。挙兵する人数は一万や二万ではなさそうだ。
政府に不満を持った士族は多い。この西南戦争以前にも、明冶七年に佐賀の乱。九年には熊本で神風連の乱、福岡で秋月の乱、山口では萩の乱が相次いで勃発していた。これらがようやく片付いたと思えば、今度は西南戦争。しかもこれまでの士族の反乱とは桁が違う。
無論、陸軍は出動するだろうが、それだけで勝てるとは思えない。
「桂さんなら、どうするだろうか・・・・」
このとき、桂小五郎(木戸孝允)は死の床にあり、この直後に死亡している。
「……どうする、大神。」
「……藤田警部補を呼べ。」
大神が呼び出したのは抜刀隊に所属している藤田五郎警部補だった。しかし、その正体は新撰組三番隊組長・斎藤 一である。京都でも顔を合わせたことのある大神や佐伯は、藤田が斎藤 一であることは知っていた。
「鹿児島の一件は聞いたか?」
「ああ、聞いた。」
「……まず尋ねるが、君はどっちに付く?西郷か、俺達か。」
「……俺は新撰組だ。新撰組は義士だ。忠義の士は、上官を裏切る真似はしない。」
「よく言った。では……君はこの一件にどう対処すべきだと思う?」
「抜刀隊を出動させても、情勢に変化は無いだろう。そうなると、新たに部隊を編成する必要がある。」
しかし、部隊を新しく設けるとなると、それなりの時間と費用がかかる。
「抜刀隊や警官の中から、忠義を重んじて、なおかつ腕の立つ奴らを集めてくれ。それから、資金も必要だ。」
「資金は、花小路さんたちに頼み込む以外に無い。他に必要なものは?」
「必要な人間だ。」
その日、斎藤は旅姿に着替えて東京から早馬を飛ばして北へ向かった。数日後、仙台に到着。真宮寺家を訪ねた。
斎藤は箱館戦争で生き延びた竜馬を新たな部隊の隊長に据えようと考えたのだ。しかし、屋敷には竜馬の姿はなかった。権太によると、裏山の小屋に居ると言う。
険しい山道を登って中腹にある小屋に入ってみたが、誰もいない。しかし、斎藤は小屋の中央にある囲炉裏の前に座した。
「俺だ。出てきてくれ、竜さん。」
無人の小屋の中でそう言ったが、周りを見回しても誰もいない。しかし、どこからか声が聞こえてきた。
『……斎藤……こんな所まで訪ねてきて、一体何の用だ?』
「……仕事の話を持って来たのです。」
『ほお、久しぶりに会ったというのに、早速仕事の話か?……で、誰か斬るのか?』
「……西郷を……西郷隆盛を斬る。」
すると、天井裏からスーッと木の葉が舞い落ちるように、竜馬が降りてきた。
「西郷を殺せと?……フフ……それがどうしたというのだ?」
「嬉しくないのですか?……我ら新選組を賊軍に陥れた西郷隆盛を斬れと言う命令ですぞ?」
「この十年の間で、幾人の人材が逝ったと思う? 大石鍬次郎をはじめ、河上彦斎、江藤新平、前原一誠は処刑され、村田蔵六(大村益次郎)も殺された。そして桂小五郎も死の床にある。今、俺たちが西郷を斬らずとも、そのうち死ぬ。大久保や伊藤とて同じ。いずれ、殺されるだろうよ。」
「……竜さん。これは、新撰組を官軍にするために考えたことですよ。既に各地の新撰組隊士たちには連絡をとり、今、東京へ向かっているのです。」
斎藤は出発前に各地に散っている新撰組の生き残りたちに、檄文を発していた。杉村義衛(永倉新八)、島田 魁、尾形俊太郎、相馬主計、中島 登、そればかりか、丹波に潜伏していた松原忠司とも連絡をとっており、彼らは続々と東京に集結しつつあった。
「竜さん、頼みます。どうか、東京へ来てください。この通り!」
斎藤は竜馬に向かって深々と頭を下げた。
しばらく考えたこんだ竜馬は……
「……わかった。斎藤……俺も、新撰組を賊のまま終わらせたくはないからな。」
翌日、東京へ発つ事になった竜馬は屋敷の裏にある墓地に参った。
「……トシ、行って来るよ。」
竜馬の前にあるのは、何も書かれていない、小さな墓石。
その下には箱館より持ち帰った土方歳三の遺骨と、誠の旗が永遠の眠りについている。
「……お前と近藤さんの作った新撰組だ。決して、その名に恥じるような真似はしねぇよ。」
振り返ってみると、桂が霊剣荒鷹を持って立っていた。
「桂さん……」
「旦那様……行ってらっしゃいませ。……ご武運を、お祈り致しております。」
「……桂さんも、お体に気を付けて。……必ず戻ってきます。」
表で待っている馬車に乗り込み、竜馬は権太を伴って東京へと向かう。桂や奉公人たちは馬車が見えなくなるまで見送っていた。
西南戦争において、竜馬は『明冶新撰組』という部隊を率いて熊本城に入城、土佐藩の谷 干城と共に西郷軍を迎え撃った。
永倉新八、斎藤 一、島田 魁、尾形俊太郎、相馬主計、中島 登、松原忠司といった旧新撰組の生き残りたちのほかに、高台寺党の鈴木三樹三郎、篠原泰之進らも加わり、さらに中国に渡っていた原田左之助、大坂で療養中だった山崎
烝も加わった。平隊士の中には真宮寺家の用人・岩井権太郎がいて、さらには後に抜刀隊に入隊し、帝撃初代総司令となる若き米田一基の姿もあった。
西郷軍の進路上で待ち伏せて奇襲しようと言う大神一彦の意見を退け、竜馬の打ち出した作戦は……
「焼き払う!?」
「そうだ。熊本城には大型の櫓が多すぎる。よって、西郷軍が敬遠して近寄ってこない可能性がある。この宇土櫓を残して、大小天守、裏五階、飯田丸五階、数寄屋丸五階、全ての大型櫓を焼き払え。ただし、あくまでこれを事故に見せかけろ。」
「事故に?」
「そうだ。……心配無用。熊本城は難攻不落の名城だ。真の名城とは、石垣さえ無傷なら、いかなる敵をも阻むものだ。」
その夜のうちに、熊本城の大型櫓は宇土櫓一基を残して全て焼き払われた。徹底した情報操作により、事故による火災という噂が広まり、やがては西郷軍の耳にも届いた。
東京を目指して進撃していた西郷軍は一気に熊本城に突撃した。石垣だけになった城など容易く落とせると思っていたのだった。
しかし、西郷軍は城内に突入するどころか、新撰組が持って来たガトリング砲をはじめとする銃砲攻撃により、城門の前で釘付けにされてしまったのだ。石垣をよじ登ろうにも、熊本城の石垣は上に行けば行くほど勾配が急になり、最上部はほとんど直角に近くなるため、のぼることが出来ない。西郷軍は城門を突破する以外に城内に突入する手段がなく、全兵力をここに集中させた。
宇土櫓から戦況をじっと見ていた竜馬は、いつもの戦法を展開した。
「島田!」
「はっ……いつものように……ですな?」
「そうだ。抜かりは無いな?」
「万事、整えております。」
島田は松原忠司、原田左之助、篠原泰之進といった精鋭を引き連れて密かに城を出て、西郷軍の背後に回って突撃した。会津母成峠、松前城攻撃、箱館二股口などの戦いで、土方や竜馬が見せたこの戦法。西郷軍には戊辰戦争の生き残りが多く居る。これが新撰組特有の戦い方だと思い出して、不安になる者たちが出始めた。
そして、その連中に追い討ちをかける事態が発生した。
「今だ、旗を掲げろ!!」
熊本城内に一際目立つ旗が掲げられた。朱に誠一文字の旗は、新撰組の旗印。
「し、新選組だぁっ!!」
西郷軍は明らかに浮き足立った。そして次に城門が開かれ、城内から段だら羽織を身にまとった明冶新撰組の隊士たちが一斉に打って出てきた。岩井権太郎、米田一基ら若き隊士たちもこの中に居た。
しかし、二人とも戦闘経験が浅い。隙を突かれてまさに斬られかけたが、斬られたのは西郷軍の兵士。そしてその兵士を斬ったのは竜馬だった。
「権太! 訓練通りにやれ!」
「旦那様申し訳ございません!」
「米田! オメェもだ、しっかりしろぃ!」
「は、はいっ!」
やがて、彼らの前に巨大な影がさした。それは大神の乗る人型蒸気の影だった。
「真宮寺! 待たせたな!!」
「おお、大神! そいつの力を存分に見せてやれ!」
「任せとけ!!」
アームストロング砲などとは比べ物にならない破壊力に、若き米田一基は度肝を抜かれていた。
「こんなものが……一人の力で……」
「よく見ておけ、米田。あれこそが最強の兵器・人型蒸気だ。」
後に帝國華撃團初代総司令となる彼と、人型蒸気の初めての出会いであった。
結局、西郷軍は熊本城攻撃に人員と時間を無駄に費やしてしまうハメになり、作戦を兵糧攻めに切り替え、必要最低限の兵士を残して主力部隊は北上を再開したのだった。
一方、西郷軍本隊もまた田原坂で苦戦を強いられていた。そうこうしている内に、山川中佐率いる援軍が熊本城に到着。そして新撰組は鹿児島へ進撃を開始した。
しかし、鹿児島での戦闘は熾烈を極めた。竜馬は乱戦の最中、額を斬られる重傷を負って戦線を離脱。以後の指揮は副長の大神が引き継いだ。さらに、山崎 烝と尾形俊太郎は銃弾に倒れ、原田左之助は行方不明。松原忠司も左腕を失ってしまった。平隊士たちにも多くの犠牲者が出た。
西南戦争の終結後、全隊士230名のうち、生き残ったのはたったの78名であった。
鹿児島や熊本城で彼らが戦ったという正式な記録はなぜか残されていない。それは新撰組の名を賊軍のままにさせておくための明冶政府の陰謀だったのだろうか。竜馬たちの努力もむなしく、新撰組の功績は完全に抹消されてしまった・・・・
竜馬はこの鹿児島の戦を真宮寺一族以外の者には決して語らなかったという。
竜馬は鹿児島の戦いを最後に、自らの剣を封じ、明冶三十九年に他界するまで、一度も抜くことは無かった。
桂との間には一馬、鉄馬という二人の男子を設けている。一馬は本家を継ぎ、鉄馬は広瀬家(分家)の養子となった。荒鷹はその後、一馬からその娘、さくらへと受け継がれた。
ここで、話は再び太正の時代に戻る。
「そうか……そういう経緯があったのか。……土方歳三の遺体がどこに埋葬されているのか、謎になっている理由がわかったよ。」
大神の祖父・一彦は幕末のことや、熊本城の戦闘は生涯誰にも語る事無く他界している。それゆえ、大神はこのことをまったく知らなかった。
「まさか、俺の祖父とさくらくんのお爺さんが戦っていたなんて……知らなかったよ。」
「あたしも、まさか大神さんのお爺様だったなんて、思いませんでした。」
「……幕末の動乱では、あまりに多くの人命が失われた。爺さんは、あの悲劇を思い出したくなかったんだろうな。」
大神は新撰組の小さな墓石の前にかがみ、静かに手をあわせた。さくらもまた、続いて合掌する。
「時代と言うのは、人が死ななければ生まれ変われないものなのだろうって、お爺様はよくおっしゃっていたそうです。」
「……これまでの歴史を見る限りでは、その通りだな。」
「この先にも、大きな戦いがあって、大勢の人が犠牲になって、時代が変わっていくんでしょうね。」
「……」
時は太正……
まさに激動の照和を間近に控えたこの時……大神とさくらの二人は、その先に待っている大戦を予感していたのかもしれない。
時代というものは、あまりにも早く移り変わり、そして人を犠牲にして初めて、変わることが出来る。この先の大戦で、日本は再び生まれ変わるが、やはり、多くの犠牲を伴ってしまうことになる。
同じような幕末の動乱期において、忠義一つに生きて、剣を振るい、最後の最後まで戦い続けた誠の武士たち、新撰組。その名が歴史上から消えることは無く、その武勇伝は後々の世まで語り継がれることだろう。
幕末の京都、春まだ浅き静かな壬生の村に突然現れた狼たちの咆哮は、21世紀になった現代でも日本中に響き渡っている……
終
真宮寺竜馬___ 野 沢 那 智 真宮寺 桂 ___ 池 田 昌 子 近藤 勇____ 夏八木 _勲_ 沖田総司____ 涼 風 真 世 |
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鈴 置 洋 孝 原田左之助___ 上 田 祐 司 山南敬助____ 池 田__勝 |
中 村 大 樹 藤堂平助____ 子 安 武 人 井上源三郎___ 左右田 一 平 |
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岩井権太郎___ 緒 形 恵 美 |
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橋 本 晃 一 河合耆三郎___ 草 尾__ 毅 大石鍬次郎___ 田 中 秀 幸 |
高 木__ 渉 尾形俊太郎___ 江 原 正 士 吉村貫一郎___ 井 上 和 彦 |
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大神一彦____ 宮 内__ 洋 佐伯忠康____ 堀__ 秀 行 花小路頼恒___ 山 寺 宏 一 |
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小 林 清 志 坂本龍馬____ 置 鮎 龍太郎 松本良順____ 磯 部 勉 |
古 谷__ 徹 楢崎 龍____ 榊 原 良 子 佐々木只三郎__ 緑 川__ 光 |
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千葉佐那____ 皆 口 裕 子 千葉定吉____ |
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伊 東 四 朗 平間重助____ 玄 田 哲 章 谷 三十郎___ 堀__ 之 紀 清河八郎____ 地 井 武 夫 榎本武揚____ 大 塚 周 夫 河上彦斎____ 神 谷__ 明 岡田以蔵____ 山 口 勝 平 |
新見 錦____ |
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米田一基____ 田 中 真 弓 |
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立 木 文 彦 野 島 健 児 三 木 眞一郎 二 又 一 成 麦____人 家 弓 家 正 宮 本__ 充 |
辻__ 親 八 糸____博 堀 川__ 亮 山 崎 たくみ 古 田 信 幸 増 田 ゆ き 辻 村 真 人 |
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