第七幕
「燃える命




 平城11年 10月 首都・東京
福岡から戻った明日香たちはその後も神龍軍団と戦闘を続ける傍ら、舞台公演もこなしてきた。その日も彼女たちは舞台公演の稽古を終えて、サロンに集まっていた。

「キツイなぁ……舞台に戦闘……体が二つあっても足らへんわ。」

 舞台スタッフや技術スタッフも兼ねているゆり子は他の隊士たちよりも疲れが溜まっている。

「ゆり子はスタッフと掛け持ちだからね、ボクたちよりも疲れてるよね。」
「本当に……ゆり子には苦労をかけるわね。」
「いやぁ、この際スタッフに専念させてもらいたいとこやねんけどなぁ。」

 しかし、女優としてのゆり子の人気も大したもので、一基や和馬もなかなかスタッフに専念させてやることが出来ない。

「そういえば、明日香は?」
「あれ?……さっきまで居たけど……」

 上がったはずの明日香はどこにも居ない。そしていつもならここに居る大鳥も……



 二人は中庭に居た。木刀を構えて向かい合っている。

「…………」
「…………」

 二人の目は真剣そのもの。しかし二人ともそのまま動かない。そのとき、二人の間に一枚の木の葉が舞った。すると、二人とも同時に突進する。

「やあぁぁぁぁっ!!」
「でやあぁぁぁっ!!」

 ガキイイイイィィィッ!
 二人の木刀がぶつかり合う音が中庭に響き渡った。

「……見事だ。」
「大鳥さんこそ。」

 お互いに木刀を納め、ベンチに座って汗を拭く。

「ここに来て、ますます腕を上げたな。」
「だとしたら、大鳥さんのご指導のお陰ですよ。」
「ご指導ね……知ってるよ、君が毎朝ここで居合いの練習してるのを。」

 明日香は毎朝中庭に出て居合いの稽古をしている。早起きの大鳥とメイリンぐらいしかそのことを知らない。そんなことを話していると、そこへさつきがやってきた。

「大鳥隊長、明日香。副司令がお呼びよ。作戦指令室に来て。」

 大鳥のことを『隊長』と呼び、和馬のことも『副司令』と呼んだ。そして行く先は作戦指令室。劇団員としてではなく、東京華撃團隊士としての呼び出しである。
 作戦指令室に行くと、和馬と浅井竜司の姿があった。

「嵐龍!!」

 嵐龍が生きていたと思った大鳥は木刀で竜司に斬りかかった。

「待て、大鳥!彼は本物だ。」

 和馬の制止で大鳥は寸前で刀を止めた。

「本物?」
「陸上自衛隊、浅井竜司三尉です。よろしく。」
「そ……そうか。失礼……」

 嵐龍が変装していた時とは口調がまるで違う。礼儀正しく、落ち着いている。

「本題に入るぞ。」

 スクリーンに映し出されたのは東京湾の海底の映像。不鮮明な画面に不思議な物体が映っている。

「私が拉致された際、敵のアジトからこっそり持って来たビデオテープです。これは東京湾の海底。1989年に行われた海底調査の映像です。」
「これが東京湾?」

 そこに映っているのは明らかに人工物だ。都市のような、城のようなものが東京湾の海底に眠っている。

「これは?」
「聖魔城。……『大和』とも言われている。」
「聖魔城?」

 かつて帝國華撃團は葵叉丹と戦った折、浮上した城に突入し、葵叉丹を倒した。その城が聖魔城であり、降魔の巣とも言える場所だ。

「真木教授によると降魔はここから生まれるそうだ。ゆり子が数年前に書いた『降魔誕生』でも、ここのことが書かれている。」
「敵がここの映像を入手し、降魔を作戦に投入してきたということは……」
「神龍軍団は既にここを掌握している、そう考えるのが妥当だ。」
「なら、海上自衛隊にここの攻撃を……」

 大鳥が言い終わらないうちに、和馬が口を開いた。

「しかしまぁ、ダメだろうな。」
「ダメ?……どうしてです?」
「……こういう詩を知っているか?『すぐで半年、良かろで二年、審議、審議で五、六年。』」
「……・?」
「お役所に頼んでもそれだけかかるっていう誰かが詠んだ詩だ。」

 既に聖魔城の破壊を政府に打診はしたが、湾内を航行する船舶の安全確保や周辺自治体への通達など、手間がかかるため、彼らの腰は予想以上に重い。



 その頃、一基と真木教授はある会議に出席していた。
 しかしその部屋は暗く、相手の顔を見ることは出来ない。これは賢人機関と呼ばれる組織の会議である。東京華撃團の活動資金はそのほとんどが賢人機関から出されている。

『君らは再三、東京湾の底に沈む聖魔城とやらを爆破するように申し出ているな?』
「はい。そこが降魔の巣であることは間違いありません。早急な爆破を望みます。」
『東京湾内でそんな大規模な爆破を行えば、どのような事態になるか、君らでもわかるだろう?』

 もちろん、海底の建造物を爆破するのだから、使用する火薬の量は想像を絶する。当然、沿岸地域には津波による被害が出る。

「降魔による破壊とどちらが大きな痛手となるか、あなた方にもわかるはずです。」
『真顔で皮肉を言うか。まぁいい。それより、例の少女の件だが……・』
「変更はありません。これからも彼女は東京華撃團の隊士です。」
『わかるだろうが、敵が大攻勢を仕掛けてきた場合、躊躇することのないように……・今日の会議はこれまで。』

 会議場を後にした二人はタクシーを拾い、劇場へ向かう。一基は疲れがたまっているようだ。

「……お疲れになったでしょう。」
「あぁ…こんな体が役に立つのならいくらでも使ってくれ…と言いたいところだが、連中の相手をするのはかなりしんどい。……時に運転手さん。アンタ、降魔が来たらどうするね?」
「降魔?……あぁ、化け物のことですか。なぁに、東京華撃團ってのがコテンパンにのしてくれますよ。」
「……しかし、東京湾の底には何千という降魔が居るって話じゃないか。」
「それも噂でしょう?あんな化け物が何千匹も居るわきゃないじゃないですか。もっとも、居てもらっちゃぁ、困るんですがね。」

 東京にいながら、まるで他人事のようにしゃべる運転手。
 一基は失望しながら、外を見る。往来を行き来する人々は足早にどこかを目指す。

「……徒然草にあったな。『(人は)蟻の如く集い、東西に急ぎ南北に走る。』人間はいつの時代もただ目先のことを追うように出来ているらしいな。」

 一般市民の誰もが「降魔のことは東京華撃團や自衛隊が何とかしてくれる」と考えているのだと、一基は思った。



 劇場に戻ると、事務局で仕事を終えたみずきと談笑している明日香がいた。二人とも一基に気付くと……

「お帰りなさい、支配人。」
「おぅ……ただいま。」

疲れがたまっていて、声に元気が無い。

「支配人?……大丈夫ですか?」
「あ?……何が?」
「なんか……だいぶお疲れのようですけど……」
「まぁな……」

 口数も少ないまま、一基は支配人室へ消えていった。だが、一基はそれほど疲れているわけでもなかった。ただ、明日香と口を利きたくなかったのだ。賢人機関の一人が口にした『例の少女』、それは明日香のことなのだ。いま一基が一番悩んでいることは、明日香のことなのである。



 その頃、神龍軍団の本拠地では龍皇が飛龍と翔龍を呼んでいた。
 作戦の最後の打ち合わせが行われていたのだ。

「飛龍、降魔の数は十分だろうな?」
「は、聖魔城より続々とこちらに集結しつつあります。その数は既に100を超えております。」
「よし……これより、『黒い稲妻』作戦を開始する。」

 龍皇の命令により、飛龍、翔龍、そして降魔の大群が姿を消した。



 深夜、劇場内に非常警報が鳴り響いた。
 すぐに全隊士、一基、和馬、さつき、大河が作戦指令室に集合した。

「諸君、楽にしたまえ……と言いたいところだがそうもいかん。由々しき緊急事態だ。衛星が降魔の動向をキャッチした。18匹の降魔が地下を移動している。だが悪いことに、降魔は3匹ずつ分散して行動している。」

 スクリーンに東京の地図が投影され、さらに降魔の出現地点が表示された。

「浅草、上野、築地、深川、新宿、渋谷………6箇所に3匹ずつ出現した。この作戦の意図は不明だが、時間が時間なので市民の避難が遅れている。そのため、一刻も早く迎撃せねばならない。真宮寺副司令。」
「幸いにも降魔は3匹ずつしか出現していない。よって、各地に一人ずつ派遣し、降魔を各個撃破せよ。……藤枝副司令、大河さん、何か付け加えることは?」
「私からは何も。」
「……では一言だけ。」

 大河がゆっくりと立ち上がった。

「今回の攻撃は、明らかにこれまでの攻撃とは違う。敵は何かを企んでいる。君らが出払った隙に何らかの行動を起こす可能性もある。各員、降魔を撃破し次第、すぐに帰還するように。」

 やがて大鳥たちはバラバラの目標に出撃していった。
 大鳥は浅草へ、明日香は上野へ、弥生は深川へ、メイリンは築地へ、ゆり子は渋谷へ、キャサリンは新宿へ向かう。

 やがて、各隊士から戦闘開始の連絡が入った。1対3だが、戦闘経験を積み、激しい戦いを乗り越えてきた者たちだ。各地から降魔撃破の報告が入る。

『こちらセイバー、降魔は3匹とも撃破。』
『スワンです。敵を殲滅しました。』
『リカバリー、任務完了や!』
『フェニックス、降魔を倒したよ!』
『ライトニング、Mission completed. Return to Base.』(作戦終了、帰還する)

 降魔を撃破した隊士たちは直ちに引き返してくる。

「……明日香は?」
「まだ交戦中のようです。」
「連絡は?」
「それが……繋がりません。」
「ジャミングか?……大鳥につなげ。」

 マイクをとり、そして大鳥に連絡をとった。

「セイバー、イーグルと連絡が取れない。至急、上野に急行、状況を確かめてくれ。」
『了解、これより上野に向かいます。』

 大鳥機はすぐさま針路を反転。上野へ向かう。
 その頃、明日香は中型の降魔4匹と交戦、苦戦を強いられていた。先に出現した小型降魔3匹は倒したが、その後中型降魔が続いて出現。既に機体も損傷し、明日香自身も霊力を相当使っていた。

「くぅ……こちらイーグル!本部、応答願います!!」

 ジャミングによる妨害電波で、本部との連絡は一切取れない。

「このままじゃ、やられる!……こちら、イーグル!お願い、誰か応えて!!」

 降魔の攻撃は激しさを増している。明日香は反撃できず、回避するだけで精一杯だった。

「しまった!」

 一瞬の隙を突かれて降魔の一撃がモロに命中。明日香機は地面に激しく叩きつけられた。その衝撃で明日香はどこかに頭をぶつけてしまい、傷を負った。

「こ……ここまで……なのかな……」

 降魔が止めを刺そうとしたそのとき……
 ドドドドドドド………!!
 マシンガンによる弾丸の嵐が降り注ぎ、降魔の一匹が撃破された。撃ったのは白い新武、大鳥機である。

「お……大…鳥……さん……」

 大鳥機の姿を見ると、安心したのか、明日香はそのまま気を失ってしまった。

「イーグル!大丈夫か!?……応答しろ、イーグル!!」

 いくら呼びかけても、明日香は気絶しているので応答はない。

「仕方ない……こちら、セイバー。本部応答願います!」

 ガァーッ!ピィーッ!
 激しい雑音で通信機がまったく使い物にならない。

「ジャミングか、くそっ!」

 降魔と大鳥が戦闘を開始したが相手は特に選抜された精鋭の降魔。3対1では勝ち目が無い。さすがの大鳥も回避するのがやっと。反撃することが出来ない。

『イーグル!しっかりしろ、イーグル!』

 何度呼びかけても、明日香はまだ気を失っている。

『イーグル!………起きろ、明日香!!』

 ジャミングで通信が不通とはいえ、つい拡声器で明日香の名を、しかも呼び捨てで叫んでしまった。

「はっ!?」

 それが聞こえたのか、明日香は目を覚ました。

「大鳥さん……しまった!」

 ハッチを開けて外に飛び出し、手を空にかざした。

「荒鷲ぃっ!!」

 ピイイィィィィィィッ!!
 初陣の時と同じく、炎に包まれた鳥が飛来。やがて三つの球に分裂した後、再び一つになった後、剣になった。

「荒鷲、力を!」

 剣を抜き、大鳥と降魔の間に割って入った。突然の乱入に驚き、降魔も攻撃をやめた。

『明日香君!?』
「大鳥さんを……大鳥さんを傷つけさせるわけにはいかない!私が相手よ!!」
『よせ、生身では太刀打ち出来ないぞ!!』

 やがて荒鷲と明日香自身も桜色の光を放ち始めた。

「破邪剣征………桜花放神!!」

 その瞬間、まばゆい光が荒鷲から放たれた。新武のモニターは真っ白になり、大鳥も思わず目を覆った。そして光が消えた後、降魔3匹の姿は無く、明日香が刀を振り下ろした姿勢のまま立っていた。

「い、今のは……」

 ハッチを開け、大鳥も外に出て明日香のもとに向かう。

「大鳥さん、ご無事ですか?」
「あ、ああ……」
「よかった……大鳥さんに怪我が無くて……」
「俺なら大丈夫だ。それより……」

 大鳥は戦闘服のポケットから包帯を取り出し、明日香の頭に巻いてやった。

「怪我をしたのは君のほうだ。」
「すみません……私が未熟なばかりに……」
「……(未熟なものか。生身で降魔を3匹も始末したぐらいなんだから。)」

 別の声が聞こえてきたのはそのときだった。

『見事だよ、吉野明日香。』

 龍皇の声だ。その直後、煙の中から龍皇が出てきた。だが、龍皇は武器を何も持っていない。丸腰で二人の前に現れたのだ。

「お前は龍皇!」
「フフフ……さすがだ、生身で降魔を3匹も倒すとはね。」
「この東京に降魔を分散して出現させて……一体何を企んでいる!」

 しかし龍皇は大鳥の声など聞こえていないかのように、勝手に話を続ける。

「特別に選抜した降魔だったんだがね。……一人の人間も倒せんとは、だらしないことだ。」
「答えろ!何を企んでいる!!」
「……・ふむ……」

 バシュウウウゥゥゥッ!
 龍皇が大鳥を睨んだその瞬間、衝撃波が大鳥を襲い、吹っ飛ばした。

「少し静かにしてくれないか?話の途中なんでね。」
「大鳥さんっ!おのれぇっ!!」

 怒り心頭に達した明日香は龍皇に斬りかかったが、見えない壁に阻まれ、斬り付けることが出来ない。

「なにっ!?」
「無駄なことだ。……さて、どこまで話したかな?……そう、降魔には失望させられたが、君は私の期待に見事に応えてくれた。感謝するよ、吉野明日香。……いや、藤堂明日香くん?」
「!?」

 その名を聞くと、明日香の表情が変わり、剣を下ろした。

「なぜ……なぜそれを……」
「フフフ……私を忘れたのか。無理もない。君はまだ小さかったからね。」
「……・あ……あぁ……」

 明日香の脳裏に幼き日の悪夢が蘇ってきた。
1982年(照和57年)の冬。冷たい風の吹き荒れる中、一軒の家が炎上している。それを少し離れた所から見ている男。当時はまだ一介の自衛官だった大神一基である。

『明日香、今は忘れろ。』

 腕の中で震えている幼い少女に、一基はそう言った。その少女こそ、当時3歳の明日香であった。

「……お前……お前はあの時の……おのれぇっ!!」

 再び斬りかかるが、やはり防御壁に阻まれて近付くことも出来ない。

「ハハハ……あの時、まさか大神一基が君を連れ出していたとはね。だがもはや君を助けに来る者などいない。今日こそ君を両親の所へ送ってやろう。同じ私の手によって!」

 龍皇が手をかざし、妖気を集中し始めた。
 先ほど大鳥を吹き飛ばした衝撃波と違い、今度は妖力波を放とうとしているのだ。

「死ね、藤堂明日香!」

 バシュウウウウウウゥゥゥッ!
 龍皇が妖力波を放った。もはや回避することも出来ず、明日香はこれまでかと目を閉じた。しかし……

「……?」

 何の痛みも来ない。恐る恐る目を開けてみると、明日香の前に大鳥が立ち、龍皇の妖力波が受け止めていた。

「大鳥さんっ!?」
「ぬおおおおおおぉぉぉっ!!」
「バカな!この私の技を止めるとは!」

 受け止めるどころか、龍皇の妖力波は徐々に押し返されている。

「な……なにぃっ?」
「でやああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 ドオオオオオオォォォォォッ!!
 完全に跳ね返された妖力波は命中する直前で、龍皇の念によって爆発した。

「助けられっ放しじゃ……隊長として、いや男として失格…なんでね。」

 すべての霊力を使いきった大鳥は立っているのがやっとの状態だ。一方、龍皇も妖力を使い果たしてしまっていた。

「フン……いささか、力も時間も使いすぎたようだ。……では、藤堂明日香くん。またお目にかかろう。」

 登場した時と同じように、煙の中へ消えていく龍皇。
 逃がすまいと斬りかかった明日香だったが、その剣は空を切っただけだった。

「また……また逃げられた……」

 同時に、ジャミングも消えたようで、本部から通信が入る。

『セイバー、イーグル、状況を報告せよ。繰り返す、状況を報告せよ!』

 やがて弥生機たちも到着。異変に気付いて各地から転進してきたのだ。

「隊長!明日香!!」

 二人とも生きていたので、弥生はとりあえず安堵した。

「二人とも、怪我しとるやないか!待っとき、応急手当したるさかい。」

 救急箱を持って来たゆり子に傷の手当てをしてもらうが、大鳥のほうは霊力も使いきっているので、座り込んだまま動けない。明日香のほうは精神的にダメージを負っているようだった。

「明日香?……大丈夫?頭、痛いの?」

 メイリンが心配そうに顔を覗きこむが、明日香はうつむいたまま返事もしない。

「……・メイリン、ちょっとどいて。」

 代わって顔をグッと近づけてきたのはキャサリンだ。

「……明日香、アンタ何か隠してるね?」

 そういわれると、明日香は急に立ち上がり、自分の新武に逃げるように乗り込んだ。

「何、あれ?態度、悪っ!」
「キャサリン。明日香も疲れてるのよ、きっと。」

 弥生はそう言ったが、心の中ではそうは思っていない。明日香は心の中の何かを傷つけられたのだと、悟っていた。
 その後、急行してきた翔鯨丸に収容され、全員劇場へ帰還した。



 帰還後、大鳥はすぐに医療ポッドに入れられ、治療が始まった。
 使い果たした霊力を回復させるには時間が必要だった。次の攻撃があった場合に備えて、反省会には参加せず、治療に専念させた。

だが、幸いにも攻撃はなく、ある程度まで回復した大鳥はポッドから出てきた。

「どう、大鳥君?調子は?」
「大分よくなりました。すいません、さつきさん。いつも世話をかけさせてしまって。」
「いいのよ。私は世話をするのが性に合ってるのよ。」
「明日香君は?」
「明日香なら、部屋に戻ってるんじゃないかしら?どうかしたの?」

 大鳥は龍皇が言ったある言葉が気になってしかたがなかった。
 部屋に行ってみると、明日香はそこには居なかった。だが、部屋に居ない時の居場所はわかっている。



 テラスに行くと、案の定、そこに明日香が居た。ぼんやりと街を眺めている。

「明日香君。」
「……」
「訊きたいことがある。……龍皇が、君の事を『藤堂明日香』と呼んでいたが、どういうことだ?」

 明日香は答えず、まだ外を見ている。

「……君は……破邪の血を受け継いでいるね?」
「……」
「俺だって知ってるんだぜ。日本を闇の脅威から守る、真宮寺、藤堂、隼人の裏御三家。君はその中の、藤堂家の末裔。違うか?」
「……」
「話してくれないか?なぜ、君は今、吉野明日香と名乗っているのか。そしてなぜ龍皇が君の昔の名前を知っているのか。」
「3歳の時のことでした……」

 明日香が話し始めたのは、照和57年の冬のある日のこと。先ほど彼女の脳裏に浮かんだ光景だ。
 燃え上がる家から脱出してきた一人の男。まだ自衛官だった大神一基だ。そして当時3歳の明日香を抱いている。

『……明日香、怪我はないな?』
『うん……ねぇ……父さんと母さんは?』
『……』

 一基は答えない。明日香はただ燃えている我が家を見つめている。

『今は忘れろ、明日香……・いずれ……あいつと戦う時がくる。』

 その後、明日香は奈良に住む親戚に預けられ、苗字も吉野に改めた。

「『あいつ』って?」
「龍皇です。」

 明日香の両親を殺害し、家に火を付けたのは龍皇だった。

「お母さんが、私を押入れに隠してくれたから、私は生き残り、急を聞いて駆けつけた支配人が燃え上がる家から私を助け出してくれました。」
「それを知らないから、龍皇はもう君が死んだものと思っていたのだな。」

 龍皇が明日香の存在に気付いたのは種子島で直接剣を交えた時。戦いの後、龍皇は部下に命じて明日香の素性を調べさせ、彼女が藤堂明日香だと知ったのだ。
 ビィーッ!ビィーッ!
 ふたたび敵出現の警報が鳴り響いた。
 作戦指令室に急行すると、一基と和馬がスクリーンに映る敵の出現地点を見つめていた。

「司令、敵はどこに?」
「……」

 一基も和馬も答えない。変に思ってスクリーンを見てみると……

「何ぃっ!?」

 東京のあらゆる地点に敵出現を報せるマーカーが表示されている。その数は、50や60ではない。

「こ、こんなにたくさん……」
「敵は総攻撃に出たか。さてと……どうする、大鳥?」
「……」

 まともにぶつかっても勝ち目は無い。しばし考えた末、大鳥が出した結論は……

「本拠を潰します。」
「……本拠を?」
「ええ、聖魔城……あれは降魔の巣であり、恐らくは神龍軍団の本拠地。勝機はそれしか無いと思います。」

 しかし、聖魔城が神龍軍団の本拠地であるという確証は無い。

「……確かに大鳥の言うように、現状では聖魔城以外に敵の本拠地と見られる拠点はない。仮に本拠だったとすれば、敵は万全の防御態勢に入っていると見ていい。成功する見込みも、生還できる可能性も、無いと言っていい。正直なところを言うと、行かせたかぁないんだが。」

 そこに通信が入った。情報収集を行っていた清志と竜司からの連絡である。それをあおいが読み上げる。

「司令、黒田隊長と浅井副長から連絡です。詠みます。『敵首領・龍皇が第三台場に出現。』」

 首領の位置が判明した。龍皇を倒せば、統率者を失った降魔は破壊活動を停止するはず。だが当然、首領の周りには膨大な数の降魔がいると見ていい。

「……・司令、行きます。」

 そう言って、大鳥は敬礼した。一基と和馬も敬礼し出撃を許可した。
 振り向くと、明日香をはじめ隊士たちが整列して大鳥の命令を待っている。

「みんな、今回の戦いは、これまでで最も苦しい戦いとなる。生還できる可能性は極めて低い。よって強制はしない。参加するも拒否するも、みんなの自由だ。……この戦いに参加する者は、一歩前に出ろ。」

 みな、当たり前のように一歩前に出た。参加を拒否する者は一人もいなかった。

「……感謝する……」
「隊長、アンタそこで泣いたら台無しだからね。」
「せやで。ウチら自分の意志で参加するんやさかい。」
「ボクたちの街は、ボクたちの手で守らなきゃダメなんだから。」
「みんなも、私も隊長を信じているんです。必ず無事にみんなを連れ戻してくれると。」
「さぁ、大鳥さん。ご命令を!」

 明日香に促され、大鳥は改めて全員の顔を見た。誰の顔にも迷いは見えない。

「東京華撃團、出撃せよ!目標、第三台場!!」
「了解っ!!」

 大鳥たちが出撃していく。
 それを作戦指令室から一基と和馬は沈痛な面持ちで見送っている。

「強くなったな、大鳥の奴。俺たちの期待に、見事に応えてくれたな。一基よ。」
「……そうだな。隊士たちを見事にまとめている。俺たちの爺さんに、負けず劣らずの隊長になってくれた。時に、『例の連中』はどうした?」
「出撃するって息巻いていたが、なんとか宥めたよ。」
「『あの連中』は出撃するにはまだ技術も経験も不足すぎる。もともと大鳥たちを支援する目的で育ててはいるが……だが…なぁ、和馬よ。」
「結局……俺たちは何もできねぇヘボ軍人か……」

 若者たちを戦地に派遣し、自分たちは何もできない。悔しさにも似た心の痛みが二人にはあった。




 台場は幕末の黒船来航を受けて、海上からの艦砲射撃から江戸を守るために建設された砲台である。第一から第七までの砲台が建設されたが、実際に使用されることは無かった。その後、台場のさらに沖にも東京湾要塞が建設され、防衛網を強化する計画だった。
 しかしこの計画は太正十二年の黒之巣会が発動した『六破星降魔陣』による地震で壊滅的打撃を受け、中止された。

 第三台場は完全に閉鎖されている第六台場と違い公園として一般にも開放されている。砲座や施設の土台などが残っている。
 龍皇は台場の中央に立ち、あちこちで煙の上がっている東京を見つめている。

「……東京か……我らを封じ込めし、忌まわしき都がいよいよ崩壊するのだ。」

 龍皇の意志によって降魔が破壊活動を続けている。自衛隊や警官隊が応戦しているがまったく歯が立たない。

「……フン……さすがは東京華撃團。」

 上空に翔鯨丸・改が飛来。そして6機の霊子甲冑が降下してきた。

「東京華撃團・参上!!」

 大鳥たちが龍皇の前に展開し、構えをとる。

「……決死の特攻、ようこそ。この第三台場を諸君の墓場とする!!」

 魔操機兵に乗り込んだ龍皇もまた攻撃の構えをとった。同時に10匹近い降魔が現れて大鳥たちを包囲された。だが、キャサリンはこんな状況でも笑みを浮かべている。

「残念だったわね。私たちは強いのよ。特に……隊長さんがね。」

 ゆり子、メイリン、弥生もまた、笑っている。

「新武の整備もバッチリや。後は、ガッツやで!」
「ボクの武術は……お兄ちゃんを守るためにあるんだ!」
「どんな絶望的な状況でも、私たちは、必ず勝つ!」

 明日香は閉じていた目を静かに開け、龍皇機を見据える。

「龍皇……東京の……いえ、この国に生きる全ての人のために、お前を倒す!!」

 みな戦うことに迷いは無い。死ぬかもしれないと言うのに、誰も死を恐れている様子もない。

「ほぉ……君たちのその気力も大したものだ。だが、気力だけでは敵を倒すことは出来ん。最後に物を言うのは力だ。」
「力が全てだと言うのなら、その力をもって証明するがいい!行くぞぉっ!!」
『了解っ!!』

 降魔が一斉に飛びかかる。だが大鳥たちは目にも止まらぬ速さで攻撃をかわし、降魔をしとめる。わずか2分で全ての降魔を撃破してしまった。

「素晴らしい機動だ。どうやらみな腕を上げたようだ。だが、見るがいい、私の力を!!」

 龍皇機の上空に光の球が出現。それはどんどん大きくなり、そして……

「星よ、雷となれ!!」

 ドドオオオオオオオオオオォォォォォッ!!
 光の球がはじけたその瞬間、凄まじい電撃の嵐が大鳥たちを襲った。
 そして電撃の一つが明日香機を直撃。黒煙を吹いて明日香機は停止してしまった。

「あ……明日香君……」

 大鳥機もダメージを受けたが、戦闘続行は可能であった。

「各機、被害状況を報せろ。」
『スワン、損害は軽微です。』
『リカバリーや。エンジンが1基停止。せやけど戦闘は続けられそうや。』
『フェニックス。ヌンチャクが壊れたけど、後はナックルで何とかするよ。』
『ライトニング。電子武器がイカれたわ。』

 みな少なからず、ダメージがあるようだ。しかし直撃をこうむった明日香機から連絡は無い。

「イーグル……イーグル、状況を報告しろ!」
『まだ……まだやれます……この命ある限り、わたしは大鳥さんと共に……』

 だが新武は大破していてまったく動かない。

「イーグル、君の新武はもう大破している。俺たちが龍皇の注意を引き付けるから、君は隙を見て脱出しろ!」
『いいえ……戦えます……・私はまだ……』
「生身で勝てるような相手じゃない!君は離脱しろ!これは命令だ!!」
『……』
「みんな、行くぞっ!!」

 大鳥たちが一斉に突撃を開始。龍皇に攻撃を仕掛け、注意を引く。

「大鳥さん……みんな……」

 ハッチを開けて外に出た。龍皇は大鳥たちの攻撃に怯むことなく、反撃してくる。キャサリンとメイリンは接近戦で龍皇の一撃を受けて倒れ、ゆり子も妖力波で倒され、弥生は電撃を喰らい、残っているのは大鳥だけになった。

「お……大鳥さん……ダメ……できない……逃げるなんて……わたしには出来ない!……荒鷲ぃぃっ!!」

 今一度、炎に包まれた鳥が飛来し、変形して刀になった。霊剣荒鷲を握る明日香は静かに眼を閉じ、霊力を集中する。

「大鳥さんを傷つける奴は……絶対に許さない……お願い荒鷲、力を貸して……わたしに、力を!!」

 次の瞬間、荒鷲が桜色の光を放った。同時に明日香の中に潜在していた霊力が引き出され、明日香自身も光を放つ。

「破邪剣征……・桜花放神っ!!」

 剣を振り下ろすと同時にまばゆい光が放たれ、龍皇に向かって突き進む。

「むっ。はああぁぁぁっ!!」

 ドドオオオオオオォォォォッ!!
 龍皇もまた妖力波を放って応戦。二つの光が中間の位置で激突した。

しかし、龍皇の力は余りにも強大であるため、明日香の桜花放神は徐々に押し戻されつつある。

「くっ……桜花放神が……」
「フフフ……愚か者め、この私と互角に渡り合えると思っていたのか?このまま死ぬがいい、藤堂明日香!」
「このままじゃ、私も……荒鷲も……」

 光を放ち続けている荒鷲に亀裂が生じている。龍皇の放つ力に耐え切れないのだ。荒鷲が折れてしまえば、その瞬間に桜花放神は龍皇の妖力波に押し戻されて明日香を襲うことになる。

「わ、私一人の力じゃ……勝てないの?」

 段々と亀裂が大きくなる。これまでかと思ったそのとき、妖力波の進行が止まり、押し戻していく。

「むっ!?私の力が押し戻されてくる。これほどの力を持つ者がいるというのか!?」
『うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

 明日香の後方から霊力を放つ男が居る。

「大鳥さんっ!?」
「明日香君、加勢するぞ!!」
「でも、大鳥さんの刀も……」

 既に大鳥の刀、剣魂逸敵も無数の亀裂が生じ、今にも折れそうだ。

「構うもんか!俺たちの刀が折れるのが先か、奴がくたばるのが先か!やってみるっきゃねぇだろ!!」
「……大鳥さん……」
「うおおおおおおおおぉぉぉっ!!」

 大鳥はさらに霊力を強める。徐々に妖力波は押し戻され、龍皇に迫っていく。

「ば……バカなっ!!この私が、たった二人の人間に!!」

 そして、龍皇の目の前まで来たところで……

「今だぁっ!龍飛鳳翼・虎尾剣!!」
「破邪剣征・桜花放神っ!!」

 ドオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!
 瞬間的に二人の霊力が増大。光の波は一気に龍皇を飲み込んでしまった。

「こ……こんなバカな……認めん……私は認めんぞぉっ!!」

 やがて龍皇の体は光の中へ消えていった。
 光が消えるとボロボロになった二人の刀はやがて折れてしまった。

「……大鳥さん。」
「よく頑張ったな、明日香君。」
「ありがとうございます……大鳥さんが加勢してくれたから、わたしは……」

 翔鯨丸が降下してくる。そして残りの隊士たちも集まってきた。みな傷を負っているが、元気なようだ。

「みんなも無事なようだね。よかった。」
「余計なことしちゃって。私が倒すところだったのに。」
「よう言うわ。真っ先にノビたくせに。」

 ゆり子が横で突っ込むと、キャサリンもムッとなってゆり子を睨む。

「何か言った?」
「別にぃ。」
「もう、ゆり子もキャサリンも、こんな時に喧嘩しないの!」
「そうよ。こんな時はみんな仲良くするものよ。」

 そこへ大鳥が翔鯨丸の中からカメラを持って降りてきた。

「みんな、そこに立って。」
「記念写真ですか?」
「ああ、かつての華撃團は戦いに勝つと、『勝利のポーズ』ってのをとっていたらしいんだ。俺たちも、それに倣おうと思ってね。」

 全員が整列し、大鳥がカメラのタイマーを押した。

「せぇーの!」
『勝利のポーズ、決めっ!!』

 このとき撮影された写真は後に焼き増しされて隊士全員に配られ、それぞれ部屋に飾ったという。


 平城11年 10月。
 降魔によって東京を攻撃した神龍軍団は首領・龍皇の死によって壊滅した。東京華撃團隊士たちの手によって、平和が東京に訪れた。だが、闇の脅威が完全に消え去ったワケではなかった。だが大鳥や明日香たちはそのことをまだ知らない……


次 回 予 告

『その花が咲けば災いの徴』
昔からそう言い伝えのある
さざめ竹に、真っ白な花が咲いた。
遠く北の大地に起こる異変。
東京華撃團は北海道へ・・・・

次回 サクラ大戦F
『ボルケーノ・プロジェクト』
平城櫻に浪漫の嵐!

恐怖の計画が遂に始動する・・・

 

 

キャラクター紹介

真宮寺 和 馬(Kazuma Shinguji) C,V:栗塚 旭
身長:186cm  体重:89kg  生年月日:1953年12月11日  年齢:46歳  出身:仙台  血液型:A
特技:北辰一刀流免許皆伝・天然理心流目録  階級:東京華撃團副司令  コールサイン:ワイバーン(飛龍)
もとは航空自衛隊浜松基地のエースパイロット。故あって自衛官をやめ、一基と共に東京華撃團設立のために奔走する。ちなみに一基と和馬は従兄弟にあたる。家督を継ぐ者が居なくなってしまった真宮寺家に和馬の父(一基の叔父)大神一虎が養子に入り、その後、和馬が真宮寺家の家督を継いでいる。
華撃團結成後は副司令となり、弟子の明日香や空自を懲戒免職になった清志を入隊させた。神龍軍団と交戦状態に突入すると『ある部隊』の編成に奔走する。
ネーミングは言うまでもなく真宮寺一馬から。性格は『狼の咆哮』での真宮寺竜馬をイメージしてます。

第八幕へつづく……

一つ前に戻る
目次に戻る