第六幕
「プライド
―Get the TOP―




 平城11年 9月25日。
 大鳥たち華撃團隊士は、前日から福岡市に来ていた。
 翌日に市民会館で行われる歌劇團・福岡公演のための来福である。それと同時に。


 この日の午後、福岡ドームに彼女たちの姿はあった。
 休息もかねて野球観戦に来たのである。

「運がええな、ウチら。優勝するかも知れへん大事な日に来れるやなんて。」

 福岡ダイエーホークスは11年目にして初のリーグ優勝を目指して快進撃を続けていた。そしてこの日、優勝へのマジックは2に減った。そしてデイゲームで2位の西武ライオンズが敗北。マジックは1になり、この日の試合に勝てば優勝となる。

「ホントね。別に狙っていたわけでもないんだけどね。」
「ベースボールね……サークルを思い出すわ……」

 大鳥・明日香・メイリンの3人は別行動をとっているため、ゆり子、弥生、キャサリンの三人で先に球場に入った。混乱を避けるため球団・球場側のはからいで関係者専用の通用口から入っていった。また、同行していた大河と和馬は王監督をはじめ球団関係者と会っていた。

 その頃、福岡ドームに程近い中国領事館では……
 広い部屋でメイリンと大鳥が座って待っている。この日、中国にいるメイリンの祖父が来日。領事館で面会することになっていた。

「メイリンは、お祖父さんと会ったことはあるの?」
「1回だけ。ボクが6つのときに。」
「そうか……」

 すると、職員に肩を借りて一人の老人が入ってきた。彼がメイリンの祖父・明 慶(メイケイ)である。
メイリンの両親は既に他界しているため、事実上、彼がメイリンの保護者である。そのため彼は東京華撃團の存在と、メイリンがその隊士であることを知っている。
しかし目が開いていないので、彼が盲目であることはすぐにわかった。

「……お祖父ちゃん。」

 呼ばれて明慶は嬉しそうに微笑み……

「おお、リンか……相変わらず鈴の音のような明るい声だ。息子夫婦がリンと名づけたわけだ。元気そうでホッとしたよ。」
「うん、元気だよ。お祖父ちゃんも元気そうだね。」
「……もうお二方、いらっしゃるようだな?」

 見えているのか、と思うような言動だが、明らかに目線が合っていないのでやはり見えていないのだろう。

「はじめまして、自分は……」

 名を名乗ろうとすると、先に明慶が……

「大鳥龍雄さんだね?」
「……はい。」
「リンがよく、電話で話していますよ。頼りになる『お兄さん』だと。」

 ふとメイリンの方を見ると、顔を赤くしてうつむいている。

「それで、そちらの方は?」
「は、はい、私は吉野明日香と申します。」
「おお……美しいお声だ。さぞ、お顔もお美しいことでしょう。目が見えないことが、残念でなりません。」

 すると今度は明日香も顔が赤くなってうつむいた。

「……もう……お上手なんだから……」
「ハハハ……大鳥…龍雄さん。」

 それまで微笑を浮かべていた明慶だが、一転して真面目な顔になった。

「わたしは、ご覧の通り目が見えません。加えてこの年です。わたしがリンの世話をするのは……難しい。まことに勝手とは思いますが、孫を……リンをよろしくお願いします。」
「はい……リンさんのことは、自分が責任を持って守ります。」
「……ありがとうございます、大鳥さん。……リン。」
「はい。」
「我が明一族の誇りと鍛えぬいた数々の技をもって、大鳥さんの力となり、身命を賭してそのご恩に報いるのだぞ。」
「はいっ!」

 不幸な過去を乗り越えたメイリン。その目は今までにも増してキラキラと輝いていた。


 その頃、福岡空港へさつきと一人の女性が降り立った。
 彼女は昨日劇場を訪ねてきた女性であり、応対したのはあおいであった。

「あの……こちらに浅井竜司は居りますでしょうか?」
「はぁ、あの失礼ですが……」
「私、浅井竜司の妻、一美と申します。」

 しかし、既に竜司は福岡に向かった後だった。彼女を支配人室に通した後、事務局に清志がやってきて、あおいと雑談していると……

「そうだ、さっき浅井さんの奥さんがお見えになりましたよ。」
「竜司の?」
「浅井さん、なかなか隅に置けませんね。」
「……竜司のねぇ。……竜司に奥さん居たかな?」

すると清志は竜司の身上書を調べ始めた。しかし、竜司が既婚者であるという記述は見当たらない。

「ふむ……」

 そのとき清志は何かを悟った。そして一基と相談し、竜司の夫人を名乗るこの女性を福岡へ連れて行くことを決めた。
 空港に着いたさつきと女性は、車で福岡ドームへと向かった。

 その頃、大鳥たちも福岡ドームに到着し、弥生たちと合流。すると球団の関係者がある一室に案内した。その部屋は……

「あぁっ、秋山選手!!」
「井口選手だ!!」

 選手の控え室に入った面々はキャッキャ言いながら選手たちにサインをねだる。普段は落ち着いている弥生でさえ、まるで子供のようにはしゃいでいる。
 その横で王監督と和馬、大河の二人が何度も謝っている。

「どうもすいません、監督。大事な試合を前に……」
「いや、却ってよかったかもしれません。」
「は?」
「見て下さい。何度も優勝を経験している秋山でさえ、さっきまではガチガチになっていたというのに。今はすっかりいつもの彼になっているじゃないですか。」

 たしかに、歌劇団の女優たちがやってきたことによって、さっきまで目に見えて緊張していた選手たちがリラックスしていつもの顔に戻っているように見える。

「見て下さい、隊・・・大鳥さん。ほら、秋山さんにサインもらっちゃいました。」

 弥生がニコニコしながら秋山幸二にもらったサインを自慢げに見せている。大鳥の方もどう反応していいのかわからず、困っている。

「じつは西武の時からファンだったんです!」

 珍しく弥生が興奮しっぱなしだ。もっともダイエーファンの彼女にとって、今はまさに天にも昇る心地なのだろう。
 明日香は憧れの井口忠仁と話し込んでいる。内容は……取るに足らない世間話である。ゆり子は同じ関西出身ということもあってか、小久保裕紀とすっかり意気投合している。キャサリンは助っ人であるメルビン=ニエベス、ロドニー=ペドラザの二人と祖国のことについて語り合っている。メイリンはというと、大好きな城島健司とたわむれている。

「みんな、いい息抜きになってるみてぇだな。」
「はい。いい顔になっています。」
「素晴らしいことですね。歌劇団のみなさんは降魔の猛攻にさらされている東京都民の希望となっている。我々ダイエーホークスもまた1年前の降魔の攻撃で壊滅した福岡市民の希望となった。形は違っても、みんなわかっているのですね。自分たちは同じ仲間だと。」

 王監督が微笑を浮かべながらそう語った。
 時間が来るまで、明日香たちはホークスの選手たちと語り合った。試合が始まる直前になると、選手たちはすっかり笑顔になり、優勝のかかった大事な試合にあっても、緊張の色を見せなくなった。


 試合前、始球式に出たのはユニホーム姿になった歌劇団の女優たちだ。
 これには超満員のファンたちもビックリ。このイベントについては球団関係者でも極一部にしか知らされていなかったので、外部にはまったく情報が漏れることはなかったのだ。

『始球式をつとめるのは東京歌劇団のみなさんです!ピッチャーはキャサリン=ローズさん。キャッチャーは橘 弥生さん。ファーストは江戸川ゆり子さん。セカンドはメイリンちゃん。サードは吉野明日香さんです!』

 割れんばかりの拍手がドームにこだまする。だがイベントはこれだけではなかった。

『バッターはダイエーホークスの王貞治監督です!』

 世界のホームラン王、王貞治がバットを持って打席に入った。2回ほど素振りをして、打つ気満々だ。

「プレイ!」

 球審の合図と共に、ピッチャーのキャサリンが大きく振りかぶる。学生時代は女子野球部でエースだったので、プロの選手みたいに堂々としている。
 キャサリンが投げたのはど真ん中のストレート。始球式では、打者は空振りするのが常だが・・・・
 カキィンッ!
 あろうことか、王監督は打ってしまった。ボテボテのゴロが明日香の前に転がる。

「サード!」

 キャサリンが叫ぶ。明日香はぎこちない動きで打球を素手で掴み、一塁へ転送した。

「あぁっ!?」

 送球は低すぎた。ワンバウンドして処理の難しい球になったがファーストのゆり子が上手く捌いて、バッターはフォースアウト。
 まさかの出来事に観客たちは大爆笑。やがて笑い声は拍手に変わった。みなスタンドに向かってお辞儀をしながらベンチへ下がっていく。
 ネット裏で観戦している大鳥たちも笑っている。

「王監督もやりますね。」
「ああ・・・・・冗談ぽく『打つ』と言っていたが、ホントに打つとは思わなかった。」

 やがて試合が始まった。
 ホークスの先発はベテランの若田部健一。先頭打者を出してしまうが後続をぴしゃりと抑えてチェンジ。その間に明日香たちも客席にやってきた。

『1回の裏、ホークスの攻撃は1番・センターフィールダー・秋山幸二。背番号1。熊本県出身。』

 キャプテンの秋山が打席に入る。

「カッコいい……」

 秋山の後姿を見ながら弥生がウットリしている。その様子を他のメンバーは呆れた表情で見つめている。
 日本ハムの先発はルーキーの伊藤。調子はあまり良くないらしく、カウントは1−3になった。

 そして第5球目……
 カキイィィィンッ!
 快音が響き渡った。高めに浮いたボールは見事にジャストミート。打球はレフト方向へ高々と上がった。

「行ったぁっ!」

 弥生はすでに立ち上がっている。
 やがてセンターもレフトも上空を見上げて追うのをやめた。打球はレフトスタンドに吸い込まれたのだ。優勝のかかった大事な一戦で「俺に付いて来い!」と言わんばかりに初回先頭打者ホームランを放った秋山。ホームインと同時にバックネット裏の弥生たちを見つけて手を振った。
 それを自分に向けて手を振っていると思い込んだ弥生は……

「……はぁ〜〜……」

……失神。

「あの、弥生さん?」

 明日香が揺り動かしても、弥生は気絶したまま。

「どうした?」
「気絶しちゃってます。」
「ったく、普段の弥生はどこ行ったんだ?」

 その後、城島のスクイズで1点を追加。序盤に2点のリードをもらった若田部は調子を徐々に上げ、日本ハム打線を抑え込んでいく。だが、5回表。連打と小久保のエラーで満塁とすると、6番のマイカ=フランクリンに逆転満塁ホームランを打たれてしまった。
 しかし、観客の誰一人として負けたと思うものは居なかった。福岡市民の誇りであるホークスが負けるはずが無い。これまでどんなピンチも潜り抜けてきたホークスが、負けるはずがないと、誰もが信じていたのだ。
 それを証明するかのように、その裏の攻撃で先頭の柴原洋が3ベースを放ち、城島健司の内野安打で1点差に詰め寄り、ラッキー7の攻撃では・・・・

『4番・サードベースマン・小久保裕紀。背番号9、和歌山県出身。』
「気張りやぁっ!小久保はん!」

 すっかり仲良しになったゆり子が叫ぶ。一度素振りをして打席に入った小久保。いつもと違い、無心で打席に入っていたと後に本人が語っている。投手は二番手の金村 暁に代わっていた。
 カキイイィィィンッ!
 ボールがバットに当たって振りぬいた直後、小久保は左手を高く上げてスタンドを指差した。

「行ったでぇっ!!」

 今度はゆり子が立ち上がった。打球は美しい放物線を描いてレフトスタンド中段に突き刺さった。同点ソロホームランである。小久保は手を高く上げたまま、ダイヤモンドを回る。そして三塁を回ったところで・・・・

「っしゃあっ!!」

 雄叫びを上げてホームイン。するとさっきの秋山と同じく、ネット裏に向かってピースサインを送る。

「ほあぁ〜〜……」

 と、やはりゆり子も失神してしまった。突然寄りかかって来られたのでメイリンが迷惑そうにしている。

「もぉ、ゆり子ってばぁっ!しっかりしなよ〜!」

 そして8回裏の攻撃になった。
 先頭打者は井口忠仁(現在は資仁)。右打者ながら右方向へのホームランも打てる数少ないバッターで、とくに今年はサヨナラホームランを2本も放っているチーム1のラッキーガイになった。当然、観客たちもそれを知っているから自然と期待と声援が大きくなる。

『8番・ショートストップ・井口忠仁。背番号7。東京都出身』
「井口選手!頑張って下さぁい!」

 と、明日香が声援を送る。キャッチャーの野口がアウトコースに構えた。
 「決めてきます」とコーチに言って出てきた井口は初球から狙っていたのだ。そして初球はアウトコースへ逃げるスライダーだった。普通の打者なら苦手コースなので見送るところだが、流し打ちの得意な彼にとっては絶好球だ。
カッキイィィィッ!!

「わぁっ!?」

 明日香が立ち上がった。打球はライト方向へ高々と上がる。ベンチの王監督も飛び出してきて打球の行方を伺っている。

「入るか!?」

 打球は見事ライトスタンド最前列に舞い降りた。一塁を回ったところで井口は満面の笑みを浮かべながらガッツポーズした。そしてホームイン。と、やはりここで井口はネット裏の明日香たちを見つけて手を振る。

「ほへぇ〜〜……」

 と、案の定、明日香も失神してしまった。

「まったく……どいつもこいつも……」

 5対4、ホークスが見事に逆転して試合は最終回、9回表に入った。
 ピッチャーは三番手のロドニー=ペドラザ。ホークス抑えの切り札である。

 あっという間に2アウトをとり、最後のバッター藤島康介が打席に入る。スタンドからは「あと一人」コール。ポンポンとリズム良くストライクをとり、2ストライクと追い込んだ。「あと一人」コールは「あと一球」コールに変わった。
 既にホークスの全選手・コーチ陣がベンチに集結。勝利の瞬間を今か、今かと待ち構えている。

 失神した三人も正気付かせ、ネット裏の歌劇団一行も見守っている。
 フィールドにいる選手たちは目に涙を浮かべている。何度も優勝を経験している秋山でさえ、涙目になっている。

 やがてペドラザが3球目を投じた。これを藤島が空振りして三振した。

「Yes!!」

 と、キャサリンが拳をグッと握って誰よりも早く立ち上がった。
 つづいて球場が割れんばかりの大歓声に包まれた。福岡ダイエーホークスの初優勝の瞬間がついに訪れたのである。

 マウンド上に歓喜の輪ができ、王監督の胴上げが始まった。大鳥たちや観客のほとんどが立ち上がってこの光景を見守っている。

「……そういえば、竜司は?」
「さぁ……見てないですけど……」

 選手控え室に行く前から、竜司の姿を見た者はいない。
 竜司はドームから出て、市の中心へ消えていく。それと入れ違いになってさつきと竜司の妻・一美がやってきた。

「いない?」

 ドームで大鳥たちと合流したさつきは竜司がここに居ないことを知った。

「ええ。試合が始まる前から、誰も彼を見ていません。」
「何処行ったのかしら、奥さんがお見えになっているというのに……」
「へぇ、浅井さんの奥さんが?」

 ここに居る誰一人として竜司が既婚者だということを知らなかった。

「浅井はんも水臭いなぁ、何で隠してんやろ。」
「ホントに……どうして言わなかったんでしょう?」
「そんなの決まってんじゃない。」

と、得意げに立ち上がったのはキャサリンだ。

「世界的大女優のこの私が目の前に居たら、所帯持ちだなんて口が裂けても言えないわよ。」
「………ま、それはともかく。彼はどこへ?福岡に知り合いでもいるのかしら?」

 その頃、市の中心を歩く竜司。
 しかし、その後方を清志が尾行していた。すると竜司はある喫茶店に入り、何者かと会っていた。

(フン………思ったとおりだ。)

 竜司はそこで1時間ほど話したあと、別々に喫茶店を出て行った。
 その後、竜司はまた別の店に入った。そしてそこにやって来たのはキャサリンであった。キャサリンは個人的に竜司と度々会い、神龍軍団の情報を集めていた。

「それで……情報は集まったの?」
「神龍軍団はアンタを狙っていることがわかった。アンタを失えば、世界的に大きな打撃を与えることが出来るわけだから、当然と言えるが………」
「ハン、この私があんな連中にやられるわけないじゃない。」
「なぁ……俺と一緒に来ないか?俺はもう程度の低い馴れ合いはうんざりだ。」
「そんなこと言って……奥さんが泣くよ?」

 しかし、竜司からは意外な答えが返ってきた。

「何言ってんだ?俺はまだ結婚してねぇぞ?」
「あ…………そうなの?」
「そうとも、ちゃんと身上書にもそう書いてある。帰ったら見てみるといい。」
「そうするわ。」

 それからしばらく話したあと、キャサリンは先にホテルへ戻った。しかし竜司は戻らず、港町の倉庫街へ向かった。


 ホテルに戻ったキャサリンは和馬の部屋を訪ねた。
 すでに寝ていた和馬はボサボサの頭のまま出てきた。

「あ……寝てました?」
「あぁ……何だ?下らない用件なら明日にしてくれ。」
「ちょっと、話しておきたいことが……」
「……重要なことか?」
「……と思いましたので。」

 部屋に通されて、キャサリンが話したのは竜司のことだった。

「本人に聞いたのか?」
「はい。」
「……そうか、わかった。明日、竜司が戻ってきたら、俺から話してみる。」

 翌朝、竜司がホテルに戻ってくると、部屋の前に和馬と大鳥が待っていた。

「竜司、ちょっと来い。君に会わせたい人がいる。」

 和馬の部屋に通されると、そこには明日香たちと一美が居た。一美は竜司をジィッと見つめる。竜司も一美を見つめるが……

「……副司令、この人ですか?私に会わせたい女性というのは。……誰です?」
「この人は、君の奥方だ。」
「なっ!?」
「……違います!……この方じゃありません!私の夫ではありません!私の夫は、浅井竜司です!!」

 和馬をはじめ、全員が竜司を取り囲む。

「貴様は……何処の何者だ!」
「お、俺は……浅井竜司だ!それ以外の誰でもない!」
「隠してもムダだ!ネタは上がってんだぜ!!お前が来てから俺たちの情報が筒抜けになっていたからな。お前が情報を流していたことは、清志の調べでわかってんだ!」

すべてバレてしまっていると思った竜司は一転して不気味に笑い出した。

「フフ…………ハハハハハ!どうやら、バレちまったみたいだな!!」

 次の瞬間、竜司の体が旋風に包まれた。
 そしてそこに居たのは竜司ではなく、神龍軍団の幹部・嵐龍であった。

「お前は嵐龍!」
「いつまでも気付かれずにいられるとは思わなかったが、意外に遅かったな。ここにはバカしかいないようだ。……そこの間抜けな大女優(キャサリン)なんざ、俺がニセの情報を与えていることに気付きもしなかった。」
「……」
「だが、どうやら潮時のようだ。組織に戻る手土産にこの福岡の街を再び破壊してやる!」

 再び嵐龍を旋風が包み、そして姿を消した。

「God damn!」(畜生!)

 大女優にあるまじき言葉を吐き捨てて、キャサリンは部屋を飛び出していった。

「待て、キャサリン!!」

 続いて部屋を飛び出し、キャサリンを追い駆けたのは大鳥だった。

「世界的大女優が何て言葉を……」
「明日香、彼女はプライドを汚されたから、怒ってるの。」
「そうだろうね、キャサリンってプライド高いもんね。」
「せやな……ハリウッドスターやさかいな。」
「……全員出動準備だ。これ以上、福岡の街を破壊されてなるものか。」

 そして明日香たちもまた、部屋を出て行く。後に残ったのはさつきと一美の二人だ。一美はまだ泣いている。

「藤枝さん……私の……私の夫は……何処に……」

 さつきが答えようとすると、先に通信の呼び出し音が鳴った。

「はい………そう………それで彼は?………そう、わかったわ。ありがとう。」

 通信を切ると、さつきは一美の肩に手をかけた。

「一美さん、付いてきて。」
「……何処へです?」
「部下があなたのご主人、本物の浅井竜司二尉を発見しました。彼は生きています。」

 ニセ竜司を尾行していた清志が港町の倉庫に監禁されていた本物の浅井竜司を発見。彼を無事に解放したと報せてきたのだ。すぐにさつきと一美は収容先の病院に向かった。

 キャサリンを追った大鳥は彼女を捕まえていたが、激しい口論を展開していた。

「わたしの邪魔をしないで!あいつは私が倒す!私のプライドに懸けて!!」
「プライドだ?そんなものでは敵は倒せんぞ。」
「いいえ、倒す!倒して見せる!!」

 大鳥の説得などまったく聞く耳を持たない。

「誇りや意気込みで敵を倒せたら、誰も苦労はしない。『性格に問題あり』。大河さんがそう話していた本当の理由がわかったよ。」

 そう言うと、キャサリンはさらに怒りを増す。

「アンタにわたしの何がわかるの!そこをどきなさい!あいつは私が倒す!!」
「今の君には、俺を倒すことも・・・・いや、明日香君やメイリンを倒すこともできん!」
「バカにしないで!」

 と、ここでいきなり殴り合いの喧嘩が始まった。キャサリンはアクション映画でスタントマンを使うような危険なシーンも自分でこなすため、普段から体を鍛えているので、かなり喧嘩は強いほうだ。
 が、このときは大鳥にあっけなく敗れてしまった。

「わかっただろう、プライドや意気込みだけじゃ勝てないってことが……」
「……」
「プライドを持つのは大事だ。……だが、君の高すぎるプライドが任務に支障を来たしている。」

 遠くからジェット機の爆音と爆発音が聞こえてきた。どうやら自衛隊と嵐龍が戦闘を開始したようだ。

「始まったか……悪いが、俺は任務に戻る!」
「……」

 キャサリンはしゃがみ込んだまま動かない。それほど彼女のプライドが音を立てて崩れ去ったショックが大きかったのだ。

 大鳥は大濠公園の池に浮かぶ「浮見堂」にはいった。その中心に立って床を三回、一定の間隔で叩いた。すると床の一部が変形し、地下への階段が現れた。
 この大濠公園の地下には旧帝國華撃團の福岡支部があった。霊子甲冑の射出装置や翔鯨丸の着陸・整備の出来る施設などがある。東京華撃團結成にあたって、この基地も整備・修繕が行われていた。

「遅くなりました。」

 大鳥が到着した時、既にキャサリンを除く隊士と和馬が集合していた。

「キャサリンは?」
「……」
「……そうか。」

 何も言わずとも、和馬にはキャサリンがどうしたのかは、大鳥の目を見ただけでわかった。

「……状況を説明する。現在、空自のF‐15が嵐龍の魔操機兵と交戦中。嵐龍機は命中弾によって飛翔能力を失い、中州に墜落した。しかし、攻撃力は依然として健在。いまも破壊活動を行っている。陸上自衛隊が応戦し、嵐龍機を現地に釘付けにしている。既に周辺住民の避難は完了。東京華撃團は直ちに出撃し、これを撃退せよ。」
「はっ!東京華撃團、出撃!!」
「これ以上、この福岡の街を破壊させるな、頼むぞ!」

 大濠公園の水中から射出口が姿を現し、そこから新武が飛び出していく。
 呆然としているキャサリンは雲を引いて飛んでいく新武の姿を見上げる。そこへ大河がやってきた。

「キャサリン、彼らは行ったぞ。」
「……」
「君も早く行きたまえ。」

 しかし、キャサリンはピクリとも動かない。

「……なぁ、キャサリン。プライドを持つのは悪いことではない。私だってプライドは持ってた。きっと一郎叔父も……さくら叔母様やジェミニだって持ってたに違いない。大事なことは、そのプライドに任務を邪魔されないことだ。」
「……」
「キャサリン、東京華撃團隊士としてのプライドを持て、そして……大鳥君たちと協力して、敵を倒すんだ。」
「東京華撃團隊士としての……プライド?」
「そうだ。……私や先人たちも持っていた……誇り高き戦士としてのプライドだ。」
「それは……どのような……」
「それは、君がこれからの戦いと、仲間との触れあいで悟ることだ。」

 キャサリンはようやく立ち上がった。そして、大河に笑顔を見せた。

「社長……私、行きます!そして、誰にも誇れるプライドを手にして見せます!」

 大濠公園に向かってキャサリンは走り出す。その後姿を大河は笑顔で見送った。


 その頃、中州では大鳥たちと嵐龍が激しい戦いを展開していた。
 既にゆり子機とメイリン機は中破。明日香機も被弾している。満足に戦えるのは大鳥機だけであった。

「くそ……ケロッとしてやがる……頭にくるぜ。」
「……このままじゃ……」
「諦めるな、イーグル!諦めた時に死ぬのが人間だ!!」

 やがて嵐龍機が再び攻撃態勢に入る。

「フフフ……まとめて始末してくれる!」
『そうはさせない!!』
「ライトニング!!」

 駆けつけたのはキャサリン機であった。キャサリンはすぐに大鳥と合流した。

「ライトニング、見ての通り、戦えるのは俺と君だけだ。二人で一気に行くぞ。」
『あなたに全てをお任せします。それが一番いいってことだもの。』
「……よし、行くぞ!!」

 大鳥とキャサリンが同時に攻撃を開始した。嵐龍も応戦するが、キャサリンの電撃がいつもより威力を増している。

「おのれ、調子に乗るな!天よ吼えよ、風よ走れ!天龍乱舞!!」

 ゴオオオオオオオォォォォォォッ!!
 猛烈な突風が二人を襲う。しかし、風ごときに撃退される大鳥たちではない。

「龍飛鳳翼……三段刺突!!」

 大鳥の得意技が嵐龍機に炸裂。そのダメージによって嵐龍機が大きく揺らいだ。

「ライトニング、今だ!!」
『走れ、稲妻!……エレクトロ・ファイアーッ!』

 キャサリン機が電撃を帯びた強烈なパンチを放った。
 バチバチバチッ!!
 強力な電撃が嵐龍機に走る。そしてすべての機能が停止し、火を噴いた。

「フフ……見事だ華撃團…だが、勘違いするな……最後に笑うのは神龍軍団だ!我が偉大なる首領に……栄光あれぇぇっ!!」

 ドオオオオオオォォォォッ!
 嵐龍機は大爆発を起こし、木っ端微塵に砕け散った。大鳥たちは大濠公園の福岡支部に帰還した。

「よく来てくれた、キャサリン。」
「別に礼を言われることじゃないわよ……任務だから。」
「……その……悪かった、殴ったりして。」
「これだもんね……新武に乗ってる時と全然態度違うんだから。」

 確かに大鳥は新武に乗っている時と普段では態度がまるで違う。作戦遂行中は威厳ある口調になるのだが、普段はどこか相手を気遣う口ぶりになる。

「普段からもっと威厳のある口を利いてりゃいいのに。もっとプライド持ちなさいよ。」
「……プライドのことで、キャサリンに説教受けるとはね……」

 大濠公園支部の指令室に戻った大河は戦闘が無事に終わったのを確認してホッと胸を撫で下ろした。

(華撃團隊士としての誇り……それは仲間と共に力を合わせて戦い、悪を蹴散らし正義を示すこと。キャサリン、君にも、わかるときが来るだろう。)

 福岡公演も無事に終了し、隊士たちは東京へ戻っていった。
 だが、大鳥たちが戻った直後、事態は急転する。この時点で、大鳥や明日香はそんなことは夢にも思わなかった。


次 回 予 告

敵が総攻撃に出た。
明日香を執拗に狙う龍皇。
明日香を護る大鳥。
そして東京華撃團は
台場で龍皇と相対した。

次回 サクラ大戦F
『燃える命』
平城櫻に浪漫の嵐!

明日香、荒鷲を執るのだ!

 

 

キャラクター紹介

キャサリン=ローズ(Catharine=Rose) C,V:宮村 優子
身長:183cm  体重:61kg  生年月日:1975年7月4日  年齢:24歳  出身:紐育  血液型:B
特技:アクション  階級:花組隊士  コールサイン:ライトニング
 花組隊士の中では一番最後に入隊した。しかし、戦闘はもちろん、舞台演技も花組の中ではトップレベルである。もともとはハリウッドスターでアクション派の女優として知られ、アカデミー主演女優賞を獲得したこともある。紐育華撃團で活躍した大河新次郎の経営する事務所で女優、戦士の両面で修行を積み、満を持して来日した。ハリウッドスターゆえにプライドが人一倍高く、それを傷つけられると激怒して見境がなくなってしまう。
 コールサイン『ライトニング』の如く、電撃の攻撃を得意とし、必殺技の『エレクトロ・ファイアー』は敵にダメージを与えるだけでなく、魔操機兵の電気系統を破壊させる。
 設定の段階でソレッタ=織姫をイメージしたら、織姫と言えばバラということでローズとし、女優ならどんな名前がいいかと考えて、頭に浮かんだのがキャサリン=ゼタ=ジョーンズでしたので、キャサリン=ローズと名付けました。ちなみに設定上は芸名ということになっています。


第七幕へつづく……

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