木洩れ日の中に吹く風は、

作・たいせい



 大神は悩んでいた。
 大帝国劇場の中庭の木陰の下で、芝の上に独り寝そべる姿は、一見、午後の日溜まりの中で、気持ちよく昼寝でもしているようである。しかし、その実、大神は真剣に悩んでいたのだ。

 先日、『帝国華撃団・花組』は未曾有の危機に直面した。強力な敵を目の前にしながら、霊子甲冑『光武』が作動不能となったのだ。
 これを救ったのは、欧州の『花の都・巴里』から、文字通り飛んできた『巴里華撃団・花組』であった。
 ただし、今の大神の悩みは、『花組・隊長』としてではなく、『帝国歌劇団』の次回公演、「ああ、無情」の総合演出家としての悩みであった。

<結婚とは・・・・>

 それが、演出家(?)大神の直面している、難題である。次回公演の総合演出を任されてから、ずっと悩みつづけ、花組の面々をはじめとして、かすみ たち、帝劇三人娘らにまで意見を求めてきた。
(それはそれで、やっかいな誤解を生じることになるとは、今の大神には知るよしもなかったのだが。)
 ともあれ、未だ明確な解答を得られないまま、次回公演の準備は、着々と進んでいる。
 今日は、『巴里華撃団』も含めた花組隊員たちと、帝都見物に繰り出すことになっているのだが、出発までには、まだ大分時間がある。それで、独りこうして悩んでいるのである。


「しかし、今日はいい天気だなぁ・・・」

 空を見上げながら、そんなことを呟いていうちに、いつしかウトウトしてしまった。
 もちろん、さっきまで真剣に悩んでいたのは本当である。しかし、物事にはいくら考えても、悩んでも結論の出ない刻(とき)もある。大神は、そんなときどうすれば良いのかを、無意識で知っているのである。


 心地よい風が、大神の頬をくすぐった。
 その風を感じたとき、何故か遠い巴里の情景が大神の脳裏を横切る。

 巴里、シャノワール、グランマ、・・・・そして、メルとシー。

 それは、巴里の町並みであり、シャノワールや巴里華撃団のみんなであった。

(・・・・・・・・・・!)

 次の瞬間、大神は人の気配を感じとった。
 気配の主は、大神のすぐ側にいる。もしこれが敵意があったり、妖しい気配であるならば、もっと早くに気づいて飛び起きたに違いない。
 しかし、その気配はまるで風に乗ってきたかのように、大神の傍らに現れた。いや、さっき感じた風が、その気配そのものであったのかもしれない。
 そんな思いを巡らせながら、大神はゆっくりと目を開くと、木洩れ日が、大神の両眼を優しくつつむ。
 陽炎にも似たその景色の中にたたずむ人影は、逆光でシルエットだけを浮かび上がらせていた。

「あら、お目覚めになりました?」

 人影声を発したそのとき、風が木々の枝を揺らし、木洩れ日が人影を照らした。

「かすみ・・・くん」

 大神はそう呟いたまま、固まってしまった。あたかも、魅入られたかのように・・・

「どうかしました?」

 不思議そうに問いかけてくるその顔と声を大神は知っていた。帝劇の事務局の総括者であり、風組の一員でもある藤井かすみ だ。
 余談ではあるが、花組公演の際に、ロビーで観客の誘導を的確にこなす彼女は、榊原由里や高村椿らとともに帝劇3人娘と呼ばれ、密かなファンも多いとき聞く。

「大神さん?」

 かすみ は気遣うように呼びかけるが、大神はなおも自失状態にあった。
 それもそのはず。木洩れ日のなかで大神を振り返った彼女は、いつもの見慣れた帝劇の制服である和服姿ではなかった。紺色のワンピースに、白いフリルのついた前掛け。あたかもメイド服のような・・・

(というか、メイド服そのものじゃないか!
しかも、なんかメルくんの制服に似てるぞ・・・)

 メル・レゾン。巴里のシャノワールにおいてグランマの秘書として、シャノワールの運営を携わっている女性である。もちろん、シャノワールの裏の姿、『巴里華撃団』の一員でもある。

(ある意味、かすみ くんと似ているな・・・)

などと、とりとめのない事が浮かんでは消える。突然の出来事に、さすがの大神の頭脳も停止寸前なのである。

「大神さん、どうかしました?」

 かすみ の再度の呼びかけに、かろうじて応える。

「い、いや、その・・・なんだ・・・」

「・・・・?」

「そ、その服は・・・その・・・」

 しどろもどろになりながら、ようやくそこまで応えたとき、かすみ はようやく得心がいったようである。

「服?あぁ、この服ですか。これは、エリカさんがお土産にといって持ってきてくれたんですよ。」

「そうか、エリカくんが・・・」

 エリカの名を聞くことで、大神はようやく平静を取り戻した。彼女が関わっている以上、冷静に対処しなければ、身がもたないということを、さんざん巴里で学習してきたからである。

「せっかく貰ったので、散歩がてらに歩いていたんです。」

 そう言いながら、かすみ は、大神に傍らに腰をおろした。

「ところで、大神さんはこんなところで何をしていたんですか?」

「なにって、ちょっと昼寝を・・・・いや、」

 一旦は誤魔化しかけた大神であったが、

「実は今度も公演のことについて考えていたんだ。」

 思い直して正直に応える気になった。

「公演?『ああ、無情』のことですか?」

 大神が総合演出に決まり、事務局の準備も大神を中心に動いている。何か問題があるようなら、無関係ではない。

「うん。実は『結婚』ってものが、今ひとつしっくりこなくてね・・・・」

 以前、『奇跡の鐘』で初めて演出をまかされた際、配役に悩む大神は、かすみ の助言に救われたことがある。

「あぁ、それでみんなに聞いて回っていたんですね。」

 得心がいったように頷く。

「そういえば、かすみ くん。ずっと気になっていたんだけど、以前に結婚を考えたことがあるっていってたけど、相手の人は一体誰なんだい?」

 先日、事務局で かすみ や由里にも結婚観について聞いた際に、かすみ が由里との会話のなかで、そんなことを漏らしたのだ。
 一瞬、かすみ の表情が凍ったる。

「・・・わかりませんか?」

 やや、うつむき加減で囁くような声でそう答えた。

「えっ!?」

 大神は、かすみ の方を振り返りながら聞き返す。

「わかりませんか?大神さん」

 かすみ は、顔を上げて再度答える。

「えっ・・・えぇ・・・」

 ちょうどお互いに見つめ合うような形になるり、うろたえる大神。

「でも、気にしてくれていたんですね。」

 かすみ は片手を前に突いて、身を乗り出すようにしながら続けた。
 突然の かすみ の言動に、大神の思考が停止する。

「私が結婚を考えた人は・・・」

 さらに身を乗り出して、大神の顔をのぞき込むようにして見つめる。

「・・・えぇと、その・・・」

 真っ直ぐに見つめてくる かすみ の瞳に、大神は混乱するしかなかった。

 ・・・・一瞬の沈黙。ただ、木洩れ日の中をそよ風だけが抜けていく。

「冗談ですよ。」

 突然、かすみ は体勢を元に戻すと、そう言った。

「はぁ・・・冗談・・・・」

 呪縛から解き放たれたかのように、大神の思考が再開する。

「ほら、さくら さんが探しているみたいですよ。」

 かすみ の視線が示す方向を振り返る大神。

「ほ、本当だ。それじゃぁ。」

 そう言って、大神は芝生を立ち上がると、あたふたと裏庭の入口に向かって駆けて行った。
 そこには、ようやく大神みつけた さくら が待ちかまえている。
 そんな大神の後ろ姿をみながら、かすみ がそっと呟いく。

「大神さんたら、本当に・・・」

最後の一言をさらっていくかのように、一陣の風が吹き抜けていった。

Fin



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