エリカ・フォンテーヌ
Erica Fontaine
『爽やかな風の吹く季節の中・・・私達はかけがえの無い人と出会いました・・・』
「はあ………」
ここは欧州は巴里。花の都と謳われているこの都市で、欧州大博覧会が開催されて大いに盛り上がっている。
そんな時に、周囲の人々に聞こえそうなくらい、場違いな大きいため息をついている少女がいた。
見た目は、とても可憐な感じを見る人に与える。パッチリと大きな目。小さな顔の造り。
そして、春の陽光に輝く艶やかなライトブラウンの背中にかかる長い髪の毛。
彼女の名前は、エリカ・フォンティーヌという。
見た目には「?」と思う服装なのだが、肩についているクロスのマークが彼女が何者であるかを知る手がかりのようだ。
そこから判断するに、シスターであるように思われる。
それにしても、他人に安らぎを与えるはずのシスターが真っ昼間、この往来の激しいところでのため息は少しばかり気になる。
何人かは気付いたようで、チラリとエリカに視線を向ける。
「あ〜〜あ…またやっちゃった。なんで、いっつもこうなのかなぁ…」
再びため息。笑顔の大変似合いそうな女のコなのだが…心底落ち込んでいるようだ。
どうされましたか?
「…聖母像を木っ端微塵にしてしまいました…。ちょっと掃除をしてて、指の間の埃をふき取ろうかな?と思って」
ふんふん。
「それで指が折れて…なんとかしないと、と思って…で触れたとたん聖母様が倒れてしまって…」
そうか、それは辛いですね。
「みんなの顔を見ていたら居たたまれなくなってしまって…思わず飛び出してきてしまったんです。って私、誰とお話しているんだろ?」
周りの視線がエリカに集中していた。そりゃそうです。【一人】でこの往来でしゃべっていれば疑われます。
「何だったんだろう。妙な声が聞こえたけど…」
ダッシュで逃げて肩で息をしながら呟いた。そして…
「まさか聖母様…かな?まさかねぇ〜〜〜……はぁ…」
こんな聖母はいないです。(笑)
それにしても、普段のエリカからはとても想像つかないくらい落ち込んでいる。
『能天気な人』
これが彼女に対する周りの評価だ。
常に明るいのだけれど、失敗ばかりしているところが妙に目立ってしまい、あまり良い評価をされていない。
失敗を笑い飛ばして他人に笑いを与える・・・これも立派なシスターのあり方では、と思うのだが世間はそんなに甘くない。
やっぱり他人の悪い部分をあげつらってしまうもの。
『修道院にふさわしくない。つまみ出せ』と言っている一部、心の狭い人がいるという事実を彼女はまだ知らない。
彼女の後見人であるレノ神父が、何とかそういった人を宥めているのだが、押さえきれないとこまで来てしまっている。
なんにせよ、エリカ本人は【知らぬが仏】という状況ではあるが、力いっぱい明るく生きている。
気づくと、エリカは欧州大博覧会の会場に歩みを向けていた。
華やかな街にあふれる幸せな雰囲気に引き寄せられたのか、ごく自然に会場の中に入っていく。
そして幾ばくかの時間を、この幸せな気分になっている人々のいる場所で過ごした彼女の顔には、いつもの笑顔が戻っていた。
人々からそういった感情をお裾分けしてもらったためなのだろうか。何時の間にか幸せの波動を吸収していたのか。満足して…
「よしっ、修道院に戻って…あ〜〜〜ぁ…」
普段は、失敗してもあまり後に引かないエリカであるのだが、かなり堪えているようである。
彼女の脳裏にオロオロしているレノ神父の表情がよぎった。いつも優しくしてくれて少しのドジは見過ごしてきてくれていた。
「今回はダメなんだろうなぁ…はぁ……」
あんなに動揺している神父を見たのは、長年の付き合いで今回が初めてだ。
きっと、ただじゃ済まないような気がする。そう思うと気が重くなってくる。
いつも自分をかばってくれてる神父をあそこまで落ち込ませたのだ。そう思うとやりきれないものがあった。
◇
しかも、これからはこの巴里の平和を守るための闘いにエリカ自身、身を投じなければならない。
そう、彼女は生まれた時から【霊力】というものが人一倍強いコだった。
色んな【神の奇跡】を起こしてきた。枯れ果てた地に水を沸きあがらせたり、枯れた木を再び生き返らせたり…。
最初こそ歓迎されたが時が経つに連れ、その力は畏怖の対象となっていく。
両親が亡くなってからは、その力を恐れて親類は誰一人エリカを引き取ろうとしなかった。
結局、今世話になっている修道院に半ば強引につっこまれた。
そんな環境に身を置きながら、健気で一生懸命な少女に育ったのは、レノ神父の訓育によるとこが多い。
そう言ったこともあるので、エリカはレノ神父には感謝してもし足らないと思っている。
そんなエリカとレノ神父の元に【テアトル・シャノワール】オーナー、【グラン・マ】ことライラック伯爵夫人が訪れたのは2ヶ月前のことである。
「単刀直入に言わせていただきます。このコを…エリカ・フォンティーヌさんを私の元に引き取りたいのですが…」
正直、迷いはあった。今まで世話になった神父に泥を引っ掛けるようなマネはしたくなかった。
しかし、神父の一言でエリカは決心する。
「エリカさん。シスターとして他人を助けるのも、ダンサーとしてお客様の笑顔を創るのも…同じ人助けだとは思いませんか?」
こうして決意を固めて、ダンサーとして【テアトル・シャノワール】に出入りし始めて直後のことだった。
グラン・マに呼ばれたエリカは驚愕の事実を聞かされる。
「エリカ、あんたにはダンサーとしてだけではなく…」
そう言って案内された場所は見なれない【機械】のある、倉庫のようなところだった。
その【機械】は、人のような形をした何ともいえない代物だった。
「あんたが私の見込んだとおりなら、これを…霊子甲冑を動かせるはずだよ」
エリカは、そのグラン・マの期待通りの結果を残す。そして、一ヶ月ほどで基本的な戦闘行動は取れるようになっていた。
さらに基本装備としてあつらえてあった十字架型のマシンガンも、普段の射撃趣味もあって、あっさりと使いこなしていた。
まあ、細かい精度に関しては目を瞑るしかなかったけれども、充分満足いく結果をエリカは残していた。
もう一人の友人、グリシーヌ・ブルーメールとともに後は【その時】を待つのみとなっていた。
◇
とはいえ、エリカ本人はとても不安に感じていた。
ただでさえドジなのに、失敗して巴里の街を守れなかったら…持っている【力】が暴走したら…
そう思うとプレッシャーに潰されてしまいそうになる。で、修道院の仕事を頑張ったら聖母様が木っ端微塵…
いくら元が明るい人間だって、これだけやってしまうと充分落ち込めるというものだ。
というわけで、いつもよりも復活のスピードが極端に遅いのは当然なのである。
しかし、悪いことの後には良いことがある…降り終わらない雨など無いのだ。
博覧会会場を重い足取りで歩いていたエリカはふと足を止めた。違和感を感じたからだ。
これは…決していいものじゃない…何か悪意のこもったものだ!
心の中で警鐘が鳴る。自然とその方向へ足が向いていた。落ち込んでいる自分の状況など、どっかへ追いやる。
その顔は正義感に満ちた、ダンサー以外の【あの】顔。が、エリカは何か違う、【もう一つの違和感】を感じていた。
それは、【違和感】というよりは【確信】のようなものだった。何か、暖かいというか…そう、陽だまりのような波動を感じていた。
『きっと良いことがある』
エリカはそう感じていた。何故だかわからないけど、根拠なんて無いけどそう思える。足の運びが次第に早くなる。
その時、何かが激しく衝突し、砕ける音が会場内に響き渡った。人々の悲鳴が、会場内を切り裂く。
『急がなきゃ!』
困っている人々を助けないとと思い、エリカは必死に走った。しかし、不思議と冷静だった。
使命感で身体が熱くなりそうなのだが、頭の中では全ての事が整理をつけている感覚。
そして、現場にたどりつくと、蒸気自動車が暴走していた。そして一人の男性に向かって突っ走っている。が…
「わおぉ、やるぅ!」
思わずエリカは口にしていた。その男性は見事な身のこなしで車を避けたのだ。
突っ込んでくる車に飛び乗り、受身を取って着地したのだ。着地して、その男性はその場に倒れている男に声を掛ける。
「おいっ!大丈夫か?待ってろ、今医者を呼んでくるから!!」
【その男性】は、必死になって車に乗っていた人の無事を確認する。その目は真剣そのもの。
周りにいた他のパリジャンは動けなかったのに、【その男性】は巴里の人じゃなさそうなのに誰よりも一生懸命でした。
そして…【陽だまり】の源はこの人でした。
「待ってください…」
エリカは男性に声を掛けた。対峙して感じたことは、初めて会う気が全くしなかった。そう…もう何年も一緒にいる、そんな感覚。
この人の前でなら、きっと【神の奇跡】を使っても大丈夫。
何故かそう思えるのだ。あれだけ人前で使うのを嫌になっていた【神の奇跡】をこの人の前でなら使える、そう思った。そして…
「…こ…これは…」
息を呑んで【その人】は眺めていた。エリカの【力】を…。
その目は…驚愕こそしても、畏怖や恐怖とは違ったものだった。純粋に疑問として、その力を見極めようとする目だった。
そして…真摯な目だ。明らかにこの近辺出身の人じゃないけど、黒い瞳はどこまでも澄んでいて引き込まれそうになる。
エリカは自分の持ってる知識を引き出そうと頭を振り絞る。そして、一つの答えに当たる。そう…【サムライ】だ。
東洋の事について興味を持っていた彼女は、図書館からとある本を借りていた。それは、武士道、という本だ。
その本には、日本という国にいる【サムライ】という存在について、事細かに記載されている本であった。
己を省みることなく、周囲の人々のために命を張って生きる存在。そして、何よりも曲がった事を嫌う存在。
それが、目の前にいる男性に当てはまる。エリカはそう感じた。
きっと、そうに違いない。なんとなくなのだが間違ってない、と感じていた。
「さ、もう大丈夫です。神様が奇跡を起こしてくださいました。」
男性の顔は、穏やかだった。事故に遭った人の無事を確認し、ホッと一息をついたところで、エリカに訊ねた。
「君のその力は…?」
やはり、真摯な瞳でエリカの目を見つめ返してくる。
『…なんだろう…』
エリカは考えていた。この人とは、きっと会ったことがあるんじゃないのか、ということを。
しかし、街ではやはり見たことがないし修道院に来た覚えも無い。でも、やはり初めて会った気がしないのである。
『しゃべってもいいかな?』
そう思い、【その人】に話し始めた…
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「大神…一郎さん…か」
小走りでエリカは教会へ向かっていた。暖かいものを持った男性の名前を、一語一語噛み締めるようにつぶやいていた。
彼は日本からやってきた人、ということ。長年の(?)疑問も氷解した。大満足のひとときだったに違いない。
そして、彼女は別れ際に一枚のチラシを大神に渡していた。
「テアトル・シャノワール?」
大神がつぶやく。無理もない。教会のシスターが何故に踊り子、と思うのは当然だろう。
しかし、そんな大神の疑問などどこ吹く風。
「わたし、このお店のステージで踊ってるんです。ぜひ、遊びにきてください」
もう一度会ってお話したいというエリカの意思が、大神の疑問をシャットアウトしていた。
教会の鐘が鳴り響く。時計代わりの鐘の音。集合の合図。
「ほんとに帰らなきゃ…では大神さん、シャノワールでお待ちしてます!約束ですよ!」
そう言ってエリカは大神の前から去っていったのだ。
「でも…なんで、【神様の奇跡】のこと、話したんだろ…」
そう、大神にエリカは自分の【神様の奇跡】について、さわりの部分だけ話していた。
今までこのことは他人に聞かれるのはおろか、自分から話すのも嫌だったというのに…
初めて会った大神に素直に話してた自分に驚いていた。
そして、何か…話していくごとに、自身の心が温かくなっていくのを感じていた。
『なにも隠さなくても、きっとこの人は受け止めてくれるに違いない』
そう思っているエリカがそこにいた。こういう気持ちが何なのであるかを理解するには、もう少し時間を掛けることになる。
「考えたって分からないものは分からないか…。ま、いつか聞けるはずだから…いっか!」
エリカは小走りでなく、いつしか駆け足になっていた。再開を確信して、5月の爽やかな風を身体いっぱいに受け止めながら…
PS:お〜〜〜い、エリカ〜〜〜。今時の日本人は『チョンマゲ』なんてしないぞ〜〜〜。
だまされるなよ〜〜〜〜。(色んな意味で)(笑)
次・回・予・告!!
そのしがらみと真っ向から向かい合い、もがき、あがく一人の女 〜グリシーヌ・ブルーメール編〜 愛の御旗のもとに… 「誇りとは…強さとは…優しさとは…」 |
このお話はサクラ大戦3の第1話「欧州は花の都」の冒頭の部分、エリカと大神の出会いのとこをいいように頂戴して書いています。
なんとか、自分でつけた通りのタイトルに内容を近づけようと努力してみたんですが・・・いかがなものでしょう?
それでは、また次のお話で・・・
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