親愛なるきみへ(第六話)  作・鰊かずの

<1>

 急に視界がぶれて、気がついたらそこは帝劇の一階客席だった。
 視界いっぱいに舞台が広がり、その手前にはオーケストラピットが黒い口を天に向かってあけている。客席は規則正しく並んで、誰もいない舞台を見守っていた。
 いつも舞台から客席を見ているレ二にとって、客席から見る舞台というのはひどく新鮮に感じられた。
 歌い、踊り、お芝居をする広い舞台には今、巨大なスクリーンが設置されていて、二階客席から映写機のカタカタという音が響いてきた。
 とても現実的な非現実に、これはいつもの夢だと察しがついた。
 帝劇は劇場であって、活動写真館ではない。舞台にスクリーンが置かれること自体ありえない。
 だがここは紛れもなく帝劇で、自分がいるのは一階客席中央だ。
 いつもの夢にある、あの生ぬるいような白い感覚はない。若干肌寒く感じられる場内は他に誰もいない。舞台の上に映し出される白い光以外に光源はなく、客席の隅には闇がわだかまっていた。
 スクリーンは何も映さない。ただ白い映像だけがある。レ二はただそれを微動だにせず見守っていた。
 やがて、かすかなノイズと共にスクリーンに文字が映し出された。
 映画の始まりを告げるカウントダウンの数字が映し出され、白い画面が少しゆらいで二人の人間が映し出された。
 欧州のどこかの町並みには雪が積もり、白い光景に一人の女性が立っていた。女性は顔に能面のような白い仮面をつけていて、表情は分からない。
 女性はその腕に赤子を抱き、産着にくるまれたその子ををあやしながら「微笑」んでいた。そこに、五才前後の子供が歩み寄った。
 黒髪を短く切りそろえた子供は「不安」げな仮面をつけていて、少し離れた所で立ち止まるとうつむいて雪を蹴った。
 子供特有のその仕草に、女性は子供を見た。しばらく何か会話するように見詰め合うと、子供は「拗」ねた顔になってそっぽを向いた。

 弁士のいない無声映画だった。もし仮面さえつけていなかったら、あの二人が何を話しているのか知る事ができるのに、仮面の口元が動く事は無かった。

 女性は「困」った顔をすると、子供の前にしゃがんだ。何かを言い含めるように子供を見ると、「微笑」んで赤子を子供に渡した。
 子供は「驚」いておずおずと赤子を抱き「困惑」して赤ん坊を見ていたが、やがて最高の「笑顔」になった。
 女性はそんな子供を見て「笑顔」を浮かべると、子供に何か語りかけるような素振りを見せた。子供は大きく頷くと、腕の中の赤ん坊を「愛し」そうにあやした。

 その時、画面の視野が急に狭まると、レンズを通したような映像になった。しばらくそれが続いたが、前触れもなく以前のように視界が開いた。

 女性はこちらを見ると頷いた。子供から赤子を受け取ると、くるりとこちらに背を向けた。子供は「残念」そうな顔をすると、女性のコートの裾を握って一緒に歩き出した。
 少しずつ小さくなっていく二つの人影を、ただ見守っていた。

 画面が急に切り替わり、またカウントダウンが始まった。

 白い画面が少しゆらいで二人の人間が映し出された。
 欧州のどこかの町並みには雪が積もり、白い光景に一人の女性が立っていた。女性は顔に能面のような白い仮面をつけていて、表情は分からない。

 繰り返されるその映像に、レ二は苛立った。

 女性はその腕に赤子を抱き、産着にくるまれたその子ををあやしながら「微笑」んでいた。そこに、五才前後の子供が歩み寄った。

 町並みも、女性も、子供も、赤子も、レ二には全く身に覚えのない事で、でも不思議な既視感だけが心にわだかまっていた。
 レ二の感情をよそに、映画は進んだ。


 去っていく二人の後ろ姿に、レ二は思わず問いかけた。
「きみたちは誰!? どうしてボクにこんなものを見せるの!?」
 二人は立ち止まると、くるりと振り返った。
 「笑」の仮面をつけたふたりはレ二をじっと凝視して、やがて声が響いた。

『まだわからないの?』
 
 その声を皮切りに、どこからともなく声が響いた。大勢の人間が遠く近くレ二を呼んでいる。

『レ二』
『レ二』
『レ二』
『レ二』

 どこからという訳ではない。劇場全体から響くその声に、レ二は耳を塞いだ。それでも声は小さくならず、塞いだ手の間から絶え間なく声が流れ込んできた。

『レ二』
『レ二』
『レ二』
『レ二』

 神経を逆なでするその声に、レ二は思わず叫んだ。

「もうやめて! もうボクを呼ばないで!」

 その叫びに応えるように、エコーのかかった声の隙間からはっきりした声が聞こえてきた。

「……二。レ二!」

 ぼやけた声をかき消すような聞き覚えのある声に、視界が白く輝くのを感じた。


<2>

「……レ二! どうしたんだい? しっかりするんだ、レ二!」
 肩を強くゆさぶられて、レ二は視界を取り戻した。気がつくと目の前には大神がいて、心配そうにのぞき込んでいた。
「レ二。気がついたかい?」
「隊長……」
 見なれたその顔に、レ二は安堵した。辺りを見まわすとそこは現実の一階ロビーだった。
 思わず客席に駆けこんでも舞台の上にスクリーンはなく、映写機のカタカタと言う音もしない。
 静かな劇場を確認して、真綿の上を歩くような感覚が去っていくのを感じた。レ二は手の中に感じる小柄の感触に、ようやく現実へ戻って来た事を実感した。
「そう……。今日、アイリスがクリスから小柄を借りたんだ。それを帝劇で落としたって言って、探すのを手伝って、見つけて拾い上げたんだ」
 現実をかみしめるように言うと、レ二は頭を振った。さっきの白昼夢の声が頭の芯にこびりついて、少し吐き気がした。

 大神がレ二を見かけた時、彼女の目は虚空をさ迷い、小柄を握り締めて何かをつぶやいていた。客席から出てきた今も顔色が悪く、何か尋常ではない事が起きたのだと推測がついた。
「レ二。何があったんだい?」
 レ二はため息をつくと、小柄に目を落とした。
「隊長……ボクは最近、夢を見るんだ」
 そう言うと、白い夢の話をした。
 白い闇に包まれた不安定な夢。どこもかしこも温かく、それでいて落ちつかない気分にさせる夢。そして劇場の白昼夢。
「……この夢には何の意味があるのか。考えると頭が痛くなってくるんだ。正常な思考が妨げられて、ひどくもどかしい。でも、心のどこかでその夢を待っているんだ。……ボクはどうしたんだろう」
「レ二……」
 軽く頭を押さえるレ二は、ひどく不安そうだった。今までほとんどの事象に対して明確な答えを出してきたレ二にとって、感覚が先行するその夢は今まで出会った事のないタイプのものだった。
 大神は腕を組んだ。高い霊力者が似たような夢を見る場合、何らかの意味がある事が多いと、以前マリアに聞いていた。
 話に聞くレ二の白い夢は、例え霊力者でなくても何かを伝えようとしているように思えた。
「その夢は、いつから見ているんだい?」
 何気ない大神の問いに、レ二は驚愕の表情を浮かべた。まるで冷水を背中に浴びせられたように大神を見ると、視線を落として手の平を見た。
「どうしてその事を考えられなかったんだろう。時間軸は物事を理解・分析する上で重要な要素だ。まずそこから考えてみなければならなかったのに、そんな事にも思い至らなかったなんて……」
 独り言のように言うと顔を上げた。そこには、さっきまでの不安な表情はなく、いつもの冷静で理論的なレ二が戻っていた。
「最初に見たのは、「青い鳥」の千秋楽の夜。……クリスと再会したその日の夜だ。そして劇場の白昼夢は小柄との接触により起こった。この夢にはクリスが関わっていると見て間違いない」
 レ二は小柄を握り締めた。小柄は小柄でしかなく、かすかな霊力しか感じられなかった。
 しかし、自分は確かにこれを拾った時にあの白昼夢に襲われた。あの夢は今までの夢とは違うように思えたが、画面に映し出された映像は紛れもなくいつもの夢の特徴を踏襲している。
 小柄にはさつきが……クリスの母親の霊が宿っているという。何の関連もないはずがなかった。
「隊長。ボクはクリスと話し合うよ。クリスがこの夢について何かを知っているのだったら、ボクも知りたい。このまま、この夢にのまれるのは嫌だ」
 強い決意を宿したその瞳に、大神は頷いた。
「俺も行っていいかい? 何かの手助けができるかも知れない」
「うん。……お願い」


<3>

 二階を探し回っていたアイリスと合流すると、三人でクリスの部屋へ向かった。
 階段を上り、ノックをしても返事はなく、ただ部屋の中から呪文のような声がかすかに聞こえてきた。
 大神はそっとドアノブを回して中をのぞくと、部屋の中央でクリスが何事かつぶやいていた。
 足元には三日月をモチーフにした図形を取り囲むように、複雑な文字のようなものが描かれていた。
 四方には霊子水晶らしい水晶が青白い輝きを空中に放っていた。その光はやがて収束し、一筋の光となってクリスを照らすと、やがて消えた。
 クリスは目を開いた。そこには不満げな光が宿り、いまいましげに首を振った。
「だめだ。やっぱり。これじゃ足りない」
「何が足りないの?」
 いきなり掛けられたその声に、クリスは心底驚いた。思わずよろめいて、足元にあった水晶を蹴飛ばすと、割と重い音を立てて倒れた。
 クリスは可聴域すれすれの声を上げると、大急ぎで水晶を拾い上げて光にかざした。
「ご、ごめん」
 クリスはレ二の言葉が耳に入らないかのようにしばらく光にかざしていたが、やがて机の上に置いた。
「……まあ、何とかなるだろうさ。それよりも、何だ? ノックもしないで」
「ノックならした」
 苛立つ言葉を冷静に流したレ二の後ろから、アイリスがおずおずと進み出た。
「ごめんね、クリスぅ。せっかくだいじなこづかをかしてくれたのに、アイリスおとしちゃって」
 そう言うと、アイリスは小柄を手渡した。クリスはほっとしたようにそれを握り締めると、本当に申し訳なさそうなアイリスに微笑んだ。
「いや。見つかったからもういいよ」
 そう言うと、手早く足元の水晶を箱に納めた。紙に書かれた魔法陣のようなものをまるめて部屋の片隅へ押し込むと、部屋は奇妙に広く見えた。
「何をしてたんだい?」
 もっともな大神の問いに、クリスは意地悪そうに一息で答えた。
「外霊力循環公式による相対性魔術方式における霊力変換術だよ」
「は?」
 大神は間抜けな声を出した。その言葉は確かに日本語のはずだが、何か別の国の言葉のようにも聞こえた。アイリスも意味が飲み込めずにきょとんとしている。
 クリスはそんな二人を少し笑って見ていた。
「分からなかったら別に……」
「魔術を使って霊力を補強していた。そういう事でしょう?」
 レ二の言葉に、クリスは沈黙した。少しいまいましげに笑うと、軽くレ二をねめつけた。
「優秀な妹を持って私は幸せだよ」
「ボクに学問を教えるよう、指示したのはクリスだ」
「……」
「キャハッ! レ二の勝ちぃ〜」
 アイリスが手を叩いて喜んだ。
「でも、どうしてそんな事をしていたんだい?」
「力が欲しい。ただそれだけさ」
「力?」
「ああ」
 何でもない事のように頷くクリスに、アイリスが首をかしげた。
「ねえクリスぅ。クリスがほしいちからって、霊力だよね? クリスはもうじゅうぶんつよいちからを持ってるとおもうけどなぁ」
「いいや。まだ足りない」
 クリスは素っ気無く言い放った。確かにクリスは優秀な霊子力学者だったが、それほど霊力を必要とするものなのだろうか?
 大神が口を開くよりも早く、レ二が質問をした。
「確かに、霊子力学には霊力は不可欠だけど、それほど高い能力は求められないはずだ」
「まあな。……まあこの公式は趣味で求めたようなものだから。まだまだ未完成で欠点も多い」
「へえ。クリスって、シュミまでりょーしりきがく、なんだ」
「そう。私にはこの力があるからね。名声を築いて、霊子力学史に名と功績を残せれば、私の死後も私の事は忘れられないだろう?」
「そんなに力を得て、一体どうしようというの? クリス」
 レ二は真剣なまなざしで聞いた。本当はこんな事を話しに来た訳じゃないが、どうしても聞き流せなかった。
 クリスは少し肩をすくめた。
「愚問だよ、レ二。どんな事も、力の前では無力だ。私は誰にも屈さない。どんな犠牲を払っても、我と我が身を守ってみせる。権力も財力も発言力も。そして霊力も、そのための道具に過ぎない。母亡き後、そのために霊子力学を研究したんだから」
 霊子力学を研究、の一言に、レ二はクリスを見返した。そんな事のために、クリスはあの悪魔のような計画を推進させたのか? レ二にはまだ、クリスを許す事なんてできなかった。
「正義のない力は無益だ」
「力のない正義は無力だ」
 二人は黙ってにらみ合った。久しぶりに流れる険悪な感情の交流に、大神は二人の間に割って入った。
「二人とも落ちついて。それより、レ二はクリスくんに聞きたい事があったんだろう?」
「あ、うん」
 レ二は簡潔に白い夢の話をした。暖かくて柔らかくて、ひどく切ない夢。クリスは少し眉をひそめると、大神達に背中を向けて窓の
外を見た。
「……さっき見た夢は、明らかに小柄が見せた夢だ。もしクリスが何か知っているんだったら、教えて」
「……私が教える事なんて、何もない」
 素っ気無い言葉に、レ二は少し興奮気味に訴えた。
「クリス! ……ボクは、八歳以前の記憶がない。一番古い記憶は研究所の白い天井で、それ以降の事ならば詳細に記憶している。でも、それ以前の記憶はひどくあいまいで形にならない。……今までは、それでも構わなかった。過去の記憶なんて、あるだけムダだって思ってたから。だけど、今はひどく気になる。あの光があるとすれば、八歳以前のはずだから。その時代に、もしもクリスが関わっていたのなら少し話を聞きたい。そう思うのはいけない事なの?」
「黙れ」
 恐ろしく冷たい声がして、クリスはゆっくり振り向いた。
 冷たい目だった。
 内側に怒りを秘めた何よりも冷たい目に、大神は思わず息をのんだ。以前食堂で見せたよりもずっと冷たい視線に体が凍りついた。
 アイリスはおびえたように大神にしがみつくと、クリスに背を向けた。
 レ二はその視線をしっかりと受け止めると、まっすぐに見返した。
 そのまましばらくにらみ合ったが、やがてクリスはゆっくりとドアを指し示した。レ二をにらんだまま有無を言わさぬ強い口調で、たった四文字を口にした。
「出ていけ」


<4>

 翌日。時刻は午後五時を回り、気の早い夕焼けが青い空を薄金色に染めたくてうずうずしている。
 そんな光が射し込む神崎重工・横浜霊子力学研究所の休憩室で、紅蘭は一人緑茶をすすっていた。
 当初はひどく難航して、このまま難破してしまうんじゃないかと思われた天武の連動試験も、最近ようやく軌道にのってきていた。
 特にクリスが朝食を食堂で摂るようになってからは、神崎重工の研究者たちとも少しずつ折り合いをつけるようになっていて、今までとは比べ物にならないくらい仕事がはかどっていた。
 まだまだ課題は残っているが、とりあえず一段落してまったりと飲む緑茶はとてもおいしく感じた。
「おい、紅蘭! 大先生はどこだよ!?」
 休憩室に駆け込んでは一声ほえた瀬潟の言葉に、科学雑誌をぱらぱらとめくりながらおせんべいに伸ばしかけた手を止めた。
「なんや、瀬潟はん。大先生ってクリスはんの事かいな?」
「そうだよ。シュトックハウゼン博士天才大先生はどこだ? 一緒じゃなかったのか?」
「クリスはんならちょっと前に、ふらっと出ていきはったで。トイレとちゃうか? ……なんや? 何かあったん?」
 紅蘭の言葉に、瀬潟は前髪を掻き揚げた。仕方ないという風にため息をつくと、紅蘭の向かいに座って勝手に湯のみにお茶をついだ。
「いや。急ぎじゃねえけどのんびりもしてらんねえよ。工程が遅れてんだから」
「せやなあ。クリスはんが来はって一週間は進歩どころか後退しとるんちゃうかって思うくらい大変やったもんなぁ」
「ああ。……ったくよう、たまんねえぜ? 研究所ができる時に散々呼んでも来なかったくせによ、今更横合いからしゃしゃり出たかと思えば訳の分からねえ事ばっかり抜かしやがって。しかもこっちがミスすりゃあ小馬鹿にしたようなあの目で見ながら『どうしてそんな事もできないんだ? よく今まで光武が無事だ
ったな』……だあっ! 思い出すだけで腹が立つ!」
 そこまで一息でまくしたてると、瀬潟はお茶を飲み干した。紅蘭は湯のみにおかわりを注いでやりながら笑った。
「そんな事もあったな。その後大ゲンカして。大変やったわ。……最近、うちも分かってきてん。あのお人は、言葉が決定的に足りひんのや。惜しんでるわけとちゃうで。それで通じてると思ってるんや。ちゃあんと話してみると、なかなかええお人やと思うけどなあ。それに、クリスはんはホンマの天才やで」
「どうせ俺は凡才だよ。紅蘭やあの大先生との間にゃ、埋められねえ溝がある。さっきそれを思い知ったとこだ」
 瀬潟はすねたように言うと、せんべいをばりばりとかじった。何があったのか、ずいぶん荒れていた。そんな瀬潟の発言に、紅蘭は少し眉をひそめた。
「瀬潟はん、何言うてまんのや、さっきから。大体、うちは天才とちゃうで」
「いいや、天才だよ。紅蘭と……悔しいがあの大先生は。俺みたいなしがない凡才じゃとても太刀打ちできねえよ。どうせ俺は、単なる町工場の倅だよ。金もなけりゃ才能もない、と」
「瀬潟はん……」
 すねてばりばりとせんべいを食べる瀬潟を紅蘭は見た。
 クリスが歩み寄るようになった後も、瀬潟だけは打ち解ける様子がなかったが、その原因はきっとここにあるのだろう。
「ま、んな事紅蘭に言っても仕方ねえけどな。すまねえな、愚痴言って」
「……確かに、天才と凡才の間には越えにくいカベがあるわな。うちかて、すみれはんやマリアはんみたいな演技力はあらへんし、霊力かてみんなより低いんや。コンプレックスがあらへんわけやないで。せやけどな、みんなそれでええって言うてくれんねん。こないなうちを、そのまんまで受け入れてくれるんや。……瀬潟はんは、天才やなかったらみんなが受け入れてくれへんの?」
「お、俺は別に……」
 紅蘭の言葉に、瀬潟は言葉をにごした。瀬潟の中に積みあがっていた、消えない劣等感を見透かされたようで少し焦った。
「クリスはんかて、悩みや苦しみはあんねん。一緒や。確かに、霊子力学はクリスはんの方が一枚上手かもしれん。せやけど、瀬潟はんにはその熱っついガッツがあるやん。絶対負けへんでーっていうその魂とみんなを引っ張る親分肌を、うちかて結構頼りにしてんねんで?」
「そうだぞ、瀬潟。お前が自分を卑下する必要は、どこにもない」
「宇川さん」
 振り返ると、宇川がコーヒーを片手に休憩室へ入ってきた。宇川は瀬潟の隣に座ると、せんべいをつまんだ。
「いや、コーヒーにせんべいって合うんか?」
「これはこれで、おつなものだよ。……いいか、瀬潟。お前にはお前の、わたしにはわたしの得難い資質がある。だからチームで霊子機関を預かっているんだ。お前が卑下した資質だって、大切なんだぞ?」
「せや。クリスはんかて、このチームの事をえろう褒めてはったで。もっと自信持ちぃ」
 紅蘭の言葉に、瀬潟は大げさに驚いた。まさかあの尊大な大先生が自分たちを褒めるだなんて考えた事もなかった。
「あ、あの大先生が!? 嘘だろ!?」
「うちは嘘は嫌いや。せやから……」
 紅蘭の言葉をさえぎって、放送機材から少し焦ったような事務の女性の声が響いた。
『紅蘭! 外人墓地に降魔が出現しました! 今花組のみなさんが翔鯨丸でこちらに向かっています。紅蘭は現地で合流してくださいとの事です!』
 その言葉に、紅蘭は気を引き締めた。外人墓地といえば、ここからさほど離れてはいない。こんな時のために戦闘服を持ってきていて大正解だった。
「了解や! すぐに着替えて向かいます! ……ほんなら、うち行ってくるわ」
「紅蘭! その……勝ってこいよ!」
 瀬潟の声援に、紅蘭は降り返って笑った。
「まーかしとき! うちらの光武はそう簡単に負けへんで!」
 そう言って駆け出す紅蘭の後ろ姿を見守って、瀬潟は照れ笑いを浮かべた。
「『うちらの光武』か。へっ、良い事言うじゃねえか、紅蘭もよ!」
「そうだな」
 その時、研究者が文字通り駆け込んできた。壁に手をついて呼吸を整えると、大声で叫んだ。
「宇川さん、瀬潟さん! 天武の連動効率が二〇パーセントを切りました!」
「なんだって!? またかよ! ……ったく! 大先生はまだ帰ってこねえのかよ!」
 トイレの方向に向かって吠える瀬潟の肩を叩いて、宇川は促した。
「我々だけでも先に行こうか。『うちらの天武』の御機嫌を直しにな」
「そうですね、宇川さん」
 瀬潟は迷いのない目で頷いた。こちらも気を引き締めると、二人
は研究室へーー彼らの戦場へと舞い戻った。


<5>

「帝国華撃団、参上!」
 決めポーズも勇ましく、外人墓地に九体の霊子甲冑が降り立った。
 大神は辺りを見まわした。夕闇が迫る外人墓地は閑散としていて、多くの墓標が不気味に立っていた。
 そんな間を、異形の魔物が闊歩していた。
 頭は異様に長く、剥き出しの脳のようにひび割れていた。目はなく、口は耳付近まで割れて、中から無数の尖った歯が見えていた。
 少し猫背気味な背中からコウモリを思わせる羽が生えているそれは、紛れもなく降魔だった。
 十体ほどいるその奥には、白い降魔がいた。
 一体だけ明らかに様子が違うその降魔は、すぐに襲いかかってくるようすもなく、ただ外人墓地を取り囲む雑木林の木の頂上にうずくまるようにしてこちらを見ていた。
「何故降魔がここに? 封じられていたはずじゃあ……」
 大神の声に反応するように、かえでが通信を入れた。
『大神くん、聞こえる? 木の上の降魔は後にして、まずは地上の降魔を殲滅して』
「了解!」
 大神は素早く思考を切り替えた。映し出された状況を一瞬で判断すると、花組全員に指示を出した。
 普段は少し頼りない劇場のモギリだが、いざ戦闘になるとその統率力と判断力は群を抜くものがあった。
「俺とさくらくんが先陣を切る。マリア、援護を。すみれくんとカンナは右前方の降魔を頼む。紅蘭が援護してくれ。織姫くんとレ二は左だ。アイリスも向かってくれ」
「了解!」
 大神の指示のもと、花組はさっと散開した。
 カンナがダメージを与えた降魔をすみれがなぎ払い、迫り来る降魔を紅蘭が足止めした。
 アイリスが念動力で浮かせた降魔を織姫がビームで狙い撃ちにして、レ二がスピアでとどめを刺した。
 大神の二刀流がひらめき、さくらの刀が降魔を切り裂くと、マリアの銃が正確に降魔の急所を貫いた。
 舞台に負けない素晴らしいコンビネーションで、花組は次々に降魔を撃破していった。
 降魔の群れが殲滅されるのに、そう大した時間はかからなかった。


 最後の降魔が倒され、樹上の降魔が残った。
「みんな気をつけろ! 来るぞ!」
 大神の叫びに応じるように、降魔の姿が消えた。
 次の瞬間、飛び上がった降魔がレ二機の前に立ちはだかり、鋭い爪を振り上げた。
「レ二!」
 大神は叫んだが、レ二の反応は素早かった。ひらりと踊るように身をかわして爪を避けると、瞬時に態勢を立て直してスピアを突き出した。
 雑魚の降魔を倒した時、レ二は一人少し離れた所にいたため援護が間に合わなかったが、不利な様子は感じられなかった。
 降魔はぎりぎりでそれをかわし、更に爪を振りかざしたところに銃声がした。
 マリアだ。
 銃弾は降魔の左上腕をかすり、大きく態勢を崩した。
 その隙を、レ二は見逃さなかった。
 ひざをついた降魔に、レ二は大きくスピアを振りかざした。
 その時だ。
『レ二!』
 かえでが通信で割り込んだ。その声に一瞬気をとられたレ二の隙をついて、降魔は態勢を立て直し、間合いを取った。
「かえでさん! 邪魔をしないで!」
 苛立ったようにレ二が吐き捨てる。降魔を倒す絶好のチャンスを失って、レ二は改めてスピアを構えた。
 その時、他の花組隊員も駆けつけ、全員で臨戦態勢をとった。
「てぇえええええいっ!」
 すみれが、裂ぱくの気合いと共になぎなたを振りかざし、降魔に迫った。
 降魔はよろりと後ろに飛んで避け、そのまま左腕をかばうように後方へ飛んだ。
 降魔はそれ以降襲ってくる様子もなく、そのまま夜の闇へと消えていった。
「まちなさい!」
「よせ、さくらくん。深追いは禁物だ」
 大神は、追いすがろうとするさくらを諌めた。
 空き地に着陸する翔鯨丸のサーチライトの明かりが光武改とアイゼンクライトを照らしだし、深い影を作った。降魔の消えた林を光がないだが、そこに降魔の姿はなかった。
「敵降魔、撤退」
 レ二の冷静な一言で、横浜の戦闘は終わりを告げた。


<6>

 降魔の気配がなくなり、外人墓地はようやく静けさを取り戻していた。
 そんな中翔鯨丸の照明が霊子甲冑を照らし、光武の収容作業が進められていた。
 作業員が忙しく光武改を回収する中、レ二は納得いかない様子でかえでに詰め寄った。
 さっきの戦闘では、仕留められるはずの敵降魔の首領を取り逃がした。あの降魔と黒鬼会との関わりは今のところ不明だが、少なくともかえでの一言がなければ確実に後の憂いを断ち切れたはずだっ
た。
「かえでさん。戦闘中に余計な口を挟まないで。そうでなければ今ごろ、白い降魔は倒せたはずだ」
「そうね……。ごめんなさい、レ二」
 かえでは素直に謝ったが、大神は素直に受け止められなかった。今まで戦闘中にそんな発言をした事がなかったのに、今回はわざとレ二の気を散らせたようにも見えた。
 かえでらしからぬ行動だった。
「かえでさん、どうしてレ二の気を散らすような事を言ったんですか?」
「それは……」
 言いかけた所に、ポロロロロ〜ンとギターの音が響いた。
 白い背広に赤いワイシャツ、牛柄のネクタイに緑の靴下、という相変わらずなファッションで、加山がいつの間にか目の前に立っていた。
「墓地はいいなぁ。幽霊が出そうだけど」
「加山! お前、こんな所で何をしてるんだ?」
 大神の言葉には答えず、加山は解析不能な笑みを浮かべた。
「大神。古人曰く「人間何事も塞翁が馬」だ。何が幸いして、何が災いするか分からんもんだぞ」
「はあ?」
「それはさておき、かえでさん。……」
 間の抜けた声を出す大神には構わず、加山はかえでに耳打ちをした。何を言ったかは聞こえなかったが、少し眉をひそめるとかえでは頷いた。
「分かったわ。……大神くん。私は少し任務があるの。先に帰っててちょうだい」
「り、了解」
 そう言い置くと、かえでは別の男に案内されて雑木林の方へ小走りで去っていった。
 今の時間に墓参りでもあるまいに、一体何の用があるというのだろうか? しかも、昨日の浅草といい、最近加山の言動も少し変なように思えた。
「加山。お前、どうしてここに……」
「まあ、何だ。人生にはいろいろあるって事だ。それじゃ大神、アディオ〜ス!」
 そう言うと、加山もまた墓地の方へと消えた。二人の去った方向に目をこらしても、明かりのない雑木林は不気味な静寂が降り立っているばかりだった。
「何なんだ? 一体……」
 大神の問いに答える者は、誰もいなかった。
 消化不良の感情を抱きながら二人が去った雑木林を見守っていた大神は、紅蘭の声に振り返った。
「大神はん。うち、一旦神崎重工に帰るわ。クリスはんと合流したいし、あっちの様子も少し気になるさかい」
「ああ。じゃあ、俺たちは翔鯨丸で先に帰っているよ」
「ほなな」
 紅蘭は微笑むと、迎えの蒸気自動車の方へと歩み去った。その姿を見送って、やはり釈然としない様子のレ二の肩を叩いた。
「さあ帰ろう、レ二。帝劇へ」
「うん」
 二人は翔鯨丸に乗り込んだ。


<7>

 大神達が帝劇へ帰りつき、米田支配人へ今回の戦闘の報告を済ませて自室へ帰ると、ふいにキネマトロンの着信音が鳴り響いた。
「はい。大神です」
『あ、大神はん。ウチです。李紅蘭です』
「紅蘭!? どうしたんだい?」
『大神はん、クリスはん帝劇へ帰ってはる?』
「クリスくんかい? ……いや、まだだと思うけど。何かあったのかい?」
 大神の言葉に、紅蘭はひどく心配そうな顔をした。
『さよか。……実はな、クリスはん今日の五時前くらいから姿が見えへんねん。ひょっとしたら帝鉄でそっちへ帰ってるかと思うてんけど……』
「今日の五時から?」
 大神は蒸気時計を見た。時刻はそろそろ八時を回ろうかとしていた。
もう三時間も行方が分からないというのは何かあったのだろうか。
「研究所内にはいないのかい?」
『せや。守衛さんも見とらん言うし、どないしてんろ』
『心配いらないわ、紅蘭。クリスはこちらで保護したから』
 聞きなれた声がして、キネマトロンの画面にかえでが割り込んだ。
 軍服のままのかえでは、二人を安心させるように微笑んだ。
「かえでさん! 本当ですか?」
『ええ。……何でも、ふいに外の空気を吸いたくなって散歩に出たら道に迷ってしまったんですって。いつのまにか研究所の敷地を抜けてしまって、お金も持っていないし、連絡の取りようがなかったそうよ』
 かえでの説明に、大神は違和感を覚えた。あの研究熱心なクリスが、休み時間に勝手にふらふら出歩いたりするだろうか?
 同じ疑問を抱いたのか、紅蘭はほっと胸をなで下ろすと少し不審そうな顔で問いかけた。
『さよか。無事やったらええねん。……けど、クリスはんらしないなあ』
『そうね。どうしちゃったのかしら。……じゃあ、もう少ししたら帝劇へ帰るわね。紅蘭も、心配かけてごめんなさい。研究が一段落してたらもう帝劇へ帰ってもいいわ』
『あ、かえではん……』
 そう言うと、かえでは一方的に通信を切った。後に残された大神と紅蘭は、その態度に首をかしげるばかりだった。

 結局、クリスがかえでに付き添われて帝劇へ帰ってきたのは、夜半過ぎの事だった。
「クリスはん! どないしたんや? 突然いいひんようになったから、心配してんで」
 玄関で出迎えた紅蘭に、クリスは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「すまない。……気分転換に、少し散歩しようと思ったら、道に迷ってしまって。土手を歩いていたら足を滑らせて川に落ちてしまってな。寒いやら情けないやら。仕方がないからかえでさんに、迎えに来てもらったんだ」
「それは大変だったね、クリスくん」
「ああ。まったく、ひどい一日だったよ」
 大神の言葉に、クリスは自嘲気味に笑った。
 クリスのその笑みに、大神は違和感を覚えた。クリスの態度には別におかしな所は何もない。ただ、何でもないシーンではいつも無表情か仏頂面をしている事が多いのに、今は優しく微笑んでいる。
 ただそれが何故か心に引っかかった。
 クリスは少しうつむくと、それっきり黙ってしまった。何だか元気がないその様子に、紅蘭は心配そうに声をかけた。
「大丈夫か? クリスはん。元気なさそうやけど」
「……」
 黙るクリスの肩に手を置くと、かえでは優しく言った。
「そうね。疲れたみたいだから、休ませてあげて頂戴。クリス、調子が良くなかったら、明日は神崎重工に行かなくていいわ」
「ああ。多分、そうさせてもらう。それじゃおやすみ、大神少尉、紅蘭」
「おやすみ」
 少しおぼつかない足取りで奥へ行くクリスに、かえでが付き添った。
 そんな後ろ姿を見送って、紅蘭は少し釈然としない面持ちで首をかしげた。
「川に落ちた、って言うとったけど、ホンマに大丈夫かいな?」
「風邪でもひいていなければいいけどね。知らない街で迷うだけでも心細いし」
 そう答えながらも大神は心のどこかで、それだけではないんじゃないかというひっかかりを覚えた。


<8>

 翌朝、いつもの通り朝食に降りてきたクリスは元気そうに見えた。少なくとも表面上は。
 いつもの通りあいさつを交わし、いつもの席に座って紅蘭と昨日の話をしていた。
「……昨日は済まなかったな、紅蘭。突然抜け出してしまって。宇川主任たちも怒っていただろう」
「せやなあ。みんな心配しとったで。何かあったらいかんから、これからは一言声を掛けてや」
「ああ。……今日中には第三段階がなんとかなるだろうから、後は彼らだけでも何とかなるだろう。それと……」
「いい加減にするがいいです、クリス!」
 にこやかに笑いながらサバの味噌煮を細切れにしていたクリスの言葉をさえぎって、織姫が机を叩いて立ちあがった。
 全員の視線が集中する中、織姫はつかつかと歩み寄ると、まっすぐな目でクリスを見た。
「何をムリしてるですか!? 今のあなたはルドルフ・シュトックハウゼンとインケンマンザイをしてる時と同じ顔をしています! はっきり言ってその顔見てるのユカイでーす!」
「それを言うなら不愉快じゃないの?」
「そうともいいます! とにかく! ……ワタシはあなたの事を少しは見なおしてやってもいいかなーって思ってたでーす! そんなワタシの気持ちを裏切るような事はしないでくださいね!」
 少し照れている織姫の視線を受け止めて、静かに微笑みながらさらりと言った。
「……別に、私は無理なんかしていないよ。それに、親愛なる叔父上の名前を、この帝都で聞くのは不愉快の極みだよ」
 織姫は白々しそうにその顔を見ると、おもむろに人差し指を湯のみのお茶で濡らした。
 軽く水気を払った指でクリスの頬をこすると、指にはファンデーションがべったりと付き、指先の色を変えた。指でこすられた肌の下からは、青白い顔色が浮かび上がった。
 織姫は指をびしっとつきつけた。
「これでも、まだ何か言い逃れするですか!?」
 クリスはこすられた頬をかばうように手で隠すと、立ちあがって花組を見た。その目に浮かんでいたのは、確かな恐怖だった。
「うるさい、織姫! お前に……お前達に何が分かる!? 人の努力を無にしているのは、お前のほうじゃないか!」
「クリスくん。変な努力はするもんじゃない。……昨日、迷子になった先で何かあったんだね? 良かったら聞かせてもらえないか?」
「嫌だ!」
 さしのべられた大神の手を、クリスは振り払った。
 その手がテーブルの上にあった味噌汁の椀を弾き飛ばして甲高い音を立てて落ちた。
「頼む。……しばらく一人にさせてくれ」
 絞り出すような声でそれだけ言うと、背中を向けて走り去った。
 その背中に、誰も声を掛けることはできなかった。

 大神は落ちたお椀を拾い上げると、織姫に近寄った。
「織姫くん……」
 織姫はきっぱりと大神を見ると、早口でまくしたてた。
「なんですか? 少尉サン。何か文句があるならハッキリキッパリ言うがいいでーす! ワタシはまた言いすぎましたか? 言うべき時と場所を間違えたとでも言うのですか?」
「いや。よく言ってくれた。さすがは織姫くんだ」
 手に持っていたお椀をテーブルの上に置いた。てっきりたしなめられるかと思っていた織姫は少し拍子抜けしたように大神を見た。
「少尉サン……」
「俺も、クリスくんの態度は少し変だと思ってたからね。でも確証はなかったから俺から何を言ってもはぐらかされるだけだっただろう」
「せやなあ。うちも昨日から変やて思うとったさかい」
 紅蘭が頷いた。織姫はほっとしたように息をつくと、自慢げに胸を張った。
「ワタシはクリスが帝劇へ来てからというもの、ずっと観察してました。米田支配人やかえでさんの態度が気になったからですけど、……そうですね。独逸では今朝のクリスの方が普通でしたね。いつもニコニコいい笑顔。今見るとシラジラシイってカンジ」
「そうね。……でも、あの態度を帝劇へやってきた当初からされていたら、私達は気付けたかしら?」
「それは……」
 マリアの問いに織姫は口ごもった。おそらくクリスはそういう人間なんだと思い込み、彼女の事は何も分からないまま一ヶ月は過ぎていった事だろう。
「ところで、ルドルフ・シュトックハウゼンって誰だい?」
 何気ない質問に、織姫は少し二の腕を掴んだ。
「ルドルフは、クリスの叔父です。独逸陸軍少将で、軍人としてはとても優秀な人です。ワタシはクリスは大嫌いですけど、ルドルフは……正直に言うと怖いです。あの男はただものじゃありません」
「そうか……」
 大神は腕を組んだ。二人の会話を聞いていたレ二は、静かに言った。
「クリスは、ボクと二人で会った時と他の人と一緒に会った時とでは、態度が全然違った。他の人と一緒の時は優しく笑っていたから、ボクはよほど憎まれているんだって思ってたけど……」
 レ二はクリスが去った階段を見つめた。今まで本当に理解不能な冷たい暴君としか思っていなかったが、その態度の奥には何かあるのかもしれない。
 あの人が何を思い生きているのか。少しだけそこに興味が湧くのを、レ二は不思議な気持ちで受け止めていた。



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次回予告

願いを花に例えましょう
薔薇のように気高く、美しく咲き誇れるなら
どんな障害もオールオッケー問題ナッシングでーす!
でも、緑の薔薇は願い下げです!

次回 「親愛なるきみへ 第七話
__________絶望と希望のあいだ」

太正櫻に浪漫の嵐!
物には限度ってものがありまーす!

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