さくらの風邪引き日記  作・imai


○月○日

 今日は、朝から身体が少しだるい。風邪を引いたみたいです。
朝食を取ろうにも、食欲が無くあまり食べることが出来ませんでした。
 マリアさんに、今日の稽古は大事を取って休むようにと言われ休んでいると、みんながかわりがわりお見舞いに来てくれます。
 アイリスはジャンポールを置いていったし、すみれさんはお菓子を置いていきました。カンナさんは果物をたくさん持ってきて、紅蘭は風邪薬を飲ませようとします……飲まなかったけど。
 マリアさんは色々と忙しいらしく、ちょっと顔を出してはすぐに出ていきました。
 午後になっても、容体は変わらないので横になっていると自分の周りだけ時間が止まったようです。
 夕食の時間になると、大神さんがお粥を持ってきてくれたんです。嬉しくなって大神さんに甘えちゃいました。その時にお見舞いに来たアイリスは、ちょっと怒った顔をしてジャンポールを持って出ていってしまいました。ごめんねアイリス。
 今日は、早めに休むことにします。明日は元気になってますように。

〜・〜・〜


 朝、起きたときからさくらは寒けがした。身体もだるく、少し熱もあるようだ。花組の隊員として、日頃からの健康管理は気を付けていたつもりだが。
 とにかく着替えて食堂に行こうとしたが、足下がおぼつかない。階段では踏み外しそうになる。
 やっとの思いで食堂についても、食欲はなくいつもの半分も食べることは出来なかった。
 さくらの様子を見て、カンナが声をかける。
「さくら、全然飯が進んでね〜じゃね〜か。どっか悪いのか?」
「え〜、さくら。どこか悪いの?」
 アイリスも、心配したように顔をのぞき込む。
「ええ。朝から体調が良くないんです。さっきも足がふらふらして、階段で転びそうにもなったし」
「あら、さくらさん。それはいつものことではなくて?」
「あははは。そりゃ、違いねーや」
 食堂内にカンナの大きな笑い声が響く。
「カンナもすみれも、いい加減にしなさい。……さくら、風邪でも引いたの?」
 一応、二人に注意をしながらもマリアはサクラに訊ねた。
「…はい。そうみたいです」
「今日は、舞台稽古は大したことないからゆっくり休みなさい」
「アイリス、あとでおみまいにいくね」
「ありがとう、アイリス。じゃあ、部屋で休みます」
「さくらはん、後でいいもん持っていくわ」
 キラリと眼鏡を光らせて不敵な笑みを浮かべる。さくらは紅蘭の自信のある笑顔を見て少し不安になったが、「ええ」とだけ応えて食堂を出た。
「お騒がせなさくらさんがあの調子では、張り合いがありませんわね」
 食事を終えたすみれが席を立つと、それをきっかけに皆食堂を後にする。

 さくらはベッドで横になる。しかし眠る事は出来ないでいた。
 暫くして、アイリスがいつものようにジャンポールを抱え、お見舞いに来る。
「ねぇ、さくら。だいじょうぶ?」
「ありがとう、アイリス。大丈夫よ」
「独りぼっちで寂しいなら、ジャンポール貸してあげるよ」
 胸に抱いていたじゃんポールを、さくらの顔に近づけようと前に出した。
「いいのよ。それにジャンポールは、アイリスの大事なお友達じゃない」
「だって病気の時って心細いじゃない。アイリス、どこか悪いときジャンポールがいると早くなおるんだ。だから、さくらにもジャンポールかしてあげる」
「…そうね、それじゃジャンポールを借りるわね。アイリス」
「うん! じゃ、ここに置くね」
 そう言うと椅子にジャンポールを置いて「早く良くなってね」と声をかけて出て
いった。

「あ! お兄ちゃん。どうしたの?」
 さくらの部屋を出たアイリスは、事務室の前を通ると中で書類と格闘する大神を見つけた。
「ん? …あぁ、アイリスか。どうしたんだい?」
 目線を机から上げると、アイリスが伝票をのぞき込むように見ていた。
「アイリスはね〜。さくらのおみまいにいってたの」
「え? さくら君どこか悪いのかい?」
「うん、さくらは『かぜ』って言ってたよ」
「ふぅん、そうか。それじゃ後でお見舞いに行かないとな」
「うん。お兄ちゃん、そうしなよ」
「ああ、そうだね」
 本当は、今すぐにでも様子を見に行きたいのだが、事務の仕事を押し付けられたうえに、それが終わればそのまま花屋敷にも行かなければならない。
 心の中でさくらを気にしながらも、無言でまた伝票と格闘を再開する大神であった。

 アイリスが厨房の前を通ると中にカンナが居る。なにか物色していたようだ。
「カンナ〜。なにやってるの?」
 カンナに気付かれないように忍び足で近づくと、大きな声で呼ぶ。
「おぁ! ……なんだアイリスか。びっくりさせるなよ」
「ねぇ、なにやってたの?」
 落ち着きを取り戻したカンナは、またなにかを探し始める。
「さっき、朝飯ん時。さくらの奴全然食ってなかったろ。…だから何か食い物でも持っていってやろうと思ってな」
「な〜んだ、カンナが食べるんじゃないんだね」
「おいおい、アタイは朝飯食ったばかりだぜ! いくら何でもまだ腹は減ってねぇよ。……なぁ、アイリスだったら何がいいと思う?」
「え〜? アイリスだったら?」
 アイリスは、カンナと一緒に考えることになった。

「さくらさん、お体の方は如何かしら?」
 ドアをノックしてすみれは開口一番、さくらの容体をうかがう。
「あ、すみれさん。だいぶ楽になりました」
「あら、そうですの。それは良かったですこと」
 すみれは、奇麗に包装してある包みをさくらに差し出した
「田舎者のさくらさんは、食べたことの無いようなお菓子なぞ持ってきてみましたわ」
 ……ムッ!
「そうですか! それは、ありがとうございます!」
「あら、そんなに大きな声をお出しになるとノドを痛めますわよ」
「元々、声は大きいんです!」
「それだけはっきりと受け答えが出来れば、じきに直りますわね。……それではそろそろ失礼いたしますわ」
 ちょっと口調が荒くなったさくらに応えて、少し安堵した瞳を見せすみれは出て
行った。
 ……すみれさん。ありがとうございます。
 売り言葉に買い言葉。
 声を荒げてしまったが、さくらにはすみれの気遣いがとても嬉しかった。

 すみれと入れ違いで、カンナがやって来る。両手にいっぱいの果物をもって……。
「よぉ! さくら。どうだい調子は?」
「えぇ、大丈夫ですけど……。ど、どうしたんですかそんなに果物を抱えて」
「ああ、これかい?たいして朝飯食ってなかったようだからさ。腹減ってると思って持ってきたんだよ」
「そんなに食べれないですよ……」
 苦笑いを浮かべながらさくらは応えたが、カンナの方は気にしたようでもなかった。
「そうかい? ……まぁ、とりあえず置いていくからさ。体力つけて元気になれよ」
 そう言うと笑顔で出ていってしまった。
 無造作い置かれた果物の山を見て、果物なら食べれるかもと思い、リンゴとフルーツナイフに手を伸ばす。そんな時に、紅蘭がドアをノックして入ってきた。
「さくらはん! そんなふらふらした手つきじゃ危ないで。ウチにまかしとき」
 さくらからリンゴとナイフを取り上げたが、機械相手だと器用な手も果物相手ではそうではなくなるようだ。
「あちゃ〜、食べるとこ無くなっても〜た。……すんまへんな、さくらはん」
 本当に申し訳無さそうな紅蘭の顔を見ていたら、さくらは思わず吹き出しそうになる。
「なんや?」
「慣れないことはしないほうがいいわよ、紅蘭。人には得手不得手があるしね」
「……それで、フォローしてるつもりかいな」
 顔を見合わせると、お互いに笑い出す。しかしその後、激しくせき込んだ。
「だ、大丈夫でっか?さくらはん。……そうや、うちいいもん持って来たんやった」
 少し涙目になったさくらの前に、小さな瓶を差し出した。
「な、なぁに? ……ケホケホ……これ」
「これはな風邪薬や」
 見せられた瓶に見覚えはない。きっと医務室に置いてある薬ではないのだろう。
「こんなこともあろうかと、うちが作っといたんや。これを飲んで一眠りしたらすぐにでも直ってまうで」
 そう言ってさくらの目の前に、ホレホレすぐに飲みなはれと言わんばかりに突き出す。
「あ、ありがとう、紅蘭。……あ、後で飲ませてもらうわ」
「そう?……まぁ、その薬飲んで早く良くなり。それじゃ、うちそろそろ行くわ」
「ええ、わざわざありがとう、紅蘭」

「あ、隊長。ここにいらしたんですか」
 事務室の前を通りかかったとき、中で伝票整理に励む大神を見つけた。
「なんだい? マリア」
「これから花やしきまで行かれるんですか? 米田司令が探していらっしゃいましたよ」
 壁に掛けてある時計を確認する。
「え? もう、そんな時間か。……かすみくん、悪いけど……」
「はい、わかってます。伝票はそままにしていいですよ」
「ありがとう。それじゃ……」
 最後まで言い終える前に、由里が応える。
「そんなに恐縮しなくてもいいですよ、どうせ帰ってきてから続きはやってもらうんですから」
「……あ、そう。……それじゃ、行ってくるよ……」
 あきらかに肩を落としたまま大神は、事務室から出ていった。
 由里は肩をすくめて舌を出し。かすみはそんな由里をちょっと怒ったような目で見たが何も言わなかった。マリアは『隊長も大変ですね』という顔をして、事務室から立ち去り大神の後を追った。
「隊長!」
 支配人室の扉の手前で、マリアは再び声をかける。
「ああ、マリア。まだ何かあったのかい?」
「ええ、さくらの事なんですけど」
「さっき、アイリスから聞いたよ。さくらくん体調が良くないんだって?」
「もう、聞いていらしたんですか。…風邪のようです。隊長も後からでかまいませんのでお見舞いにでも行ってあげて下さい。さくらも喜ぶと思いますよ」
「そうだね、帰ってから行くようにするよ」
 大神がそう言って向けられた笑顔に、マリアはわずかに呼吸が速くなるのを覚えた。

「さくら、入るわよ。……どう?」
 部屋へ入ると、さくらの顔は朝食で会った時よりも大分良くなったように見える。
「あ、マリアさん。休んでいたらだいぶ楽になりました」
「そう、それは良かったわ。……一応、隊長の耳にも入れておいたわ。後からお見舞いに来るそうよ」
「え? 本当ですか?」
「ええ。今は米田長官の用事で花屋敷まで行ってるから、帰ってからね、来るのは」
 嬉しそうなさくらを見ていると、さっきの大神の笑顔を思い出した。
「それじゃ、さくら。私はまだ行くところがあるから」
「はい、マリアさん。ありがとうございました」
 ……いいわね、さくらは。いつも隊長に見守られて。
 さくらも大神も同じ恋愛下手だから、見ていて微笑ましく思う。
 ……さくらしか見たことの無い隊長の笑顔、か…。
 フッと口元がほころびたまま、さくらの部屋を後にした。

 さくらは、またリンゴに手を伸ばす。風邪の具合も良くなり、少しではあるが食欲も出てきたみたいだ。
 ふと、風邪薬に目が止る。紅蘭は自信たっぷりだったが、あの自信はどこから来るのだろう? 色々考えたが、その薬を飲む勇気は無かった。
 横になって目を閉じる。皆が自分を心配してお見舞いに来てくれた。それがとても嬉しかった。
 ……帝劇(ここ)に来て良かった。
 暫くすると微かな寝息を立ててさくらは眠ってしまった。頬にわずかな涙の跡を残して。

「大神少尉、これが最後の書類です」
 花やしきの担当の方から書類を渡されると、トントンと机の上で揃える。
「では、今日米田指令にお渡しするのはこれだけですね」
「ええ、そうです」
「それでは、失礼いたします」
 轟雷号へと向かう途中で、たくさんの女性作業員と会う。皆、花組の彼女達とほとんど同じぐらいの年齢だろう。ここにいる女性も霊力が強いのだろうかなどとりとめの無いを事を考えながら大神は歩く。
 花やしきの方面でも、大神は有名である。帝國華撃團のエリート部隊『降魔迎撃部隊・花組』、その花組を指揮する若き隊長。やはり年頃の女性が多い支部も大神のファンはたくさんいたが、鈍感な大神が彼女達の視線に気付くことはなかった。

「あ、お帰りなさい。大神さん」
 事務室に戻ると、そこは大神が席を立ったときのままの状態であった。つまり由里の言う通り、きちんと大神の仕事を残しておいてくれたのだ。
「そういえば、さくらさん今日は昼食も取らなかったのよね」
 顔には出さずに心の中でため息を付いた大神が残りの伝票の整理を始めた時、由里が大神にそう言った。
「えっ!? さくらくん、そんなに悪いのかい?」
「皆さんの話では、それほどのことでは無いようなんですけどね」
「う〜ん、そうか」
 伝票から目を離し、大神は少し考えるような顔をする。
「あ、大神さん。気になる? 気になる? さくらさんが気になる?」
 大神は再び伝票に目を向け、『べ、別に』とだけ応えたが、由里は、へぇ〜、という顔をして大神を見た。
「もうすぐ勤務時間も終わりだし、そうなればすぐ夕食の時間だし。…ねえ、大神さん。さくらさんに夕食を作って持っていてあげたら?」

 一時間後、厨房でお粥を作る男性の姿が、帝劇関係者数名により確認されていた。
「よし! これで完成だ」
「あ、大神さん。どうしたんですか? ……何を隠したんです?」
 お粥をさくらの部屋まで持っていこうと厨房を出たとき、廊下で椿に会う。
 突然声をかけられ、とっさにお粥の乗った御膳を隠す。
「いや、……何でもないよ」
 必死に隠そうとしたが、椿に回り込まれ見つかってしまった。
「お粥じゃないですか。……さくらさんに持っていくんですね?」
「う、うん、…そうなんだ。」
「早く持っていかないと、冷めちゃいますよ」
 そして、誰にも言いませんから。と小声で言った。
 気恥ずかしい想いがしたが、椿にそう言われてさくらの部屋へと向かう。
「……さくらさん。……羨ましいな」
 歩いていく大神の後ろ姿を見ているうちに、椿からつい本音が出てしまう。
「へぇ。椿ってそんなことを考えていたのね〜」
「えっ!? や、やだ、由里さん。いつからいたんですか?」
「廊下で大きな声を出してるから、気になって見に来たんじゃない」
「……そんなに大きな声でした?」
「まあ、普段よりはね」
 二人はもう誰もいない廊下を見つめる。
「……さくらさんって、本当に大切にされてるんだな〜って思っちゃいました」
「はぁ、いいわよね〜。…でも、今だにバレてないと思ってんのかしらね。あの二人」
「『みんなは、知らない』と思ってるのは、あの二人だけっだたりして」
「秘密の公認。ってとこかしらね」
 どちらからともなくお互いに顔を見合わせて、クスッと笑った。

 さくらが目を覚ますと、もう辺りは暗くなっていた。
 身体の方もすっかり良くなり、食欲もある。
「もう、大丈夫かな」
 ベットから起き上がると、身体が軽いような気がする。そのまま汗をかいた寝間着を着替え、またベットに戻ろうとしたときドアがノックされた。
「あの、大神だけど」
「は、はい。……ちょっと待ってて下さい」
 さくらは急いで鏡を見る。変なところはないだろうか?と確認。そして、ノックされてから二分後、『どうぞ』と応えた。
「さくらくん、大丈夫かい?」
 大神は心配そうな顔で、ベットに上半身だけ起きているさくらの顔をのぞき込む。
 正面から、それも間近に大神の顔を見て呼吸が速くなる。
「あ、あの。……もう、だいぶ良くなりました」
「でも、まだ少し顔が紅いかな」
 たぶん風邪とは違う理由で、さくらの顔は紅くなっているだろう。
「食欲はあるかい? ……実はお粥を作ってきたんだけど」
「ありがとうございます。……すごくおなかが減ってたんです」
「あはは、食欲があるならもう大丈夫だ」
 さくらの隣に座ろうとして椅子を見たとき、たくさんの果物に驚いた。
「さくらくん、どうしたんだい? ……これ」
「朝、カンナさんが持ってきてくれたんです」
「ふぅん、にしても多すぎないかい?」
「ええ、ちょっと」
 ちょっとどころじゃないよな、と思いながら果物を退かして、椅子に座りながらさくらに、食べれる?と聞いた。
 本当は自分一人でも食べれるのだが、こんなことってめったに無いわよね、と思い直し大神に向かって、あ〜ん、と口を開けた。
 大神は微笑いながら、さくらの気持ちが解ったらしくスプーンでお粥を口まで運んであげた。
「えへへ……」
 嬉しいような、恥ずかしいような。そんな顔をしてさくらは微笑った。
「あ〜ん」
 次をおねだりして、大神がまたスプーンを運んでる時に不意にドアが開く。
「ね〜、さくら。もう大丈夫なの?」
 声の主のアイリスは、二人の様子を見てそこで固まってしまった。
 そして、見られた二人も固まる。一瞬の間を置いて、
「ア、アイリス、これはね……」
「あぁ〜! ふたりでなにやってるの〜!? さくらずるい〜!」
 さくらの言葉は、アイリスの大声でかき消されてしまい、そして置いていたジャンポールを抱え、フンッと口を尖らせて出て行ってしまった。
 突然の出来事に二人は、アイリスが出て行ったドアを見つめ声を失っていたが、やがて顔を見合わせ苦笑いをする。
「アイリスには、後から俺が話をしておくよ」
「…はい」
 大神に食べさせてもらうのが、少し恥ずかしくなりさくらは自分でお粥を食べ、終わると、早く良くなるようにね、と言葉を残し大神は食器を持って出て行った。

 日記を付けるために起き上がる。
 今日一日を思いだす。そしてペンを走らせた。やがて書き終わり、またベットへ入る。

……明日は元気になってますように。
 そんなことを考え、もう一度休むために目を閉じた。

fin 



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