風の春歌(しゅんか)に思いを込めて
夢見櫻に舞い踊る
ただ、あなただけを見つめ……
ただ、あなただけを想い………
いつまでも……
いつまでも……

新・サクラ大戦-外伝
「桜の花咲く頃に……」


《第一章 閉幕の予感》

 心地よい風が大神の頬をなでる。

「いい風だな」

 ふと、大神の口からそんな言葉がもれた。
 太正十四年四月、大神大尉は上野公園で今日までの出来事を振り返っていた。
 黒乃巣会との戦い………サタンとの戦い、そして……最大最強「神」との死闘。
 たった数年の出来事だが、彼には長い長い時間のように思えた。
 一生懸命に前を見て生き、どんな時でも希望を捨てずに戦った時間(とき)。
 そんな中、彼は自分を支え助けてくれる仲間と、守るべき人を得た。
 『真宮寺さくら』……彼女も、そのかけがえのない仲間の一人であり……そして……。

「何しているんですか?大神さん」

 突然名前を呼ばれた大神は、思わず声のした方を振り向いた。
 満開の桜の中に立つ一人の少女。

「さくらくん!何故キミがここに?」

 大神は驚きの声をあげた。
 事後処理が一段落して特別に休暇をもらっていた自分が上野に来ていることは、先の大戦後新しい上官となった『楠 大樹』帝國海軍少将しか知らないはずである。花組の仲間も今はそれぞれの故郷に里帰り中。紅欄は、帝國歌劇團に入る前、自分に良くしてくれた夫婦を尋ね神戸へ行き、大歓迎を受けていると聞く。マリアは今のロシア――正確にはソビエト連邦――をこの目でみたいと日本を離れ、アイリスも両親の愛情に包まれている頃だろう。心の氷が溶けたすみれも今は神崎家に戻っている。カンナにいたっては今だに越せない父を目指し沖縄までの修行旅を続けていた。

 ……そして、真宮寺さくら………彼女は………

「ふふ、さあ何故でしょう」

 大神の驚きを当然の事と受け止めるようにさくらは笑う。桜模様の小袖に緋の袴。大神の見慣れた姿が桜吹雪の中いる。

「仙台に戻っていたんじゃ……?」
「ええ、仙台に帰っていたんですけど………なんだか落ち着かなくて、ここに戻ってきてしまいました」

 そう言って、頬を赤らめる。

「そうか、やっぱり帝劇が恋しいかい?」
「ええ、わたしが生きてきた中で一番素敵な場所でしたから」
「俺も今、そう思っていた所だよ。……ところで、よくここにいるってわかったね」

 さくらは大神の横に立ち、高台から帝都を眺めている。絹のように細く艶やかな黒髪が風に揺れる。

「ふふ、なんとなく………ここに来れば大神さんに会えるような気がしただけです」

 大神は、さくらの言葉に言いようの無い暖かさを感じた。

「ここは、君と初めて会った場所だからね」
「うれしい、まだ覚えていてくれたんですね」
「ははは、忘れられない思い出だよ。すべてはここから始まったんだから」

 初めてさくらと出会ったのは、丁度今のような桜が満開の時期だった。
 転属に胸踊る彼を、一人の少女が迎えにきたのだ。

「確かその時、わたしの事を聞いたんですよね?」
「え?そ、そうだった?お、覚えてないなぁ」
「そうですよ。今思うと、大神さんってものすごく手の早い人だったんですね。普通、初対面の人に『キミの事が知りたい』なんて言いませんよ」

  クスリと笑うさくらの顔が眩しい。

「あの時は……あ、あまりにもさくら君が可愛かったから………あ、いや、その」

 テレた顔になる大神は、頭をかきながら青く透き通る空を見上げた。彼の言葉にさくらはどんな顔をしているのだろうか?大神は恥ずかしさのあまり、それを確認する事はできなかった。

「ねえ、大神さん……あたし達これからどうなるんですか?」
「?」
「先の戦いで米田支配人が亡くなり、大帝國劇場も全壊。とりあえずは修復作業が進んでいるみたいですけど……例の噂もありますし……」

 大神が顔を横に向けると、そこには切なそうな表情の顔があった。

「……帝國華撃團解体の噂かい?」
「…………はい」
「…………」
「……大神さんは知っているんでしょう?」
「……ああ、知っているよ」

 予想していた事とはいえ、さくらの心は大きく揺れた。

「楠少将の提案でね。現在の帝國華撃團を一度解体して、新しい体制を整えるつもりらしい。今の体制はあくまで帝都防衛を主眼とされているからね。これからは帝都のみならず帝國全土を守るために規模を拡大しなければならないと考えているんだろう」
「じゃあ、帝國歌劇團は?あたしたち『花組』は?」
「新しい隊員を集める動きがある……花組は解散の可能性が高いな」
「……やっぱり」

 さくらは気落ちした表情で下方に広がる街を見つめた。
 
 
 続く


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