其の弐 ―常勝将軍―

 宮古湾での軍艦奪取作戦は失敗に終わった。
 新撰組は野村利三郎をはじめ多くの隊士を失ってしまった。五稜郭に戻ったその晩、土方は斎藤 一を自室に呼んだ。

「何か御用ですか?」
「ああ。君に一つ頼みたいことがある。」
「江差にでも行きますか?あの辺は少し手薄ですからね。」
「いや……君にはもっと、別なことを頼みたいのだ。」
「へぇ……伺いましょう?どんなことです?」
「……まだ、内地へ行く船便はあるな?君はそれに乗って内地へ戻り、時期を待て。」

 内地へ帰れなど、これには斎藤も黙って命令を承諾するわけにはいかない。

「何ぃ?アンタ正気で言ってるのか!?」
「俺は正気だ。」
「冗談じゃない!俺は、榎本武揚の言う、蝦夷政権だの、そんなものに興味は無い!新撰組隊士として、一人の武士として、アンタに付いて来たんだ!!」
「……その言葉に、間違いはないな?」
「当たり前だ!俺はここで死ぬ!!」
「脱出しろ、これは命令だ!!」
「ふざけるな!何が命令だ!!」
「このっ!」

 ドガアァッ!
 手の早い土方だが、当初、何とかここは話し合いで斎藤を脱出させようと考えていた。よく我慢していた方だが、やはり手が出てしまった。
 斎藤を殴り飛ばした後、土方は自室の奥にしまってあった、ボロボロになった誠の旗を取って広げた。

「斎藤君!敢えて……敢えてこの誠の旗の前で言う!脱出しろ!!」
「……」
「新撰組隊士の君が、この誠の旗の前で、私の命令が聞けないと言うのか!!」
「……土方さん……今更……今更、この俺を生き残らせて……一体何をしろと言うのだ?」
「近藤さんの墓前に、伝えてくれ。総司の姉さんに、源さんの実家に、伝えてくれ。新撰組は……遠い北の……箱館の地まで戦い抜いたと。土方歳三は、最後の最後まで、戦い続けたと。……これは他の誰にも頼めん。君にしか……頼めないことなんだ。」
「……」
「斎藤君、脱出してくれ!!」

 斎藤はとうとう涙ながらに命令を承諾した。
 この後、斎藤は身を隠しほとぼりが冷めると「藤田五郎」と名を変えて警視庁に配属され、警部補にまで昇進、西南戦争にも参加した。時尾という妻を持ち、家庭を持った彼は太正九年に他界するが、それまで新撰組について幾多の貴重な証言を残している。
 ともあれ、箱館の本営から、斎藤 一の姿は消えた……


 斎藤が部屋を出て行ってからすぐに、竜馬がやってきた。

「……上手く逃がしたな、トシ。」
「何だ、聞いていたのか?」
「殴る直前からな。しかし……斎藤もこの先、辛いだろうな。……官軍どもから逃げ回らなくてはならないのだからな。ここで死ぬよりも辛く苦しいことを言い付けちまったんじゃないのか?」
「ああ。……だが、斎藤君だけは生かしておきたかった。」
「それで……これからどうする?」
「どうする?戦うに決まっているだろう?新撰組の最期を飾るために、俺はここを死に場所と決めたのだ。」

 死ぬために北海道まで来た土方だが、竜馬は違う。竜馬は節義を貫き通すためにここに来ている。
 伊達藩は節義を忘れて官軍側についた。家老職にある竜馬は当然、それに従わねばならない。だが、竜馬はそんなことは出来ない男である。節義だけを守って生きる、生真面目で、不器用な男である。


 ついに、新政府軍は箱館上陸を開始した。
 艦砲射撃の援護を受け、上陸は速やかに行われた。これを受けて五稜郭から各部隊が出動した。
 大鳥圭介率いる幕府伝習隊。
 星恂太郎率いる額兵隊。
 伊庭八郎率いる遊撃隊。
 古屋佐久左衛門率いる衝鋒隊などなど。
 そして、土方と竜馬は新撰組の生き残りたちを率いて二股口に陣取り、新政府軍を待ち構えた。

 戦闘は開始された。劣勢と思われていた箱館政府軍は僅かではあるが、新政府軍を押し返していた。
 これにじれた黒田了介は、長州の山田市之允の陣を訪ねた。

「山田どん! おはんの作戦は、ジワジワと周りから攻めていく作戦じゃなかったとか?それがどうじゃ!! ジワジワやられちょるのは我が軍じゃなかか!!」
「戦はまだ始まったばかりじゃ。勝負は終わってみなけりゃわからん。」
「呑気じゃのう、お主は? まんまと榎本の引き伸ばし作戦に引っ掛かりおって。」
「引き伸ばし、大いに結構。敵の財源はもう先が見えちょる。放っといても自滅するだけじゃ。」
「フン、口の減らんやっちゃの。」
「口が減ったら、飯は食えんわい。」
「榎本は敵ながら大した度量の持ち主じゃ。戦の前に捕虜を全て返してよこしおった。全く……あん器量はどげんじゃろか? どこぞのバカたれとはエライ違いじゃ。もうおはん一人には任せちゃおけん!!」

 この後、黒田は全軍一気に突撃する戦法をとった。
 しかし、それでも山田は作戦を変えようとはしなかった。作戦に参加している大神や忠康も突撃を進言したが・・・・

「単純じゃのう、薩摩もお主らも・・・・・闇雲に突撃したら、犠牲が増えるだけじゃろうが。・・・・・何もわかっとらん!!」

 臆病と取られようと何と言われようと、山田は決して、自軍の犠牲が増えるような作戦はとらなかった。
 この戦争の悲惨さが山田を文官の道に進ませ、日本大学の前身となる、日本法律学校を設立させる動機となったのかもしれない。


 新政府軍が続々と箱館目指して進撃する中、土方・竜馬が率いる新撰組は二股口に陣取った。林の中に塹壕と柵を築き、鉄砲隊で新政府軍を迎え撃つ。

「……頃合だな、トシ。」
「ああ。……島田!」
「はい!」
「剣の腕が立つ者を、五,六人選べ。」

 選抜された者と、土方、竜馬、島田は林の中に消えていった。
 銃士隊の指揮を任された相馬主計は隊を二つに分け、交互に銃撃させる戦法をとっていた。織田信長が長篠の戦で見せた鉄砲三段撃ちに倣った戦い方である。これで切れ目なしに撃ちまくることが出来るのだが……

「撃っても撃っても来きやがる!……撃てぇっ!!」

怒涛の如く押し寄せてくる敵軍にいくら銃撃しても焼け石に水であった。
新政府軍が塹壕の手前まで迫ったその時……

「後ろに敵じゃあっ!!」

 土方・竜馬率いる決死隊が背後に回りこみ、斬り込んで来たのである。接近しての斬り合いは新撰組の最も得意とするところ。陣の中に乱入されて新政府軍は大混乱となった。

 各地で戦況不利の報告が続々と五稜郭に入る中、土方歳三と真宮寺竜馬だけは常勝将軍であった。
 新政府軍を指揮するのは、黒田了介、山田市之允、品川弥次郎など、そうそうたる面々ではあったが、この二人のために散々に梃子摺らされていたのだった。


 そんな中、遂にたった一隻だけ残った軍艦・回天が沈没し、海軍は全滅してしまった。
 さらに、隻腕ながら奮戦していた伊庭八郎が木古内で戦死。伝習隊、額兵隊も次々と敗走。榎本は新選組が孤立するのを恐れて後退を命令。やむなく新選組は五稜郭に戻っていった。


其の弐へつづく……



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